あっ、こんにちは。僕はRozen Maidenのベーs
「蒼星石ー! 早く来やがれですぅー!」
……えっと……今のが翠星石、僕の双子の姉。
「ほらー! 早く行くですぅー! 早く来ないと置いてくですぅー!」
「わかったよー、そう何回も言わなくても聞こえてるよー」
やれやれ……本当にしょうがない姉だ。
なぜ3週間ぶりのオフの日の朝9時からこんな慌ただしい状態にさせられているのか。
ことの顛末(てんまつ)は昨日の夜と今日の朝の境目にさかのぼる。
2007年2月1日(金)
草木も眠る丑三つ時。寝静まった街に青天の霹靂の如く夜空を劈(つんざ)く甲高い嬌声が響き渡る。
「蒼星石! 明日はおねーちゃんと一緒にショッピングに行くですぅ!」
「……ん……んん……?」
レンピカ(目覚まし時計)に目を向ける。鋏の刃をモチーフにした短針と長針は右下を向いて刃を交差させている。
───そう、今は3時20分。
「さっき夢の中で翠星石と蒼星石がショッピングしてたですぅ。これは何かあるというお告げですぅ」
「……勘弁してよ……」
僕だって疲れてるんだし、オフの日(とき)くらいはゆっくり寝たい。
「蒼星石も一緒に来るですぅ」
……僕も一緒に行くというのは決定事項だったようだ。
機嫌を損ねるとあとで怖いので黙って付いて行くことに決めた。
まあこういう事情であまり眠れず今に至る、というわけ。ん~まだ眠いよぉ……
さて、目的地に着いた。どうやら服を買うみたいだ。
「蒼星石ー! 何してるですかー! 行くですよー!」
「はいはい」
「おねーちゃんが蒼星石にバッチリ似合う服をコーディネートしてやるですぅ」
またいつものおせっかいが始まった。僕を好いてくれてるのはうれしいんだけど……ちょっとやりすぎなんだよなぁ……
姉がまっすぐ向かった先はメンズカジュアルコーナー。 ……ああ、分かってる、分かってるさ。
分かってるんだけど、こうもはっきり示されるとやっぱりへこむ。
けどね、僕にだってフリルやレースが施された可愛い服を着たいという願望はあるよ。
よーし、思い立ったが吉日、女の子らしいお店で僕に似合う服を見つけて翠星石たちを見返してやる!
「これなんかスタイリッシュでいいんじゃないですか蒼せ……あれ? 蒼星石? 蒼星石ー!?」
彼女が手にしているのはシックなテーラーカラーの6ポケットダークスーツ。
自分が着ているところを想像してみる。
……似合う。似合うよ、似合いすぎるよ、なんて似合うんだぁ!
半泣きになりながら僕を探している姉を尻目に、4階の婦人服売り場へ向かった。
普段あまり立ち寄ることのない婦人服売り場。
初めてに近いかもしれない空気の感触に、戸惑いと期待が僕の心を満たしてゆく。
よし!
僕は意を決した。いざ参らん!
「こ……これが……婦人服売り場……」
そこは例えるなら雨の後の紫苑の秀峰とその麓に広がるエメラルドグリーンの水を湛えた広大な湖とその周りを囲む薔薇の園……
とにかく僕はこの空間にずっと憧れていた。目に映るもの全てが新鮮で目を引かれるばかりだった。
「いらっしゃいませ」
柔和な笑顔で僕に声をかけてきたのは黒いスーツに身を包み、つやつやの黒髪を後ろで束ねた眼鏡の女性。
名札には『みっちゃん』とだけ書いてある。なんだそりゃ。
「どのようなお召し物をお探しですか?」
彼女が尋ねる。
「えっと……か、かわいい服が……」
そこまで聞くと、彼女はハンガーにかかった服をいくつかピックアップし、こちらに向きなおった。
「これなんかどうでしょう? あ、これも、これもこれも似合いますよー」
「えっ……あぅ……」
「やーん、もう! 似合いすぎ可愛すぎプリティーでキュートでマーヴェラスうううう!!!」
「あのー、もしもーし」
「ハッ! あ、はい何でしょうか!?」
「あの……えっと……こ、これ下さい」
「ありがとうございます。 えーと……本来は7450円なんだけど、特別に5250円にしといてあげるわ!」
「ええっ!? い……いいんですか?」
「いーのいーのっ! えーと……あとコレとコレも付けてあげちゃうわぁー!」
「そんな! 悪いですよ……」
「いいったらいーの! みんなに自慢しちゃいなさい!」
「……はい! ありがとうございます!」
お金を払って紙袋を受け取り、彼女に深くお辞儀をしてからその場を去った。いい人だったなぁ。
そのとき、店内にアナウンスがかかった。
ピンポンパンポーン。
「ご来店誠にありがとうございます。
迷子のお呼び出しをいたします。
蒼星石さん、お連れ様がお探しです。
いらっしゃいましたら、一階、サービスカウンターまでお越しください。
繰り返します、蒼星石さん、お連れ様がお探しであっ何するんですかやめてくだs
ガコッ、ガガッ、キィィィィィィ──────────ン
『蒼星石ー! どこにいるですかー! 早く来やがれですぅー!』」
ィィ────ン、ィィ───ン、ィィ──ン……
どぎついハウリングとともに聞き慣れた甲高い叫び声が鳴り響いた。
早く行かなきゃ。やれやれ……
そしてエスカレーターに乗り、一階へ向かった。
一階に着くとすぐに、こちらを認めた翠星石が涙ながらに走ってきた。
「そーせーせきーー!!!」
そして胸元に飛び込み、抱きついてきた。
「ひっく……どこ行ってたですかー……寂しかったですぅ……心配させんな……この野郎……ですぅ……ぐしぐし」
「ごめんね、勝手に行ったりして……婦人服売り場に行ってたんだ」
「え……レディスファッション……ですか?」
溢れる涙も拭わずに、嗚咽を漏らしながらも翠星石は顔を上げ、こちらを見上げた。
ルビーのような右目とエメラルドのような左目からは大粒の涙がとめどなく零れ落ち続けている。
「うん、本当は僕も可愛い服が欲しかったんだ……けど翠星石いっつも強引だからさ……
なかなか言い出せなかったんだ。ごめんね。」
「そ……そうだったですか……こっちこそ悪かったですぅ……」
「うん、ごめんね」
次の日
「蒼星石ー! 起きるですー!」
「ん……んー……何?」
「いいから黙って外を見るですぅ!」
「んー……寒いよぉ……」
「早くしやがれですぅ!!」
「……!!」
「真っ白ですぅ!」
開け放たれて凍りつくような空気を部屋の中へと運んでくる窓の向こうに広がっていたのは、一面の銀世界だった。
「あ……雪だぁ……珍しいなぁ……よくこんなに積もったね」
「ほら、いつまでもだらだらしてるんじゃねぇです! とっとと起きやがれですぅ!!!」
「うん……今起きるよぉ……ふぁーあ」
あくびまで白かった。冷たい空気が口と鼻から喉、気管を通って肺に満ちてゆく。
「今日の朝食は翠星石が作ったです! ……その……昨日のお詫び、ってわけじゃねぇですけど……」
横隔膜と腹直筋の急激な緊張により、肺の空気がすごい勢いで噴出した。
「……これは大雪になるな……」
その日降り続いた大雪は観測史上三番目をマークし、ほとんどの交通機関が麻痺したという。
おわり
最終更新:2006年07月28日 16:38