アットウィキロゴ
水銀燈がメグの写真を見つめている頃、父親に連れられ地元の病院に行く
ことになっているメグは自宅のリビングで車イスに座り、空ろな瞳で朝の
ニュースを見ていた。
すでに感情が無くなりつつあるメグにはテレビから流れる映像にも反応が
薄くなっている。
「これが昨夜、薔薇乙女のコンサートに参加したオディールさんです」
芸能コーナーで昨夜のライブ映像が流れる。
「・・・・・」
メグは空ろな眼差しのままその映像を見ている。
そこに真紅とオディールがトロイメントを歌い出し、水銀燈がメグの
ギターを使い透明感がありつつも突き刺すようなトーンで曲の世界を
広げていく映像が流れる。
「・・・!?」
カメラが水銀燈をアップにした映像が画面いっぱいに映し出されると、
いつしか感情が消えかけているメグの瞳からは涙がこぼれ、頬を伝っていた。

その日のメグの地元は昨夜からの寒気のため雪が降り積もり病院までの
道のりで大きな渋滞が発生していた。
父親が運転する車の後部座席から人が歩くスピードに近い速度で流れる
景色をただ見ているメグの視線は一つの建物に釘付けになる。
「・・・?」
それは初めて薔薇乙女と会った市立文化ホールであった。
そう、あの日、メグと水銀燈が会った日も今日のような白い雪が
積もる寒い冬。
メグはただ言葉もなくゆっくり通り過ぎる市立文化ホールを眺めていた。
ウインカーが左折を示し、さらに速度を落とした車は病院に着く。
車イスに座り駐車場から移動する際にもメグの視線はビルとビルの
間に見え隠れする市立文化ホールを見ている。
その時、胸の奥底に直接すべりこむように、あるメロディーが入ってきた。
それは病院からほど近い場所にある商業ビルに掲げられた大型モニター
に映し出された薔薇乙女のPVであった。
父親が受付をしている際にメグは車イスを動かし、そのメロディーに
吸い寄せられるように道に出る。
メグは自由の利かなくなった体を必死に動かし大型モニターに向かっていた。

「メグ?メグ?誰かここにいた車イスの女性を知りませんか?」
病院から姿を消したメグに気付き、辺りを見わたす父親をよそに
メグはモニターから流れるメロディーに向かっていく。
黒い空から降り出した白い粉雪の中、かすかに見えるモニターには
真紅が両手を広げ、果てしない大空に向かって歌う場面が映し出されていた。
白い息を見せながらメグは真紅の歌声に惹かれるように車イスを進ませる。
(熱い、胸の奥が熱いよ)
積もった雪で思うように進まない車イスは何度かガードレールと接触する。
そのたびにメグの細く衰弱した体はガクンっと衝撃を受けるが、それでも
諦めずに進む。
(もう少し、あと少し)
メグは白い息をはずませながら大型モニターを見上げる先には、雪で白く
なったアスファルト、大きな交差点、その向こうから薔薇乙女の
トロイメントが流れている。
「あぁ・・・ば、ばらおどめ?」
そう口に出すと車イスは、雪で白くなった交差点を渡っていく。

信号が一定の間隔で点滅する。

交差点の真ん中で車イスは止り、メグはモニターに向かって手を伸ばす。

青から赤にかわりだす信号。

モニターの映像は降りしきる星空の下でギターを弾く水銀燈に変わる。

クラクションを鳴らしながらメグを避けて通過する車。

モニターの中にいる水銀燈は、あまりにも美しく華麗なメロディーを展開する。

手を伸ばすメグの顔には失いかけていた笑みが広がり出している。
そして、うまく発音できなくなっているメグの口から漏れる言葉。

「す・・・す・い・ぎ・ん・と・う・・・」

映し出されている水銀燈の視線とメグの視線が絡み合う。
ニコリと笑うモニターの中の水銀燈は、まるで今、この雪の
下で手を伸ばすメグに向かって微笑んでいるように見えた。

急ブレーキの音が交差点に近づく。

「水銀燈・・・約束?」

にぶい衝突音が交差点に響く。

宙に舞う車イス。

白い路面に赤い色が滲んでいく。

「す、水銀燈・・・思い出したよ、約束・・・思い出したの」

メグが横たわる雪は、真っ赤に染まりつつあった。
遠のく意識の中で耳に入ってくるのはモニターから流れる
トロイメントの旋律。
そして視線の先には白い雪のベールに隠され、薄っすらと見える
市立文化ホールがあった。

「す、水銀燈・・・ゴメン・・・ね・・水銀・・とう」

消えそうな小さい言葉を残し、メグの瞳は静かに閉じられていく。
その姿は白い雪に広げられた赤いシーツの上で夢見るように。
メグの時間は・・・・ここで止ってしまった。

永久の眠りについたメグの体に舞い降りる粉雪の粒は、今はもう、決して
開かれることのないまぶたに落ち、音もなく静かに溶けていく。
その雪雲は東へと進み、薔薇乙女が住む東京の空にかかりだす。


最終更新:2006年06月23日 23:00