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 全宇宙の水銀中毒のみんなぁ、こんにちはぁ。
 私は水銀燈、Rozen Maidenっていうロックバンドをギターで引っ張ってあげてる。
 今日はそんな私の休日の過ごし方を教えてあげちゃうわぁ。
 おばかさんたち、ついてらっしゃぁい。

2006年10月7日(土)

 休日はいつでも全力で演れるように、体調を整えることに一日のほとんどを費やす。
 睡眠は多めにとる。連日のハードな練習は容赦なく体力を奪っていくからだ。
 いつも昼ごろまで眠る。
 と、薔薇水晶からいつものモーニングコールだ。
 毎日毎日よくやるものだと内心感心しながら受話器をとる。
「はぁい」
「……おはよ」
「おはよう、薔薇水晶ぉ。今日もいい天気ねぇ」
「……うん」
「それでぇ? 何の用ぉ?」
「……お昼……一緒」
「えぇ、いいわぁ。どこにするのぉ?」
「……イタリアン……見つけた」
「えぇ、分かったわぁ。どこに行けばいいのぉ?」
「……七番街の……噴水」
「おっけぇ、待ち合わせは……12時でいーぃ?」
「……うん」
 さ、準備しないとねぇ♪

 彼女の部屋は空調と加湿器で常に最良の状態に保たれているため、家では下着姿で過ごし、外出時と来客時のみ衣服を着用する。
 そのため、ベッドから出るとその長く美しい脚、引き締まってはいるが決して痩せすぎず健康的にくびれたウェスト、張りも柔らかさも備えた、豊かで均整のとれた胸や引き締まった美しいお尻を露出した、悩ましい状態になる。

 着替えを終えて出かける準備を済ませ、ブーツを履いて玄関のドアを開ける。
 むせ返るほどの熱気に包まれた夏も過ぎ去り、木々は日に日に色づき、落葉の季節の気配を漂わせ始めている。

「さて、とぉ……」

 少し早足で歩いてきたからか、待ち合わせの場所に相手はいなかった。まだ来ていないのだろうか。
 まあ、どっちでもいい。待ち合わせをしているのだから、いずれにせよここで会うことに変わりはない。
 この『待つ』という行動にさえも意味はあると、私は思うことにしている。
 会うという目的ばかりに気をとられ、その過程を楽しめないというのでは損だ。
 それに、そうすることで常にベストの状態を保てるようになるからだ。

 私は噴水の縁に座り、脚を組む。

 ──さて、どうしたものか。
 本当はさっきから『彼女』の存在に気づいているのだが、『彼女』はどうやらそのことに気づいていないようだ。
 そこで私は待っているふりをすることにした。


    ──────さぁ、あなたはどんな顔を見せてくれるかしらぁ?──────


 無意味な駆け引きのように見えて実は奥が深い。
 いかにして相手に気づかれないように相手を監視し牽制するか作戦を練り、どうすればより華麗に、優雅に行動できるか思いを巡らす。
 これが寝起きの頭にちょうどいい刺激になるのだ。
 退屈そうに俯いたり辺りを見回したり、時にはあくびをしてみたり、気づかないふりをする。
 薔薇水晶は、私の一挙手一投足を凝視している。それではバレバレだ。偵察は気づかれないようにしなくちゃいけないのに。
 さて、そろそろ追い詰めようかしら。
 まず……立ち上がって伸びをしよう。そしてまっすぐ対象に向かって────
 ───いや。

 私が一歩踏み出すたびに、対象は一歩下がる。
 ここで少しずつ、なるべく自然に軌道を修正、花屋に向かう。
「いらっしゃいませー」
 店の前で鉢植えを整理しているポニーテールの女性店員が私に気づく。
『相手』は……ふふ、戸惑ってるわねぇ。頭の上に『?』が見えるよう。
 私は赤でも白でもない、青い薔薇の花に目を惹かれた。それは、淡くて儚げな青さだった。
「店員さぁん、これはなんていう種類なのぉ?」
「あ、それですか? それは青龍といいます」
 眼鏡をかけたポニーテールの店員はそう答えた。
「せーりゅーぅ?」
「はい、青い龍と書いてせいりゅうです。」
「へーぇ、それをあるだけ、ブーケにしてちょうだぁい」
「はい、かしこまりました。この品種はハイブリッド・ティー・ローズといって、大きくて形がいいのが特徴なんですよ」
 言いながら、店員は手際よく花束を作っていく。
「はい、どうぞ」
「それ、あの子に渡して」
「はい」
 店員は薔薇水晶に向かって歩いていき、花束を手渡した。
「……?」
「あちらのお客様から」
 薔薇水晶は不思議そうな顔をしている。
「……驚嘆」
「ふふ、私の勝ちねぇ♪」
「……また、負け……」
 通算1375勝142敗。
 がっくりとうつむき、両手に抱えた青薔薇の花束に視線を落とす薔薇水晶。
 だが、その瞳に悲哀は感じられなかった。
「じゃあ、行きましょぉ」
「うん」
「どっちぃ?」
「……こっち」
 遠ざかってゆくふたりの後ろ姿を見送る店員。
「……いやあぁぁぁぁーん! あの子たち、なんてかわいいのぉぉぉー!
 写真撮っとくんだったわあぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
 ──店員の名前は、草笛みつといった。

 からん、ころん。
 ドアベルが小気味良い音を奏でる。
「いらっしゃいませ、おたばこはお吸いになりますか?」
「んーん、禁煙席でぇ」
「かしこまりました。ではお席へご案内いたします」
 ショートカットで左目の下に泣きぼくろのある店員は恭しい態度で課された仕事をこなしている。
 入って左側の席にふたりは案内された。
「ではご注文がお決まりになりましたらこちらのボタンをお押し下さい」
 テーブルに備え付けられたメニューを広げ、目を通す。
「頼むもの決まったぁ?」
「……(無言でうなずく)」
「じゃぁ押すわよぉ」
 白く長いしなやかな指が伸び、ボタンに差し掛かる。
 たったそれだけの動作にも薔薇水晶は胸を熱くする。
 しばらくすると、さっきの店員が伝票のバインダーを携えて歩いてきた。
「失礼いたします、メニューを伺いにあがりました。」
「えっとぉ……ペンネ・アラビアータとロゼでぇ」
「……(無言でメニューを指差す)」
「はい、ではメニューの確認をさせていただきます。ペンネ・アラビアータ、きのことたらこの和風スパゲッティ、
ロゼ、ジンジャーエールをそれぞれひとつずつでよろしいでしょうか」
「はぁい」
「では少々お待ちください。ごゆっくりどうぞ」
 店員はもう一度一礼すると、すたすたと去っていった。
「あの店員……ただ者じゃないわね」
「……?」
 小鳥のように首を傾げる薔薇水晶。
「あの歩き方……古武道の歩法ね。それも達人クラスよ、きっと」
「そう……なの?」
「ええ」
 武道について話していると、さっきの店員が料理を運んできた。
「お待たせいたしました」
「ん、おいし。なかなかイイお店じゃなぁい。気に入ったわぁ」
 ご褒美とばかりに私は薔薇水晶の頭を撫でた。赤くなって俯く彼女の仕種が可愛かったので自然と笑みがこぼれる。

「んー、美味しかったわねぇ」
「うん……」
「これからどぉするぅ?」
「銀ちゃんとなら……どこでもいい……」


 きゅん。

 なに、この、破壊力。

「もう、この子ったらぁ。……じゃあ、ライブハウスでも行かなぁい?」
「ライブハウス……? ……なんで……?」
「いつもは聴かせる側でしょぉ? だからたまには聴く側に立ってみるのもいいんじゃなぁい?」
 本当の目的は真紅の高校のときの同級生、ジュンを一目見ておくことだった。
「うん……638m先に……ライブハウス発見……」
「じゃあ、行きましょぉ?」
「うん」

「入場は1ドリンク制500円になります」
「はぁい。私はホワイトソーダでぇ」
「……(無言で炭酸飲料を指差す)」
「……ってあなたたち……ローゼンの水銀燈さんと薔薇水晶さんじゃないですか!?」
「えぇ、そうよぉ」
「……こんにちは」
「あっ、私、薔薇乙女のときからずっとファンなんです!
ローゼン以外のバンドが目に入らないくらい大好きです!
今のサークルに入ったのもローゼンへの憧れからで、私もああなりたいと思ったからなんです!」
 私は少女の頬を手の甲で撫でながらこう言った。
「お熱い声援ありがとぉ。これからも私だけを見てなさぁい」
 あらぁ、幸せそうな顔してその場にへたりこんじゃったわぁ。可愛いわねぇ。

「ほら、入るわよぉ」
「……うん……」

 今日は土曜日ということもあり、大学の軽音サークルの定期演奏会が催されていた。
 ライブハウスに入ると、ちょうど曲間のチューニングブレイクにステージ上のボーカルが、50人前後の聴衆に向けて恥ずかしがりながらMCを披露しているところだった。

「こんにちはー、サクラダファミリーでーす」
「のりちゃーん!」
「桜田さーん!」
 MCに呼応するように聴衆から野次混じりの大きな声援が。
「今日はみんなにお知らせしたいことがありまーす。えーとですねー、なんと今日はジュン君の二十歳のお誕生日なのでーす」
「おめでとー!」
「おめでとー!」
 聴衆がベースの男の子の誕生日を口々に祝福している。どうやらあの眼鏡の少年がジュンみたいねぇ。
 彼はスタンドマイクの前にうつむき加減に立ち、恥ずかしそうにひとこと言った。
「あ……ありがと……」
「じゃあジュン君の二十歳のお誕生日ということで乾杯しましょー! ほーらジュンくーん、ビールよー」
「あ……う、うん……」
「ほらージュン君、音頭とってー!」
「えっと……今日はありがとうございます……二十歳になったということで……
 あの……今日から……その……大人としての自覚を持って……」
「かんぱーい!」
「「「アハハハハ!」」」
「……こんっ……のぉ……おかずのり!! まだ僕がしゃべってる最中だろ!? なんでいきなり……」
「うふふー、いいのいいのー。大人は細かいこと気にしないのよー?」
「……くっそー……こうなりゃヤケ酒だ……ゴクッ……ゴクッ……ぷはぁ……」
「おおー……ジュン君なかなかいい飲みっぷりじゃなーい……よーし、お姉ちゃんだって……んぐ……んぐ……ぷはぁ……」
 ステージの手前側の姉弟のやりとりをツマミに、ギター二人とドラムスもちびちび飲み始めた。
「あなたも面白いと思う?」
「……うん……」

「あ、ちょっとお兄さぁん? この席空いてるぅ?」
「ああ、はい……」
「そぉ? ありがとねぇ」
「どうぞ…………って……!?」
「こんにちはぁ。アルコール、摂ってるぅ?」

 私の姿を確認するや否や、青年はステージに一番近い席の男子学生の下へそそくさと行ってしまった。
 しばらくすると青年が帰ってきて、私に話しかけた。
「あっ、あのっ……Rozen Maidenの水銀燈さんですよね!?」
「あなたも知ってるのぉ? はぁ……有名すぎるのも考えものねぇ……」
「それで……もしよろしければ……トリのあとにサプライズゲストとしてご登壇いただけないでしょうか?」
「えぇ、いいわよぉ」
 ──せいぜい楽しませてね。
「ほっ、ホントですかぁ!? ありがとうございます!!」
 そう言ってまたさっきの部長らしき青年のもとへ駆けていった。
 二人の会話こそ聞こえなかったものの、部長が大喜びしているように見えた。

「そうと決まれば……薔薇水晶」
「……うん……」
「ライヴジャックよぉ!」
「うん」

 次の日

「まったく何を考えてるかしら、水銀燈!?」
「また貴女なの、水銀燈」
「毎回毎回、本当にしょーがねー野郎です!」
「キミが言えることじゃ……」
「あんなことしちゃめーなのー!」
「別にいいじゃなぁい、オフの日に私がどこで何をしたってぇ」
「いいわけがないかしら! それに薔薇水晶まで巻き込んで……」
 何よその総攻撃。ふざけてるの?
 けど私は大人なので自分から折れるということができる。
「はいはい、私が悪かったわぁ。あ、そういえば真紅ぅ?」
「何?」
「昨日、ジュン君に会ったわぁ」
「!!!!!!!!!!!」
 真紅の目つきが変わった。
「えっ!? あ……会った……って……!! ど、どうだったの!?
ちゃんと学校には行ってる!? 友達はいる!? 悩みを打ち明けられる仲間は!?」
 なんだかすごい慌てようねぇ。
「安心なさぁい、元気そうだったわぁ」
「ハァ……ハァ……ならよかった……」
「あぁ、それともうひとつ」
「な……何……!?」
 私は嘲い(わらい)を噛み殺すのに精一杯だった。 
「昨日はジュン君のお誕生日だったみたいよぉ?」
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!」
「おっ……お先に失礼するわ!」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

 ──Rozen Recordsの廊下にふたつの足音が響く。

「……はぁ……スッキリした……ぁン」
 いぃぃい気味ねえぇぇ、しぃぃんくうぅぅぅ?
 畏れ多くもこの私に頭を下げさせたんですもの、このくらいの報復はあってもいいんじゃないかしら?
「……やりすぎ……」
「足りないくらいだわぁ。ほかのメンバーにもちょっかい出しに行かなきゃ。フフフ……アハハハハハハ!」

──Rozen Recordsの廊下には悍(おぞま)しいまでの笑い声がいつまでも響いた。

                      終わり

最終更新:2006年10月02日 19:18