Story 1 ◆6tDSZ/8cEU 氏
Illust 845 氏
それはわずか30分に満たない間の出来事だった。
「トモエが大変なの!うにゅーがのどにつまって病院なの!すぐ行くの!」
がちゃ、ばたん。
「なぁあああ!!今日はみっちゃんが遅くなるからカナがお夕飯の当番だったかしらぁああああ!!」
がちゃ、どたどた・・・・・・ばたん。
「大変ですぅ!おじじとおばばが喉をモチに詰まらせて運ばれたです!すぐ病院に行かねばならんのです!!」
「す、翠星石、逆、逆!もが、むー・・・・・・」
がちゃ、ぎぃー、どどどどど・・・・・・ばたん。
「ごめんねぇ、メグがまた鼻血噴き出して瀕死みたいなのぉ」
ちゃっ、ばたん。
「・・・・・・今日はスーパーの特売日・・・・・・」
ばたん。最後に扉が閉まり、後には空のグラスと空席がそれぞれ6人分残された。
「で、どうする」
と言いながら、僕はすぐにでも帰るつもりでいた。何もあいつらの仕組んだ茶番につきあってやる必要は無い。
当然真紅も同じ考えだろうと予想していたんだけど。
「・・・・・・今出るのはもったいないわ。せめて料金の分くらいは楽しみましょう」
僕はわが耳を疑った。
「はぁ?楽しむったって、たった二人でか?」
横目で様子を伺うと(僕と真紅はテーブルの角を挟んで90度の位置に座っている)、 てっきり6人のイタズラに憤慨しているかと思いきや、意外に落ち着いているようだった。少なくとも表情には怒りの色は見えない。
そしてその表情・・・・・・真顔で、いつもの凛とした態度のままで、僕の方を見て言う。
「あらジュン、私と二人きりでは楽しくないとでもいうのかしら」
「い、いや別にそういうわけじゃ・・・・・・て言うか、ふ、ふた、二人きりって」
こっちは意識しないようにしているのに、なんであえてそういう言い方をするんだ。
気まずくなり、顔を伏せる。真紅の方は特に気にかけた様子もなく、なおも話しかけてくる。
「とにかく、せっかく来たからにはこのまま帰るのも損だわ」
「・・・・・・じゃあ好きにすればいいだろ」
「ジュン、まさか私一人にやらせるつもりじゃあないでしょうね?」
「はぁ?僕はそもそもやり方もよく知らないぞ。こんなところほとんど来たことも無いし、最初から言ってるのにあいつらが無理やり・・・・・・」
「ジュン」
「・・・・・・何だよ」
真紅の声に少しトゲが混じる。経験から言って、このように僕の発言を遮る時は説教モードになることが多い。
「こういうときに率先してレディを楽しませるのが男の甲斐性というものよ。あなたから始めなさい」
「確かに僕は男だが残念なことにレディってのがこの場に一人も見当たらなげぶしッ!」
セリフの途中で真紅の金髪が鞭となって僕の頬を打ち据えた。予備動作のほとんど無いこの技を回避するのは至難のワザだ。
「・・・・・・ったぁ・・・・・・やったなこのツインデビル!」
頬を押さえ、抗議の声を上げて真紅の方に顔を向けたその時だった。
「・・・・・・ジュン?」
氷のように硬く鋭い声とともに、真紅の凍てつくような視線が僕を射抜き、異様な気配が僕に向けて押し寄せた。
「・・・・・・!な、何だよ・・・・・・」
急激に体温が下がり、汗が体表に浮いてくるのがわかった。照明も操作していないのに部屋が暗くなったような錯覚すら覚える。
真紅の表情は特に変化していない。にも関わらず、室内の空気は一変していた。
僕はひどく落ち着かない気分になる・・・・・・昔から、こうなった真紅を前にすると僕はいつも同じ感覚に襲われるのだ。
それは例えるなら、無数のイバラが身体を通る神経の束に巻きついてくるかのような感覚だった。つまり、それをされると僕にはもうなす術など無く――
「や り な さ い」
――いつのことだったか、真紅のことをどう思っているのか、と皆に聞かれたときのことを思い出す。
その時にはもちろん何も言わなかったが、本当は僕の中で真紅に対する感想としてはっきりしていることがひとつだけあった。
それはつまり、今の状況と同じく『逆らっても無駄』というものだった。
※
「ジュン、あなたは・・・・・・その、よく頑張ったわ。そう、いい子ね、ジュン」
先ほどとは一転、真紅は不自然なまでに穏やかな笑顔・・・・・・を失敗気味に頬を引きつらせ、今度は明確にお互いが気まずいこの空気を中和しようと必死なようだった。
「だから、言ったのに・・・・・・」
床にくずおれる僕の頭上では大型のテレビモニターの画面が輝いている。そこには『8』という数字が、スピーカーから響くいかにも残念な調子の効果音とともに踊っていた。
その意味するところは、すなわち『100点満点中の8点』。
「ジュン?気を落としては駄目よ。ええ、もう少し全体的に音程が合って、あとわずかに声量が安定して、さらにリズム感を養うことができれば」
「うがぁあああ!!はっきり『音痴』って言えばいいだろぉぉぉぉぉ!!」
僕はマイクを放り投げ、絶望的な気分で壁に頭を打ち付ける。こんな醜態をさらした後では生きている希望も無い。とりあえず壁を割って僕は死ぬ。
「ジュン!落ち着きなさい!!あなたの何処が駄目だっていうの・・・・・・!」
真紅が何か言っている。が、次第に意識が遠のいてきたためにその声も判別しがたいものになっていく。こうなってくると僕の頭蓋骨と部屋の壁、どちらが先に砕けるかの勝負だ。
あー、くそ。翠星石め。だから嫌だって言ったんだ。他の奴らも、よくも僕をこんな目に。
だからカラオケなんて行かないって言ったんだ――
※
意識を取り戻したとき、目の前には真紅の顔があった。
Illust 845 氏
「・・・・・・あら、気がついたのね」
つかの間、目が合う。
「う、わ」
反射的に身体を起こす。真紅はひょいと顔を上げて僕との衝突を避ける。
額から何かががずり落ちた。見るとおしぼりだった。その額が割れるように痛い。自分の置かれた状況がよくわからない。
場所は、カラオケボックス。真紅と、二人。歌わされて、ひどい結果で、やけになって頭を壁に、そして。
「ひ、膝枕?」
されていたらしい。真紅を見ると、のん気にコーヒーカップから何か飲んでいる。たぶんドリンクバーでホットティーでも入れてきたんだろう。
「10分くらい気絶していたわ」
こちらを見もせずに真紅が告げる。
「あまり無茶なことをしないで頂戴」
と言いつつあまり咎めるような調子でもない。
「あ、ああ・・・・・・悪かったな」
なんとなくこちらも素直に謝ってしまう。
真紅がカップをテーブルに置き、それきりお互いに黙り込む。
すごく落ち着かない。
今更ながら、真紅に膝枕されていた事実を思う。別にそのままソファに寝かせておいてくれてもよかったのだ。
それをわざわざ、などと考え出すと今度は顔が熱くなってくる。ますます落ち着かない。
でも目が覚めたときの一瞬、至近距離で目にした真紅の顔は、なんていうか、きれいだった。
それなりに長い付き合いではあるけど、あんな顔は滅多に見せない。こっちを見守るような、穏やかな眼・・・・・・。
「ジュン」
名を呼ばれて我に返る。真紅がこちらを見ていた。
「何をそわそわしているの。お手洗いなら出てすぐのところよ」
「ぶ、馬鹿、違うよ!」
けど真紅のことを考えていたとは言えない。
「ジュン」
「なんだよ」
「もう、帰りましょう」
「・・・・・・え?」
さっきと言ってることが違うぞ。
「無理やり歌わせたりして悪かったわ」
真紅が僕に謝っている。膝枕のことといい、さっきから何かが変だ。
気絶してる間に僕の意識は別の次元にでも迷い込んだのか。んなわけないか。
「あなたから先に歌うのは当然だったけれど、人にはそういった常識を超えた向き不向きというものがあるということを知ったのだわ」
やっぱり僕は正しい次元の真紅を前にしているようだった。
意図的でなく謝りながら人をけなすなんて芸当ができるのはどこの宇宙にもこいつぐらいしかいないだろう。
「だから、もう帰りましょう。きっと、あなただって楽しくないでしょう・・・・・・?」
不意に、その声の響きが僕の心臓を震わせた。思わず真紅の顔を見る。
向こうは僕の手前の床に視線を落としている。伏せられた睫毛の隙間からのぞく眼からは、うっすらと感情の光のようなものが見て取れる。
それは、本当に予想外のこと(今日はそんなことばかりだ)だけど、『残念さ』、いやひょっとすると『寂しさ』・・・・・・のように、僕には見えた。
また、気絶から覚めた瞬間に見た真紅の表情が頭に浮かぶ。
身体の芯を締め付けられるような甘い感覚が一瞬、はしる。
「ジュン・・・・・・?」
僕が反応しなかったからだろう。今度こそ真紅が正面から僕を見た。
その眼。
何か熱いものが手足を駆け巡る。ああ、血か。馬鹿な感想。
(そうだな、帰ろうぜ)
最初からそのつもりだった。
「いや、」
しかし僕の口はもう、勝手に次の言葉を告げている。
「もうちょっといてもいいんじゃないか」
一瞬遅れて、真紅がわずかに口を開く。
「え・・・・・・?」
僕は自動的に、自分が言ってしまったことのつじつまをあわせる。
「い、いや、フリータイムって、まだ3時間くらいあるんだろ?どうせ金は払うんだし、せっかくだし」
「でも・・・・・・」
「このままじゃ、僕としても悔しいっていうか情けないっていうか・・・・・・ちょっとは練習したいんだよ」
次の言葉は、一歩踏み出す言葉じゃないのか。いいのか、僕。それを言ってしまっていいのか。
「真紅、おまえボーカルやってんだろ。だったら・・・・・・」
いいのか。
「お、教えてくれよ、歌い方・・・・・・」
今日僕は真紅が二つ魔法を持っていることを知った。
どちらの場合も、僕の身体は思い通りにならなくなる。なす術など何も無い。
僕の提案に対して、真紅の反応はといえば、
「そう」
と、そっけなく呟いただけだった。
「そう」ってなんだ。それは了解したということなのか。
くそ、なんで僕は練習したいなんて言い出したんだろう。恥の上塗りにしかならないのに。
とか思っているとおもむろに真紅が卓上のリモコンに手を伸ばした。素早く番号を入力(何も見ずに)し、マイクをとる。
ということは、OKなのか。
「まずは私が歌うのを聴いていて頂戴」
真紅がマイクに向かって言う。
「お、おう」
モニターに曲名が表示される。
(以下執筆継続中)
最終更新:2006年11月28日 23:04