「巴ー、一緒に帰ろー?」
「……え? ……あ……ごめん、今日は寄ってくトコあるから」
「えー? もしかして……例の彼ー?」
「えっ!? いやっ、桜田君とはそんな関係じゃ……」
「ふふっ、私は桜田君だなんて言ってないよー」
「!」
「巴ってホントに隠し事できないタイプだよねー」
上目遣いでいたずらっぽい笑顔を浮かべる彼女は桑田由奈。
巴と同じ学科で栗色の髪と瞳をしたほんわか系癒しキャラである。
その癒し効果たるやその場の空気の流れを半分の速さにしてしまうほどだ。
「しっ……知らない!」
巴は頬を染め、俯いたまますたすたと早足で歩き始める。
「あーん、待ってよー」
『桜田君とはそんな関係じゃ……』
巴は無意識のうちにジュンを思い浮かべる。
昔は学校にもちゃんと来ていたのに、中学のときのある事件がきっかけで心を閉ざすようになり、引きこもりがちになってしまった時期があった。
そんな彼も今では大学に現役合格し、サークル活動に参加して友好関係を築けるまでになった。
話によると軽音系のサークルでギターを弾いているらしい。
それを聞いたときに一番喜んだのは彼女なのだが、当人が恥ずかしがりなのもあって言い出せずにいた。
────本当は分かってる。私が一番好きなのは────
桜田君が立ち直れたのは、あるロックバンドのおかげだった。
その名は"RozenMaiden"、今や知らぬ者はないといっても過言ではないほどに絶大な人気を誇るバンドである。
ヴィジュアルから曲調の幅広さ、演奏技術まで全てが他のバンドとは一線を画す6人組。
その噂を聞いた巴がジュンをライヴに誘ったのがきっかけだった。
巴は面倒くさがりのジュンを引きずって電車とバスを乗り継ぎ、転売屋の間を縫って隣同士に座った。
開演までまだ20分以上あるにもかかわらず会場はすでに満員で、待ちきれないファンの熱気で満ちていた。
「……なんなんだこいつ等……たかだかコンサートに何だってこんなにいっぱい集まってんだ? 馬鹿みたいだな」
ジュンがドリンクに刺さったストローを噛みながら不満を露にしてつぶやく。
「それは言いすぎだよ……」
「やれやれ……ま、せっかく来たんだし見てやってもいいか」
「うん、それがいいよ」
さっきまでバタバタしていてゆっくり話す機会がなかったので、巴は思い切って話しかけた。
「えっと……ね……ジュン、君」
そわそわと落ち着かない巴。
「ん? どうした柏葉?」
「それ……」
「はあ?」
「だから……その…………ジュン……君…………お互い苗字で呼ぶのはもう……」
──刹那。
「RozenMaidenのライヴへようこそ!!!」
突然の咆哮に客席のテンションは一気に最高潮まで駆け上がり、会場は割れんばかりの歓声に沸く。
「すごいな」
「……」
いつもそう。言いたい事、誰にも言えないの。
一曲目は、強烈なディストーションがかかった超攻撃的なギターサウンドとスティックが躍っているようにさえ見えるほどの激しいドラムが印象的な、バリバリのロックナンバー。
きっと数ある有名曲のうちのひとつだろう、客席のテンションも更に上がり続ける。
さすがは日本一と謳われるバンド、テレビなどをあまり見ない私でも聞いたことのある歌ばかりだ。
ライヴは3時間以上あったにもかかわらず、私にはあっという間に思えた。
私はいつになく昂(たかぶ)っていた。隣を覗いてみると、そこにはあの日に失った笑顔があった。
正確には笑顔ではなかったのかもしれない。だがステージを熱心に見つめるその顔は、私には確かに笑顔に見えた。
涙が流れていることに気がついた。
桜田君が気づいていないのがせめてもの救いだった。
こんな顔、とても見せられない。
幼なじみの顔を見ないようにして、私もステージに目を遣った。
「アンコール! アンコール! アンコール!」
客席からいっせいに起こるアンコール。
桜田君も拍手しながら声を張り上げているではないか。
1分ほど経った頃だろうか。幾重にも重なったストリングスの音が荘厳に響き渡る。
音量はとても大きく、普段なら耳を覆うほどだが、オーケストラの演奏からは大音量による不快感はない。それどころか静寂さえも感じられる。
ストリングスがフェードアウトし、オーバードライブの甘い音色が会場に響き渡ると同時に透き通る声が耳に入ってくる。
重なる鼓動 重なる吐息
隣を見ると そこには
静かに過ぎゆく日々の中で
幼い頃から 密かに憧れていた
すこしずつ でも 確かに
彼の 横顔
変わっていった 私の心
今思えば 私の心は ずっと
変わっていった 貴方の心
彼に 惹かれていた
忘れかけてた 互いの傷痕
けど 私は 臆病だから
忘れられない 互いの痛み
いつも言い出せずにいて
悲しみが あの日の記憶が
でも どうしても隠し切れなくて
蘇る こんな日はいつも
ぎこちなくなって
貴方を求める心
自然と
繋ぎ留められずに
涙が
心の闇に怯えるばかり
溢れて
そんなとき あなたは
何なの? この気持ち
闇に埋もれそうな 私の手をとって
わからないよ
引きずり出してくれたから
教えてよ
だから 今度は
苦しくて
あなたをまるごと包んであげたい
切なくて
夢なんかじゃない
でも
確かな 痛み
あったかくて
確かな 幸せ
あなたの影を 必死で追いかけた
その先には
確かな 未来
気が付くと、私はジュン君の頬に唇を押し当てていた。
涙が止め処なく溢れ出ていた。
唇を離す。
「ジュン……君……」
「と……ともえ……?」
「ジュン君……」
「巴……」
アンコールも終わり、カーテンコールが始まる。
明るくなったステージの明かりに、再び唇どうしを接点としてまじわる二つの影。
「ありがとぉー! 最高のライヴだったわぁー! また会いましょぉー!」
「次はしあさって、大阪ドームで演るから絶対観に来やがれですー!」
手を振りながら舞台の袖へと帰ってゆくメンバーたち。
会場は割れんばかりの拍手喝采で溢れ返り、音の渦を成す。
名残惜しみながら観客がぞろぞろと退場し始める。
唇に残る確かな感触に戸惑いながらも、私達は席を立った。
「……う……腕、組まないか?」
赤くなってそっぽを向くジュン。
「うんっ♪」
私は彼の腕にしがみついた。
「こっ……こらっ!」
「……えへへ」
今になって思えば、私もあの日から少しは変われたのかな?
最終更新:2007年01月27日 10:59