Story  酔いman 氏
サクセスストーリー、成功。
その言葉がもつ甘い誘惑は多くの人々に夢を見させてくれる。
実業家になる夢、スポーツの世界で有名になる夢、そしてここに、まだ知り合ってはいないけど同じサクセスストーリーを夢見ている数組の少女達がいた。


「ふわぁ~あッ……ねぇ真紅ぅ、まだ着かないのぉ?」

列車の窮屈な座席で眠っていた少女は背伸びをすると、綺麗に整えられた銀色の髪をかき上げて向かいの席に座る少女に尋ねた。

「この雪だもの、まだかかりそうよ水銀燈」

真紅と呼ばれた少女は大雪の為に速度が落ちた列車から退屈そうに景色を眺めながら言う。

「ふぅ~ん、もう一眠りしようかなぁ~、真紅は寝ないのぉ~?」
「だって2人とも眠ってしまったら私たちの荷物が危ないでしょ」
「フフフ、私たちの荷物なんて誰も狙わないわよぉ~」

真紅の心配をよそに水銀燈は座席に深く腰をかけ、頬杖をつきながら目を閉じた。
そんな水銀燈を見て真紅は、ふぅ~っと小さく息を吐きながら、また外の景色に目をむける。
しばらく列車のガタンゴトンと単調な作動音だけが聞えていた2人の耳に微かに可愛い音楽と歌声が聴こえてきた。
どうやら近くの席に座っている誰かが聴きだした曲が漏れてきたようだ。

「ねぇ、水銀燈、起きてる?」
「起きてるわよぉ~、どうしたの真紅ぅ?」
「この曲って誰だったかしら?」
「今聴こえてる曲よねぇ~、えぇ~っとぉ、2人組みのぉ…」
「思い出したわ、ピチカートベルだわ」
「そうそう、金糸雀と雛苺だっけぇ~?」
「イイ感じのポップスだわ」
「私も嫌いじゃないけどぉ、ピチカートベルってこの曲だけで他は当たらなかったわよねぇ~」
「そうね…私達も……」
「ふふっ、真紅は本当に心配性ねぇ~大丈夫よぉ、私のギターと真紅の歌があればローザミスティカは成功間違いなしよぉ~」
「そうね、そうありたいわ」
「ふふ、そうありたいじゃなくてぇ、そうなるのよぉ~」
「そうね、水銀燈の言うとおりね…」

微笑をうかべた2人はいつしか耳に入ってくるノリのいいピチカートベルが歌うメロディーに合わせるかのように目を輝かせ始めた。

「ねぇ、起きてよ、翠星石」
「うぅ~ん、もうちょっと寝たいですぅ~」
「ダメだよ、バイトに遅れるよ、早く起きてよ」
「うぅ、しゃーねぇなぁ! ですぅ」

腰にまで届く長い髪をした少女は古いタタミにしかれた布団からムクッと起き上がり、予め布団の中に入れていたシャツに着替え出した。

「また着替えのシャツを布団の中に入れていたのかい、翠星石」
「そーですぅ、このほうが暖かいのですぅ、蒼星石もするといいですよぉ」
「う、うん、こんど試してみるよ、それより早く行かないと遅刻だよ」
「解ったですぅ、さぁクソ面白くないバイトにでも行くですかぁ~」

2人は築数十年はたっているボロアパートから出ると繁華街に近い雑居ビルにあるカラオケ屋に入っていく。

「しかし、いつまでこんなバイトをしなきゃーならんですかぁ蒼星石」
「しょうがないよ、僕達はプロじゃないんだし、でもカラオケでバイトしてたら歌の練習にはもってこいだよ」
「そりゃーそうですけどぉ、翠星石は早く大勢の前で歌いたいのですぅ」
「そうだね、僕も同じ気持ちだよ、早く僕と翠星石のガーデンシスターの歌がこのカラオケでみんなに歌われるようになればって思うよ」
「なればじゃなくて、なるのですぅ、来年の今頃はきっとステージで歌ってるですぅ!」
「そうだね、翠星石の言うとおりだね」

2人はカラオケルームからの注文であるカルアミルクを造りながら互いの目標を夢見ながらも週末の忙しさに追われ始めた。

「そんな突然の解雇なんてあんまりかしらぁぁー!!」

受話器に向かって大声を張り上げる少女に対しての返答は簡単なもだった。

「ちょっと、解雇の理由は何かしらぁ~?」
「今度の曲で目標売り上げが達成しなかったら、そう前に伝えていたはずだが…」
「そ、そんなぁ~~、ちょっと待ってかしらぁぁぁ~」
「か、金糸雀ぁ、社長さんは何て言ったのぉ~?」

力なく受話器を置いた金糸雀のとなりで雛苺は心配そうな目付きで尋ねる。

「カ、カナ達のピチカートベルはクビになったかしら……」
「うゅ~~、そんなのイヤなのぉーー、うぅ、ウエェ~~~ン」

突然の解雇にショックを受けた雛苺は壊れんばかりに泣き出す。
金糸雀はそんな雛苺の背中をドンッと強く叩く。

「泣きわめくんじゃないかしらぁー、こうなったらカナ達だけでも音楽活動ができるってことを見せ付けるかしらぁぁ!!」
「どうする気なのぉ~?」
「まだ解らないかしらぁ、で、でも何か方法があるはずかしら」
「どんな方法なのぉ~?」
「うぅ、と、とにかくこういう時は街に出てアイデア探しかしらッ」
「あぁ~ん、金糸雀ぁ、まってなのぉ~~ヒナも行くのぉ~」

収まりきらない怒りに金糸雀はマンションから街へと出て行く。
それを追いかける雛苺はいつしか金糸雀と駅前の雑踏の中にいる。
ほんの1年ほど前まではそこそこヒットした曲のため、こういう場所では何人かに声をかけられた2人だが、今や誰も金糸雀と雛苺に気付かない。
移り気の早い世間の関心に置いていかれた疎外感を感じた金糸雀は雛苺の手を取ると歩道橋に向けて走り出す。

「水銀燈、起きなさい、着いたわよ」
「ふわぁ~、よく寝たわぁ~、ふぅ~~ん、さすが都会ねぇ~人がたぁ~くさん居るわぁ」
「そうね、迷いそうだわ、それより契約したアパートに行きましょう」
「ねぇ、アパートの場所ってこの近くなのぉ~?」
「たしか近いはずよ、カギと一緒に送ってきた地図があったはずだわ」

人でごった返す駅で真紅と水銀燈は地図を頼りに歩道橋に向かう。

「はぁ~、疲れたですぅ~、これだから週末のバイトは嫌いなんですぅ」
「たしかにお客さんが多くて疲れたね」
「早く帰って寝たいですぅ~」
「そうだね、でもその前にコンビニでお弁当を買わなくちゃ」
「翠星石はパスタも食べたいですぅ~」

バイトが終わり私服に着替えた翠星石と蒼星石はコンビニの袋を持ち、歩道橋を登りだした。

「見るかしらぁ、雛苺」
「な、何を見るのぉ~?」
「ホラ、この人込みかしら」
「ほぇ~、この人達がどうしたのぉ、金糸雀ぁ?」

歩道橋の上から見下ろす金糸雀は悔し涙で濡れている。
この人込みの中で誰も自分達に気付いてくれない悔しさと、突然の解雇の理由がそこにあると解ったからである。
そして金糸雀は涙を拭うとキョトンとした表情で交差点を渡る人の群れを見ていた雛苺の手をギュッと握り締める。

「今に見ているかしらぁ、カナ達はこのままでは終わらないかしらぁ、きっとこの人達を振り向かせてやるかしらッ!!」

「ねぇ、本当に道順はあっているのぉ、真紅ぅ?」
「大丈夫よ、地図を見るのは得意よ」
「ほんとぉ~?」

「レンジでチンしたのが冷めないうちに早く帰るですよッ」
「あっ、まってよ、翠星石」

今、夜のとばりが降りた街にかかる歩道橋の上で3組の少女達は気付かないうちに出会っていた。
この時は互いの存在など知る由も無いただの通行人である、しかも真紅と水銀燈が組むローザミスティカ、翠星石と蒼星石のガーデンシスター、そして金糸雀と雛苺のピチカートベルと言う違った立場での出会いであった。
ただ、この偶然の通りすがりの奇跡が後に多くの人々を熱狂と悲しみの渦に巻き込む伝説のロックバンド、ローゼンメイデンになるとは誰も気付いていなかった。

                    *

水銀燈は電気ストーブに手をかざして温めている。
真紅はキッチンと言うより流し台と言ったほうがしっくりくる台所でコップに水を入れてうがいをする。

「うぅ、このボロアパート最悪ねぇ~、寒いわ~」
「ガラガラぁ~~、そうね、すきま風が入ってくるわ」
「指が温まってきたからぁ~、行く前にちょっと練習してみるぅ?」
「そうね、乾燥でノドが心配だけど、何ともないみたいだし私も少し
 声を出していきたいわ」

ニコッと笑った水銀燈はギターを取り出すと簡単なコードを弾き始める。
それに合わせて真紅は首を軽く揺らしてリズムを取る。
始めは鼻歌まじりの小さな声だった、それがやがて徐々に大きくなると冷たく張り詰めた冬の空気に伝わり広がっていく。


「ん?なんだろう、この歌…?」
「どこから聴こえてくるですかぁ、この歌?」
「どこかの部屋から聴こえてくるみたいだね」

翠星石と蒼星石は耳をすましてよく聞き取ってみる。
たしかにアパートのどこか違う部屋から聞こえてくるのが解った。
しばし2人は水銀燈が奏でるギターと真紅の歌声に動きが止まる。

「ノリがイイ曲ですぅ、もっとはっきり聴きたくなってくるですぅ」
「うん、そうだね、ギターも綺麗な音だし、声も特徴的で綺麗だね」

2人はどこからか聴こえる歌に目を閉じてニコッと笑った。
それは楽しく、そして美しく、なにより音楽を愛する気持ちを感じたからである。

「このアパートに翠星石と蒼星石のほかに音楽をする人がいたですかぁ?」
「いや、それは居ないはずだよ、でもCDやTVじゃないのは確かだし…」

蒼星石は昨夜の事をフッと思い出した。
夜中過ぎにノドの乾きを感じた蒼星石は布団から抜け出してアパートの下にある自販機でお茶を買っていた……。

「ちょっとぉ~真紅ぅ、何が地図を見るのは得意なのよぉ~思いっきり間違っていたじゃない~~」
「地図を反対から見ていたのは些細なミスよ、水銀燈」
「その些細なミスでアパートについたのがこんな時間になったわぁ~」

取り出し口からお茶を手にした蒼星石の後ろを金髪ツインテールで背が少し低い少女と銀髪の少女が通り過ぎていく、その肩には古ぼけたギターケースがあった事を……。

「あの2人かな……?」

ポツリと口にした蒼星石の言葉と同時に真紅の歌は止まってしまう。
そして2つ奥にある部屋のドアが開く音が聞こえた。

「今夜は冷えるからぁ~ヤル前にどこかで何か食べましょうぉ~」
「そうね、暖かくなるものがいいわね」

廊下に面したスリガラスに真紅と水銀燈の声と共に2人の影が横切る。
それを翠星石と蒼星石は目で追いかける。

「もしかして、今の2人が歌ってたですかぁ?」
「そうみたいだね、イイ感じの曲をヤルんだね、今の2人」
「ガーデンシスターとは違ってますがぁ、なかなか見込みのある2人ですぅ」


「ねぇ金糸雀~、これからどうするの~?」
「このまま引き下がるのはシャクかしら~、だからカナ達で曲を作ってミュージックシーンに殴りこみかしら~!」
「でもでも、ヒナも金糸雀も曲なんて作れないのよぉ~」
「うぅ、そ、そこは何か考えるかしらぁ~」

金糸雀は悩み事があればアテもなく街を歩いて気分を紛らわせるのがクセだった。
幼馴染の雛苺と冗談でオーディションに応募し、見事ピチカートベルとしてデビューが決まった時も学業と音楽活動を取るかで悩んだ。
そんな時に意味もなく街を歩き、何気に足を止めたストリートライブを見て音楽活動の道を選んだ。
いわば金糸雀にとって街の雑踏は音楽の原点のようなものであった。

「うぅ~ヒナ、お腹がすいたのよぉ~、何か食べるの~」
「しょうがないかしら~、駅のファーストフードで我慢するかしらぁ」
「うわぁ~い、ストロベリーシェイクがいいの~、早く行くのぉ~」
「あっ、雛苺、そんなに走ったら危ないかしらぁ!」

金糸雀の忠告どおり数メートルも走らないうちに雛苺は通行人の背中にぶつかってしまった。

「あッ!?」
「いった~~い、誰ぇ、どこに目を付けてるのぉ!!」
「うぅ~、ご、ごめんなさいなのぉ~~」
「こんな人込みで走るものじゃないわ、気をつけなさい」
「か、カナからも誤るかしらぁ~、ごめんなさいかしらぁ~~」
「まったく気をつけてよねぇ~、ギターを落としたらシャレになんないわぁ」
「ごめんなさいなのぉ……」
「行きましょう、水銀燈」

誤る雛苺と金糸雀に背を向けた真紅と水銀燈はそのまま駅の方に流れる
人込みに紛れていった。

「ふゅ~ビックリしたのよぉ」
「もう、カナの言う事を聞くかしら~、」
「ごめんなさいなの、でもあの2人怖そうだったのぉ~」
「た、確かに怖いお姉さんだったかしらぁぁ~でも……」

その時、金糸雀は何か心に引っかかるものを感じ、その場で腕を組むと、目を閉じて考え出す。
そして何か思いついたのか閉じてた目をパチッと開ける。

「バンドよぉ、バンドを組むかしらぁ~」
「バンド?」
「そうかしら、バンドを組んだらカナにできない曲も出来るかしら、それに
 1人より2人、2人より3人のほうが何かとイイかしらぁ~」
「ほぇ~、でもでも、どうやってバンドを組むのぉ~?」
「大きな楽器屋さんの掲示板にバンドメンバー募集のチラシを張るかしら」
「ほょ~~、それで集まるのぉ?」
「解らないけどヤッてみるかしらぁ~、今から楽器屋さんに直行かしら」
「えぇ~、ストロベリーシェイクわぁ~? あぁ、金糸雀ぁ、まってなの~」


「なんだかさっきの歌を聴いていたら僕も何か新しい曲を考えたくなってきたよ」

蒼星石はアコーステックギターに手を伸ばすとメロディーを探し始める。
いくつかのコードを繋ぎ合わせ弾いていると弦が切れてしまった。

「あぁ、ヤッちゃったよ、弦を張り替えないとって思っていたんだ」
「じゃ、バイトに行く前に駅前の楽器屋さんに寄っていくですよッ」
「うん、そうしようか、ちょっと早いけど出かけよう」

翠星石と蒼星石はいつもより早く部屋を出て駅に向かって歩き出した。


「ねぇ、ちょっとライブをヤル前に寄っていかない?」
「いいわ、どうせ私達は時間など気にしないストリートライブだもの」

夕方近くに昼食と夕食を兼用でとった真紅と水銀燈は駅近くにある一際目立つ楽器屋に足を運んだ。
地方から夢だけを追いかけて都会に出てきた真紅と水銀燈には都会の大きな楽器屋に展示された多くのギターやエフェクターに目を輝かせ、しばらく店内を見て回った。

「クスクス…」
「どうしたのぉ、何か面白いものでも見つけたのぉ?」
「ねぇ、見てコレ」

楽器屋の壁にあるメンバー募集の掲示板を指差す先には汚い文字でこう書かれた紙があった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
バンドメンバー募集、楽器のパートは問いません
とにかく本気でプロになろうと考えている人は来てください
雀&苺
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「なぁに、コレぇ~? バッカじゃないのぉ、こんなので人が来ると
 思ってるのぉ、すずめ&いちごだってぇ~ウフフフッ」

水銀燈は笑いながら近くにいる店員に声をかけて、このチラシの詳細を聞きだした。

「どうしたの、まさかそのチラシを書いた人に会う気なの水銀燈?」
「そうよぉ~、暇つぶしにはちょうどイイじゃない~~フフフッ」
「まったく困ったものね」
「いいじゃない、どうせこっちに出てきたばっかだしぃ~、まだ
 バイトも決まってないしぃ~、ねっ、いいでしょ~?」
「そうね、水銀燈がそう言うなら私もあってみるわ」

真紅と水銀燈が掲示板を見て笑っている時に蒼星石と翠星石が店に来る。

あれ? あの二人は確か同じアパートの……

真紅と水銀燈が店を出て行くと2人が見ていた掲示板に行ってみる。
そして2人が指を指していたチラシを見ながら蒼星石は水銀燈と同じ質問を店員にする。

「あぁ、さっきの2人組はこの雀&苺っていうのに連絡を取るみたいだよ、
 まぁ、店のほうを通しての連絡になるけど、君も興味があるのかい?」
「そうですね、なんとなく…」

そう、僕が興味あるのはこのチラシじゃなくて、さっきの2人組みなんだ。
同じアパートに引っ越してきた2人組み、そしてあの綺麗な曲を作って歌ったあの2人に僕は興味がある。

蒼星石はもう店から出て行った真紅と水銀燈の姿をもう一度見ようと店内から外を見てみるが、すでに2人の姿は見えなかった。

「ほら、カナの言ったとおりかしらぁ~、カナが考えに考えたチラシのセリフに心を引かれた人が4人も来たかしらぁ」
「ほぇ~、金糸雀ぁ凄いのぉ~」
「さっそく明日あうことにしたかしらぁ~~」
「これでヒナ達のバンドができるのぉ~~」

「さぁ、弦も買ったしバイトに行こうか翠星石」
「バイトはイイですけどぉ、本当にその怪しい雀&苺ってヤツらに会うですかぁ~?」

「ねぇ、この辺りで始めない?」
「そうね、近くに噴水もあって、クリスマスの飾り付けも綺麗だし、この街で始めにするストリートライブには最高の場所だわ」

気付かない偶然が導いた真紅、水銀燈、翠星石、蒼星石、金糸雀、雛苺、
この6人の少女達の夢が今、クリスマスのあかりが灯る街で静かに重なろうとしている。
今は名前すら知らない彼女達の歩んできた道が1つに交差するクロスロードは12月25日の聖なる日に運命に導かれて始まった。





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最終更新:2006年12月25日 01:09