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Story  ID:B81lo6RX0 氏(4th take)

突然だが、音合わせである。
アルバムお披露目のライヴツアー終了直後といった、いわゆる「バカンスの時期」であっても彼女たちは週二回の音合わせを欠かすことは無い。
今でこそ音楽そのものをメディアに取りあげられる事が殆どだが、初期はそのビジュアル性のみがクローズアップされていた。
それを良しとしない彼女達は腕を磨き、ストイックに音楽そのものを求め、結果今の「Rozen Maiden」が成り立っている。
凡百のバンドならばある程度の評価を得た時点で満足してしまうものだが、彼女たちはやはりプロであった。
各々の音楽性を高め、そしてそれを融合させる作業─この音合わせには、そのような意味があった。
そんな日常と化した光景だが、たまにはこのような事もあるとか────

「おはよう。早いわね」
「やあ真紅、おはよう」

集合30分前に真紅が控え室の扉を開けると、そこには既に蒼星石の姿があった。
愛用の4弦ベース─ネックの太さは6弦なのだが、4弦しか張れないものだ─を手に、幾度か弦を弾いて音を確認している。
チューニングの最中といった風情だ。始めはぎこちなかったその姿も、今やすっかり板についている。

「翠星石は?」
「ドラムスティック折っちゃったみたい。今上の楽器店に行ってるよ」

困った姉だよ、と蒼星石は少し笑って天井を示した。
翠星石は見た目に反してパワフルかつ荒々しいドラムプレイを行う。
しかし時折それが暴走し、機器を破損してしまう事が度々ある。
幸いライヴ中にそういった事故を起こした事はまだ無いが、いつか起こすのでないかとメンバーは内心ヒヤヒヤものだ。

「そのうち戻って来るんじゃないかな。今日はやる気がいつも以上だったから」
「そう。良い事ね」

短く返し、持参した保温ボトルから紅茶をカップに注ぐ。
レモンやミルクは入れず、ストレートで飲むのが彼女流。
沈黙と、時折聞こえるベース弦の音が控え室を支配した。

「よし…こんなもんかな。」

蒼星石がベースを置くと、それを合図にしたかのようにドタドタと足音が響いた。
それは徐々に控え室へと近づいてくる。

「くぅー!全く使えねぇ店です!スティックの一本も置いてねぇですよ!!」

ドバァン!とけたたましい音を立て、かつそれに負けないほどの声量で騒ぎつつやってきたのは翠星石。
真紅は視線すら向けず「騒がしいわね」と一言。
蒼星石は蒼星石で慣れているのか、まあまあ落ち着いて、などと宥めている。
一頻り騒いで気が済んだのか、文句を言いながらもしっかりと手にしていた新品のスティックを手に馴染ませるように数度握り、翠星石は片隅にあるスチール椅子に腰掛けて鼻歌混じりにシャドウプレイを始めた。
こちらもさすがに慣れた物であり、その形は様になっている。

「…水銀燈と雛苺と薔薇水晶、遅いね」
「遅刻するのはいつもの事です。気にしてたらなーんもできんですよ」
「その通りね。あの二人は時間にだらしないのだわ。薔薇水晶は…何時の間にかいるでしょうし、先に入って軽く合わせておきましょう」

かちゃりと音を立てて真紅はマイカップをテーブルに置き、立ち上がる。
それに倣い二人も立って、控え室を出た。
今日借りたライヴハウスは街中としては大きめで、控え室からライヴホールまでは少々歩く。
この廊下を何組のバンドが歩いたのだろうか─そんな真紅の思考を遮ったのは翠星石である。

「なにか騒がしくねぇですか?」

…言われてみれば、確かに。
ホールから、何かを演奏しているような音が僅かに聞こえてくる。
「今日は空いてる、って事だったんだけどなぁ」と金糸雀からの情報を確認する蒼星石。
時折ブッキングミスをするので油断はできない。
一歩一歩、歩みを進めるたびに「演奏」はよりはっきりと聞こえてくる。
ホールの扉は、閉まっていた。
真紅が扉に手を掛け、扉が開く───

『Ravenous─!!!』

まさに「轟音」と呼ぶに相応しいサウンドが三人に叩き付けられた。
地獄の底から響くかのような荒々しいヴォーカル、物悲しくも攻撃的なギターサウンド、16ビートを刻むドラムス…
彼女たちがプレイするものとはあまりに掛け離れた、異質な音楽であった。
良く聞くとヴォーカルのみ生で、他の演奏はオフヴォーカルトラックを流しているらしい。
その「轟音」に晒されて暫し思考が停止した。聞きなれない者の聴覚を破壊しかねない音楽だ。
はっと我に返った蒼星石が「やっぱりブッキングミスしたみたいだね」と二人に告げ、舞台へと視線を向けて…………言葉を失った。

「……ひ、雛苺?」

標準より大分低めなマイクスタンドの向こう、淡いライトの下で獣のように歌っているのは雛苺だった。
普段どおりのフリルが多めの服に大きなリボン。
しかしその小さな口から流れ出るのは立派なデス声。
普段とのギャップに蒼星石が固まっていると、こちらに気付いたらしい雛苺が3人に向けて手をぶんぶんと振りながら「おはようなのー!」と満面の笑みで挨拶をした。
やはりその声は普段の愛らしい、ちょっと幼い声だった。それ故に、デス声とのギャップが物凄かったわけだが……

「で、雛苺。貴女何故こんな喉を傷めるような曲を練習していたの?」

雛苺・オン・ザ・ステージが終わり、静寂が訪れたホールの中央で真紅が尋ねた。
ツインボーカルの相方として当然の疑問である。
訓練していない者がこのような声を出せば、一発で喉がいかれてしまうだろう。
しかし雛苺はそんな心配を他所に、にこにこと答えた。

「うーとね、水銀燈がぁ、もっと幅を広げるためにやってみたらー?って言ってくれたのー」

くらり、と真紅は眩暈を覚えたような気がした。
なるほどヴォーカルの幅を広げるのは良い事だ。
だがしかし─

「でも、程度というものがあるのだわ。雛苺、こんな曲ばかり歌っていたら喉を壊してしまうわよ?」
「そうですチビ苺。第一チビ苺みたいなタッパでこんな曲やっても迫力がねーです」
「翠星石、そういう問題じゃないと思うんだ……」
「うー、でもでも。ヒナもね、真紅に任せっきりじゃなくてぇ、もっと…うーと、えーと……」

両手をぱたぱたと振りながら、必死で言葉を紡ぐ雛苺。
彼女は彼女なりに、「バンドとしての幅」を広げたいのだろう。
言葉にならずとも、その気持ちはしっかりと伝わっていた。

「雛苺。幅を広げたいのなら、もっと別の方向で考えてもいいのではないかしら?
極端な変革は歪みをもたらすもの。貴女の声が壊れてしまっては、何もならないのだわ。
蒼星石の好きなジャンルの曲、というのも私達の幅を広げる事になるわ。違って?」
「うん、そうだね。真紅とはまた別のアプローチでバラードなんかを歌えれば違うと思う」
「うょー。そうなのー?」

口元に指を添え、?マークを3つも4つも散らしながら考える雛苺。
暫く「うー」「あー」「うゅー」などと唸りながら悩んでいたが、頼りにしている真紅と音楽に対して真面目な蒼星石の意見に納得したようだった。
セットしてあったCDを片付け、うーん、と伸びをすると、

「じゃあヒナ、ちょっと頑張ってみるの!」

にっこり笑顔で言い、ステージへとぽてぱた走っていった。
三人もステージへと上がり、そしていつもの練習が始まる────

余談。
この件で真紅が水銀燈を問い詰めた際、水銀燈は悪びれもせず「あらぁ、本当にやったのねぇ。雛苺ったらお馬鹿さぁん」としれりと言ったそうな。
例によってこの二人の間には、また暫くの間ギスギスとした空気が流れたという。


最終更新:2006年04月06日 23:35