Story ID:gzJJR1LP0 氏(5th take)
始めは趣味のはずだった。
お金や名声なんて二の次、皆で楽しく音楽を演れればそれで満足。
好きな音楽のジャンルは皆ばらばら、不安もあった。
だけど、案ずるより産むが易し。難しく考えることなんて無く、充分楽しく演れていた。
ライヴの度にテンションが上がっていった。いつの頃からか、誰からともなくデモテープを音楽会社に送り始めた。
あとは幸運が重なったと言える。たまたまニューカマーの発掘をしていた会社の目に止まり、CDデビュー。
4桁売れれば御の字だと思っていた。けれど、蓋を開ければ25万枚。
嬉しかった。自分たちの音楽が認められた。趣味で演じていた音楽を、他の者達と共有できる喜び。
ライヴのそれとはまた違った感動。街を歩くと、時々だけれどファンから声を掛けられるようにもなった。
『皆が皆奮い立ち、類稀なるコンセントレイションで、働いて飲んで喰って暮らす夢のような日々』とはどのバンドの詩だったか。
彼女達の今は、まさにその通りであった。そんな至福の日々の事──
-Battlefield~重圧の向こう~-
「皆皆、大ニュースかしら!!」
息を荒げてやってきたのは金糸雀だ。
今日は新曲の打ち合わせのため、全員で水銀燈の家に集まっていた。
全員の視線が入口へ集中する。
「なぁに、金糸雀ぁ。ヤクルトでも飲んで落ち着きなさいよぉ」
「…水銀燈、言いにくい事だけどヤクルトはその手に持ってるので品切れみたいだよ」
「あらやだ。買ってこなきゃぁ」
「後にするですよ水銀燈。ニュースって何ですか?下らない事だったら卵焼き取り上げるですよ?」
「もしかしてもしかしてー、うにゅー安売りなのー?」
「貴女は黙ってなさい雛苺…」
「……うにゅー、好きだね」
こほんと咳払いをし、もったいぶるようにポーズをつける金糸雀。
にぃっ、と笑い、一枚の紙を全員につきつけた。
「何、これぇ?」
「えーと何何……Hard Rock Syndicate出演予定表…何でこんなものが?」
「3月………えええええ!?」
「ど、どうしたのよ翠星石」
「ここここ、ここ見るですよここ!!」
翠星石が指をさした個所。
そこにはRozen Maidenの名が燦然と輝いていた。
皆それを見て、ぴしりと音を立てて固まる。
「この予定でオファーが来たかしら!」
むふーと鼻息を荒げ、誇らしげに胸を張る金糸雀。
Hard Rock Syndicateは国内外の中堅~ベテランアーティストにスポットを当て、音楽に対する姿勢や思いを語りつつ、数曲をその場で演奏するという極めてシンプルな公開収録番組だ。
どこにでもありそうなこの番組であるが、毎回ファンを唸らせる構成とアーティスト選択によって、遅い時間帯にも関らず同種の番組内では一二を争うほどの視聴率を弾き出していた。
これに出演するという事は、即ちロックというジャンルにおいてある程度認められているという事に等しい。
デビュー間もない彼女達が出演する事は、本来考えられない番組であった。
さらに、彼女達は雑誌のインタビューに答えた事はあれどテレビ出演は全く初めてだ。固まってしまうのも無理は無い。
「…………」
「ど、どうしたのかしら皆?オファーが来たのに元気が無いのかしら」
「………ええと。これに出演するの…?僕らが…?」
「その通りかしら!」
「…いや、そんなきっぱりと…」
「うぃー。でもなんだか面白そうなのよー?」
「お、面白そうとかそういう問題じゃないですよチビ苺っ!」
約一名、ある意味怖いもの知らずの雛苺を除いて明らかに戸惑いを見せるメンバー達。
どのような状況でも余裕を崩さない水銀燈ですら、視線を泳がせている。
ロックを演っている者達にとって、この番組というのはそれほどの物なのだ。
「どどど、どうするですか…」
「どうするもこうするも…僕たち、場違いっぽいよ…」
「そうなのだわ…まだ私達はデビューしたてなのよ?」
「……でも、こんなチャンス…滅多にない…」
「…そぉねぇ…ちょぉっと怖いけど、やってみるのもいいかしらぁ」
「チャンス、か」
「………そうね。私達は新人、与えられたチャンスにぶつかって砕けるのもいいかもしれないわ」
「ううう、皆本気ですか…翠星石はガクブルものですよ…」
「僕だって怖いさ。だけど、今までだって初めての試みはいくつもあった。その度に僕たちは乗り越えて来たじゃないか」
「そ、蒼星石ぃ…」
「そうなの!怖いよりも、楽しいのがいいの!皆で楽しむのー!」
「決まりねぇ」
始めは皆戸惑いを見せていた。しかし、薔薇水晶の「チャンス」という言葉で皆の意識は変わったようだ。
意見が纏まり、怯える翠星石を蒼星石が宥めながら、出演の方向で話を進める事にした。
打ち合わせは主に金糸雀が行い、収録日も決まった。
セットリストはこちらで決めてもいいらしい。ならばと言う事で、ライヴでいつも演奏している曲目から4曲を抜き出した。
その日に向け、収録予定の4曲を中心に練習を重ねる。幸い、収録日まではライヴの予定が無い。
不安を吹き飛ばすかのように、朝から晩までスタジオに篭る6人であった。
収録当日。
メンバーはいつもより早く集まり、テレビ局へと向かった。
彼女達の移動は常に電車であり、その特徴的な服装は人ごみの中に於いて嫌でも目立っている。
「うう、なんだかいつもより見られてる気がするですよ……」
「翠星石、ちょっとナーバスになりすぎだよ。不安かい?」
「あ、当たり前ですよ…生じゃないからまだマシですけど、公開収録ですよ?」
「確かに…失敗は許されないわね」
「あらぁ、失敗なんてするはずないわよ。あれだけ練習したんだものぉ。」
「うゅー、翠星石、震えてるの。だいじょーぶ?」
「ち、チビ苺に心配されるほど落ちぶれちゃいねーです」
「………顔、真っ青」
ひそひそひそひそ。
電車内なので当然会話のボリュームは下げている。
それでも外見で目立っているせいか、注目は集まっているようだ。
緊張感が悪い方向に向かっているせいか、まだ局入りすらしていないというのに翠星石の顔色は蒼白だった。
ぷしゅーという空気音と共に電車の扉が開く。
「ほら、ついたよ。行こう?」
蒼星石が翠星石の肩を抱き、6人は電車を降りた。
駅から局へはすぐである。徒歩にして2~3分程度。
その短時間で緊張感をプラスに持っていけるほど、彼女達は経験を積んでいない。
結局、控え室に入っても状況は変わらなかった。
─このままだと失敗する。
誰しも、そう思っていた。
バンドの要は連帯感である。一人が崩れれば、それは皆が崩れるに等しいのだ。
今の翠星石ではまともなドラミングが期待できそうにない。
ピンチである。いわゆるひとつの危機。
自然、控え室の空気も重くなってしまう。今までこれほどの事態が無かっただけに、全員困り果てていた。
「皆元気ないのー。元気出すのよー?」
…いや、正確には5人が困り果てていた。
雛苺だけは例によって例の如く「悩みなど無い」といった風情である。
この明るさはある意味で救いであった。ムードメーカーたる雛苺─時には「トイレの100ワット」などとも言われるが─まで沈んでいては、それこそ八方塞がりだ。
「元気もなにも……うう、おっかねえですよ。失敗したらって考えると翠星石はガクブルです」
「うぃー?おかしな翠星石なのよ。ヒナ達は新人なんだから、失敗して当たり前じゃないのー?」
「それはそうですけどー…」
「ヒナね、思うの。こーんなおっきー所で歌えるのだもの。楽しまないと損なのー」
「………」
「それにねそれにね。ヒナとーっても楽しみなの」
「何がです?」
「だってね、ヒナたちの音楽を好きになってくれる人が増えるかもしれないのよ?
それは仲良しさんが増えるってことだし、きっときーっと楽しいの」
にっこり笑顔で手を広げ、元気一杯に答える雛苺。
ああ、この子は「失敗」など考えていない。「友達」が増えるという事が楽しみなのだ。
始めは拙い演奏だった。けれど、それでも「好きだ」という人が居てくれた。
その言葉を糧に練習を繰り返し、そしてオーディエンスが増え、パワーを貰ってさらに良い演奏をする。
この繰り返しこそロックバンドの醍醐味。
翠星石は、何故こんなことを忘れていたのだろう、と苦笑した。
「まったく、チビ苺に説教なんぞされるとは思ってもみなかったです」
肩を竦め、溜息をつく翠星石。
だがその溜息と共に、「不安」が徐々に薄れていくのが解った。
怖いという感情は残っている。けれど、それ以上にファンが増えるという楽しみが心を占めていた。
「今日はきっと大入り満員です。なにしろ翠星石たちのバンドはこんな番組に出るほど期待されてるですから」
翠星石の瞳は、もう沈んではいない。雛苺の言葉で気持ちの切り替えが出来たようだ。
─もう、大丈夫だ。
誰しもが、そう確信した途端、控え室の雰囲気は一変した。
「そうだね。きっと僕たちの演奏を楽しみにしてくれる人が沢山いるよ」
「でもぉ、多い分失敗できないわよぉ?失敗しちゃったお馬鹿さんは、恥かいちゃうかもぉ」
「それもまたいい経験。一つや二つの失敗、今までの事を考えれば大したものでもないのだわ」
「……大入袋、出るかな」
「大入袋って何なのー?」
「大入袋っていうのはね、お客さんが沢山入った時に出るご祝儀みたいなものだよ」
「えー!じゃあじゃあうにゅーも出るー?」
「出るワケ無いですよ、このお馬鹿苺」
水を打ったように静かだった控え室は途端に騒がしくなり、プラスのエナジーに満ち溢れている。
出番はまだかまだかと皆そわそわ落ち着かない。
蒼星石などは早くもベースギターを取り出して、ピックで弦を爪弾き始める始末。
落ち着いているように見えても、内に秘めている情熱は誰にも負けないのだ。
「みんなー、そろそろ出番かしら。準備するかしらー!」
扉を開けて入って来た金糸雀の声に、全員が立ち上がった。
翠星石の言葉通り、スタジオは大入りであった。
司会者が前振りを語っている間、袖に控えていた乙女達は「うわー、すっごい人なのー」「これ皆僕たちの曲を聴きに来てくれたんだね…」などと半ば舞い上がっているような様子である。
「本日の出演者は、デビュー間もないとは思えない人気ですが…」
「彼女達は間違いなくビッグになるね。俺は確信してるよ」
「それでは、お呼びしましょう!Rozen Maidenの皆さんです!!」
沸き起こる歓声の中、袖から用意された席へ。
ライトが眩しい。それ以上に、オーディエンスからのパワーが凄まじかった。
ぞくり、と身体の芯に震えが走る。これがロックバンドの醍醐味。
SEX,DRUG,Rock'Roll…とはよく言ったものだ。
全員喜びを噛み締めながら、司会者とのトークを楽しんだのだった。
その日の収録は大盛り上がりであった。
セットリストの4曲には、デビューアルバムに収録されていない曲を2曲含めていた。
その曲の反応も上々であり、最後にはライヴでもないのにアンコールが起こる程。
トークはトークで「いつも通りの彼女達」をそのまま出すという肩の力が抜けきった内容で、司会者ですらそのパワーに押されていた。
「仲がいいのか悪いのか解らないね君ら」
詳しい内容については、この突っ込みで察してもらいたい。
とにかく、始めはどうなることかと思われていたこの収録。
終わってみれば大成功で、真紅などは「絶対に録画するのだわ」と息巻いていた。
貴重で大きな経験をした薔薇乙女達。
これをステップにしてさらに人気を広げるのだが、それはまた別のお話───
最終更新:2006年04月06日 23:38