「ふぅ……」
――もう何度目だろうか、こうしてベッドに体を預け、顔を枕に沈めながら溜め息をつくのは
――もう何枚目だろうか、こうしたまま見るゴミ箱の中や部屋に沈む紙くずの数は
水銀燈から渡された曲にベースラインをつける、というのが今したい事
水銀燈から渡された曲にベースラインをつけられない、というのが今してる事
「……駄目だ……これじゃないんだ……」
僕みたいなロックバンドの端くれが口にするのはまだ百年早いけど……
「……やっぱりスランプかな……」
淡いデスクライトが真っ暗な部屋を照らす中
力の無い声でそう呟くと、僕はゆっくりとベッドから起き上がり、両手で顔を覆った
唇は少し乾いている、目は結構疲れてる、今かなり酷い顔をしている
そんなことが鏡を見なくても分かるくらい、僕は疲れはてていた
『夢の中の僕、彼女は全てを知ってるようです』
Illust 845 氏
スランプになったのはもちろん今回が初めてじゃない
今までにも何度かそんな状態に陥っていたが、一週間もすれば頭の向こうからメロディーの欠片がやって来てそこから広げることが出来た
――でも、今回は違う
今回はスランプになってもう一ヶ月、それでも頭の向こうからメロディーの欠片さえ来ない
もちろん仕事だから時間が有限なのも分かってる、ギターとドラム、キーボードはもう入ってるのだからそうのんびりしていられない、金糸雀や真紅に限らず、メンバー全員にも迷惑や心配をかけてしまう
「……はぁ……」
……もちろん、来るかさえ分からないメロディーが来るまで何もしなかったわけじゃない
昔のローゼンメイデンのCDをかけてみたり、考えるばかりじゃ駄目だ、とも思いベースを適当に鳴らしたりと、思いつく限りのことは全て試した
でも、そのどれもがイマイチ効果を得られない
「――あっ!!」
真っ暗な視界の向こう側、突然頭にメロディーが浮かび上がる
僕は慌てて机に駆け寄り、その欠片を忘れない内にペンを取り譜面に起こした
「……またか……」
起こした譜面を見て僕は愕然とする
「……もう何度目だろう……」
また、同じ事の繰り返しだ
目の前のメロディーは依然、ローゼンメイデンの曲そのままだった
こうして出来上がったメロディーは全て“何か”と酷似している
それは自分達の昔の曲だったり、いつか聞いたCDだったり、今微かに聞こえる街の音楽だったり……
「……ふぅ」
枯れない溜め息、出来ない譜面
パッとしない頭のモヤモヤは、まるで淡いデスクライトみたいで……僕はどうしようもなく惨めな気持ちになった
――こんな話がある
『今の時代、音楽の鉱脈は掘り尽くされ、全てのメロディーはいずれも過去に、どこかで生まれたメロディーである』
つまり現代の曲は全てが編曲であるとも言え、完全な“オリジナル”は存在しないのだ
「………」
それでも僕は編曲は絶対にやりたくなかった
あくまでも自分達の曲に盛り込むのは自分の編み上げたオリジナルメロディー
それがたとえ完全に過去の曲と被っていても、編曲だとパクリだと噂が立とうとも、だ
編曲しか残されてない道で編曲を選ぶのは絶対に嫌だ
一生残る曲の中に自分のオリジナルじゃない、納得いかないメロディーが存在することに吐き気すら覚える
周囲の絶賛を得ながらの編曲をするくらいなら、周囲の非難を受けてでも自分のオリジナルを貫く
それが僕の、ローゼンメイデンのベーシストとしての一番大切にしたい部分であり、同時に自身の誇りでもあった
「……少し……外に出よう」
夜の風に当たれば少しは頭もスッキリするかもしれない
僕は淡い、淡い期待を胸に、重い足を引きずりながらベランダの窓を開けた
「まだまだ外は寒いや……」
白い吐息の向こう側、見渡す限りに広がる眠らない街
街灯やビルの光はまるで星の代わりのよう、そしてソレが星の存在をぼかしてるようで……
それがまるで今の音楽みたいで――
僕はどうしようもなく頭が重くなり、目をそらすように視線を下に向けた
「……あれ?」
視線、寒空、街灯の下
こちらを見つめる銀髪の女性
「あらぁ~ ドッキリ失敗ねぇ」
「どっどうしたの水銀燈!?こんな時間に!」
微笑む水銀燈に、別の形で頭がスッキリする僕
(……やっぱり曲関係かな)
いくらなんでも一ヶ月もすれば……ね、なんにせよ素直に事情を話そう……どの道曲が完成してないことに変わりは無い
「とっとにかく部屋に来て!風邪ひいちゃうよ!」
そう水銀燈に言うと、僕は慌てて部屋に散らばる紙くずを片付け、お湯を沸かしてコーヒーカップを二つ取り出した
お湯が沸くのを待ってる間、水銀燈が来る前に洗面台に駆け込み、どうにか乙女の体裁を整える
(それにしても急だなぁ……)
一通り体裁を整え再びキッチンに向かう途中、予想通りのインターホンに呼ばれ僕はドアを開けた
「821時間ぶりねぇ~ 元気してたぁ?」
白い肌、艶やかな銀髪とは正反対の真っ黒なコートにブーツ、首には赤いマフラーを巻いて、右手には……お酒?
「これ、差し入れピルクルよぉ」
……やっぱりか
「ありがとう水銀燈、立ち話もなんだし何もないけど上がってよ」
「そうねぇ、お邪魔するわぁ」
水銀燈が玄関でブーツを脱いでる間、僕はキッチンからの沸騰の知らせを聞きつけコーヒーを淹れに向かった
(どうやって切り出そうかな……)
手はコーヒー豆を削り、目線はテーブルに座ってピルクルを取り出す水銀燈、頭の中は切り出し方の模索中
水銀燈はきっと僕の調子が悪いのを知っても怒ったりはしないだろう
でも、それでも僕と水銀燈の間には曲を“創り上げた”者と“創り上げてない”者の見えない線みたいのが引かれてる気がして、どこか水銀燈が遠い人みたいに見えて話かけづらかった
……でもこんなことはもちろん僕の気にし過ぎな訳で、水銀燈にこの事を言ったら微笑みながら「お馬鹿さぁん」と言われてしまうだろう
(うーん……)
そう頭では分かってても実際は出来ない、僕は切り出し方が分からないまま、今の僕みたいに不透明で向こう側が見えない色をしたコーヒーを持ってテーブルに向かった
「はいコーヒー、ミルクはどうする?」
「大丈夫よぉ、ピルクルで代用するわぁ」
そう言いながら水銀燈はピルクルを取り出しコーヒーに注ぐ
「ふふ……相変わらずだね水銀燈、でもそれじゃ乳酸菌死んじゃうよ?」
「うっうるさいわねぇ!」
他愛のない会話、久しくしてない水銀燈と二人きりの会話だったけど、彼女のいつも通りな様子は僕の心を凄く落ち着かせた
「それで……今日はどうしたの?」
大体の見当はついてたけど僕はあえて水銀燈に聞くような形をとる、それは多分僕のつまらない恐怖とか不安とかがそうさせたんだ、とコーヒーを口に運びながらふと思った
「ふふ……意地悪ねぇ蒼星石ぃ 」
水銀燈もまたピルクルコーヒーを口に運び、ニコッと笑う
相変わらずかなわないな……そう言えばいつだって彼女は真紅同様、何でもお見通しだった
本人はソレを言うと怒るけどね
「まあ……あのゴミ箱を見れば大体分かるわぁ」
水銀燈は目線をゴミ箱に向け、カップを静かにテーブルに置く
「不調みたいねぇ」
「………」
僕は俯く様に頷いてみせる
いや……本当は頷くように俯いたのかもしれない
「まぁ……話通りって訳ねぇ」
……話?
おかしな話だ、僕はまだ誰にも自身のスランプを話してないのに
「それはそうとして今日はここに泊まるわぁ いいでしょ?」
また一口、水銀燈は異質のコーヒーを含む
「え? いや、僕は全然大丈夫だけど……」
「だけど?」
「ただ……珍しいなって」
クスッと笑みが零れる、そんなにおかしな事じゃないけど、どこか変
普段しないような水銀燈の申し出に突然の訪問、凍っていたかのような一ヶ月がちょっとだけ溶けた気がした
「じゃあ場所も用意しないとね」
僕は自分のと水銀燈の空のカップをキッチンに運び、隣の部屋から掛け布団を運ぼうと別室のドアノブに手をかける
「あらぁ……何えっちな事考えてるのかしらぁ」
「――ふぇっ!!」
ノブを回そうとしたまさにその時、いつの間にか背後にいた水銀燈が僕の首筋に息を吹きかける
「なっ……なななな!」
僕は思わずその場にぺたりと崩れる、そして目の前にはしたり顔の水銀燈……
「特にナニかある訳じゃないじゃなぁ~い、それともアナタ……本当はおと
「すっ水銀燈!!」
ふふふ……ごめんなさぁ~い、と笑いながら謝る彼女
もう……、と呆れながらも笑う僕
「それに……必要らしいのよねぇ」
……必要?
僕はイマイチその言葉の意味を捉えられないままパジャマに着替え、先に横になっている水銀燈と同じベッドに潜り込んだ
「ほらほら~……あら? アナタ最近結構……」
「やっややや止めてよ水銀燈!」
これは彼女の言うナニの内に入らないのだろうか……
三十分程僕で遊び、疲れて先に寝息をたてる水銀燈
はあ……寝顔からは普段の事は想像出来ないくらい綺麗なのにね……
カーテンから差し込む月光が、時折僕と水銀燈の頬を照らす
(………結局水銀燈に迷惑かけちゃったな……)
僕は頭の片隅で編曲……妥協案をうっすらと浮かべながら、静かに目を瞑り溶けていった
最終更新:2007年03月25日 02:20