――ここは……?
ウサギの道標に従うままに、辿り着いたのは……どこ?
「……」
私はベッドに横たわったまま、ボーっとした頭で辺りを見回す、目につく物は小型の白いテーブルに所狭しと並べられた……犬?の人形、ピンクの壁紙から部屋主は女の子なのだろうか?
「……」
むくり、と私は体を起こす。頭は寝起き独特のフラフラ感に開かない瞼。
「……くぅ……ふぁぁ」
思わずあくびが口を突く中、私は再び部屋をぐるりと見回した
「……これは……ギター?」
丁度真後ろ、横になってた時は気付かなかった場所に鎮座する実物のギター。
まるっきり新品、という訳ではなさそうなソレは所々傷があり、ヘッドには小さくR・Mと記されたステッカーが張られていた
「……綺麗ですわね……」
初めてこの目で見た外側の世界。今までいた世界とは全く逆、そこには色んな色、色んな音、色んな香り、色んな物が存在していて――何より美しかった。
――目
私は右手をゆっくりと動かし、そっと右目に手を伸ばす。
……もし右目がそのままだったら少なからず“隠す”必要があった。
義眼や眼帯ならとりわけ隠す必要は無いだろうが、直接右目がアイホールであったり、更にはそこから白薔薇が咲いていたりしたら間違いなく変な目で見られてしまうだろう。
「……え?」
触れる右手、ふいに目に映るギターの向こうにある鏡
「これは……眼帯?」
私はコツコツと眼帯を人差し指でつつく、何度確認しても一緒、そこにあるのはアイホールではなく眼帯であった。
「……ふふ、素敵な体」
私は白薔薇の眼帯から手を離し、静かに器に微笑みかける
「とはいえここは誰かのお家……あまり長居は出来ませんわね」
私は部屋を、この家を出るためにふらりとベッドから立ち上がった。
「……っと、忘れ物……」
枕元には一つのケース、ウサギから器と一緒に受け取った何かの楽器のケース。
ケースの中身も気になるけど、部屋から出るのを先決とした私は中身を確認する事はなく、少し重めのケースを掴み部屋を、家を後にした。
ガチャリと玄関の扉の閉まる音、それを追うのは別室のあくび。
「……ふぁ、あまりソファーで……寝るものじゃないわね……」
入れ違いにリビングから顔を出すのは金髪のツインテールの女の子、どうやら酷く疲れていたらしく髪の毛を結びっぱなしで眠っていたようだ。
「……?今、誰かいたようだけど……」
女の子は寝ぼけた頭でふと、そんな事を思いながら視線の先の壁掛け時計に目をやった。
「なっ!なななな……」
連日のレコーディングで疲れが溜まっているのだわ、そんな言い訳が頭を駆け巡る。
冗談じゃない、寝坊だ……遅刻だ。
「もう慌てるような時間なのだわ!」
彼女はさっきのことなどとうに忘れ、疾風のように洗面所に向かった。
目覚めた先は金の驚愕、ツインテール
目覚めた先は白の感嘆、ロングヘア
二人は煌めく朝日を背に、この世界での出会いを先送った。
*
「とはいっても……」
見渡す限りは青空、頬を撫でる風が心地よい初めての外。
「どこにいけばいいでしょうか……」
あちらの世界では有り得なかった数の人が交差する街、誰もが凄く忙しそうに歩を進め、時計に目をやる。
あるスーツ姿の人が時間に追われ……
あるスーツ姿の人が時間から逃れ……
「……ふぅ」
思わず溜め息が漏れる、あの道化ウサギも困り者だ……この中から探せというのか、たった七人の少女を……
私は途方に暮れたまま歩き出す、何処に向かうと決めたわけではないが、ここに立ち尽くしてても問題は解決しない。
「とにかく……どこかに」
スーツを避け、ビルを横目に、フラフラとアテも無く雑踏を歩き――ほどなく辿り着いたのは小さな公園。
「まあ……」
ここに来るまでに何本か木はあったが、そのどれもが立たされた木、という感じしかしなかった。
でもこの公園の真ん中に聳える木は違う、大きく悠々広げられた枝は遊ぶ子供達を見守るように、太い幹は世界の大黒柱のように、凛々しく、猛々しく座っている。
「……荘厳、ですわね」
白の季節が過ぎ去ろうとする中、私はベンチに腰を下ろした。
まだ風は冷たいけど、太陽のお陰で寒くはない、そのどれもが夢の中じゃ体感出来なかったことだけに、思わず口元が自然と緩む。
「そういえば……まだ中身を見てませんでしたわね」
隣に座るのは私の楽器、まだ名前も、姿も、音色さえも知らない私の大切な楽器。
私は静かに、今の風のように静かに楽器のケースに手を伸ばす。
……もしかしたら緊張していたかもしれない、それさえも定かでは無いほど私は緊張していた。
「あら……」
開けられたファスナーの向こう側、眠るように綺麗に、歌うように静かに、そして――陶酔するかのようにそこにいる
「……フルート……」
私が見とれているのはひたすら冷たい無表情の銀笛
銀笛が見ているのはひたすら暖かい微笑みの私。
私は静かに……いや、恐る恐るフルートに手を延ばす。
「……冷たい」
春風より冷たく、まるで私を捕らえて逃がさないとする姿は、私を迷い込ませる三つの銀世界。
私は優しく、抱くように程よい重さの銀の結晶を包み込む。
「不思議ね……」
そのまま私はフルートを構え、チューニングを始める。
記憶に無いのに体が動く、まるで自分の手では無いかのよう。
まるで――フルートに導かれてるかのよう
チューニングを終え、組み上げられた一つのフルート。
私は静かに頭部管を下顎にあてがい、歌口に息を吹き込んだ。
――小鳥が、羽ばたく
風を纏い美しく音色鳥
青空に舞う孤高の音色鳥
曲なんか一つも知らない、運指なんか意識していない、それでも、それでも止まらない
――楽しい
私はメロディーの美酒をクタクタに酔うまで飲み続けた。
私は導かれるがままに鳥を飛ばし続けた。
それこそ、夢中で
「――ねぇ」
夢中で
「――あの……」
夢中で
「――薔薇……水晶?」
――!!
「……誰ですか?」
いつからいただろうか、ソコに
いつから呼ばれてただろうか、ソレに
「あっ……ごめんなさい、人違いでした」
肩にはショートカットの先と楽器のケースを引っさげ、左目下には泣きぼくろ
どこか憂いを感じさせる少女は、風に髪を揺られながら小さく頭を下げた。
「友人に似ていたもので……すいません」
謝罪一つにもどこか憂いが混じっている、不思議な子だ。
「いえ……それよりもアナタはローゼンメイデンの薔薇水晶と友達なのですか?」
私はフルートを膝上に置く、もしかしたら彼女は知っているかもしれない、薔薇水晶を――ローゼンメイデンの居場所を
「え? あ、はい。一応同じ事務所で音楽をやってて……あの、失礼ですがアナタは……?」
「私は……」
ローゼンメイデンのメンバー、とは言えない。
確かにメンバーではあるけど夢から来た、と話しても信じては貰えないだろう、しかし今はそれ以外にメンバーであると証明をする術がない……
でもこれはチャンス……どうにかして彼女にメンバーと思わせられれば、きっと……ローゼンメイデンに会える。
「……薔薇水晶の……双子の姉ですわ」
……ここは嘘を通そう。
幸い、私は他人から見間違えられるくらい薔薇水晶に似ている。この人には悪いけど……ローゼンメイデンに会えたら本当の事を話して謝ろう。
「ええ!? それは初耳……ローゼンメイデンは双子が二組いたんですね」
「ええ、今回は妹がアレでしょう? だから久しぶりに様子を見に来たのです」
「アレ……? レコーディングですか?」
「そうですわ、でもアノ子ったらスタジオの場所も言わないで……困っていたのです」
「それは大変……あの……もしよろしかったらご案内しましょうか? 私も今日、同じスタジオでレコーディングがあるんです」
「……よろしいのですか?すみません……感謝します」
笑顔の理由は違えど、私はお人好しの少女と二人、ニコリと微笑みあう。
「私の名前は雪華綺晶、アナタは?」
「私は……ともえバンドでベースをしてる巴といいます、どうぞ……よろしく」
巴は挨拶を交えつつ右手を私の前に差し出す、その手は蒼星石と同じ、何て事はない女の子の掌。
それでも人差し指と中指はベーシストの指、熱い音楽に対する思いが彼女の指先から溢れていた。
「行きましょう」
私はフルートをケースにしまい、憂いの少女の手に自分の右手を優しく添える。
「ええ、よろしくお願いしますわ」
冷たさの残る風が二人の髪をさらっていく中、ショートの彼女は右手に罪を、ロングの彼女は左手に愛を、それぞれ掴み歩いていく。
――出会いへ
最終更新:2007年03月28日 23:29