Story ID:Bv+blTzT0 氏(10th take)
Illust 845 氏
傾きかけた陽が差す教室に、憂いを帯びたピアノのメロディが流れる。
物悲しくもどこか調子はずれな響きがジュンの笑みを誘った。
「綺麗なメロディなのになんか変だね?」
「ろくに調律もしていないのかしらね。これでは何を弾いてもまるでホンキートンクなのだわ」
可笑しそうに答える真紅。
月の終わり、月曜日の放課後の音楽室に真紅とジュンはいた。
事のきっかけは、翠星石が言い出したことが始まりで結成された彼女たちのバンド「Rozen Maiden」のマネージャーを持って任じる金糸雀の提案だった。
日曜日、いつものようにスタジオでの練習を終え、帰り道のファーストフードの店で打ち合わせと称してダベっていた真紅たち。
その中で金糸雀は突然宣言した。
「次のライブではオリジナルを演るのかしら!」
「はい?」「え?」「うゆ?」「ヘ?」「はぁ?」「…」
それぞれの口からそれぞれに声が漏れる。そんなメンバーの驚きを無視するように金糸雀は続けた。
「みんな大分上手くはなったけどいつまでもコピーだけではダメなのかしら。ビッグになるためにはオリジナリティで勝負しないとだめなのかしらー!」
何を言っているんだか。
金糸雀以外のメンバーは、彼女の突然の言葉に程度の差こそあれそんな感想を抱いていた。
彼女たちのバンド「Rozen Maiden」は、結成されてそろそろ3ヶ月程になる。もともと素養のあった真紅や水銀燈、薔薇水晶は言うに及ばず、バンドを始めた頃はほとんど素人同然だった雛苺や翠星石、蒼星石も、最近ではすっかり目覚しい上達を遂げている。
今では学園の軽音楽部が主催する「定期発表会(という名の月例ライブだ)」にもゲスト出演し、毎回好評を博するまでになっていた。
しかし、まだバンドを始めて日の浅い彼女たちが演奏するのは、今のところスタンダードナンバーや流行のヒット曲をバンドアレンジしたものばかりで、オリジナル曲を作ったことはない。
誰もオリジナルを演ろうと言い出したことはないし、アマチュアの高校生のバンド活動はそんなものだろうと思っていた。
そんな彼女たちに金糸雀は、突然オリジナルを演れと、当然自分たちで作れと言っている訳だ。当惑するのも無理はない。
ましてや金糸雀はバンドのマネージャーと称しているが自分では楽器を演奏したりはしない。
何をいきなり無茶を言っているんだか、と思うのも無理はなかった。
「オリジナルか…聞いてみたいな」
当惑する彼女たちにも気づかぬ様子で、のほほんと無責任なことをいう者がいた。ジュンである。
真紅の「練習が終わる頃に迎えに来て頂戴」との命によりこの店で練習が終わるのを待っていたのだ。
「下僕たるものそれが当然の勤めなのだわ」と言って憚らない真紅だが、単にジュンと一緒に帰りたいだけだというのは真紅以外の皆には周知の事実であるのだが―閑話休題。
賛同するものがいることに気を良くした金糸雀は、反論する間もあらばこそ一気にまくし立てた。
「ジュンもたまにはいいこと言うのかしら!そうと決まったら各自次の練習までに1曲考えてくること。曲にならなくてもアイディアだけでも考えてくるのかしら!」
「なっ…勝手に決めやがるなですぅ」「突然だね。まあがんばってはみるけど」「面倒だわぁ」「ヒナもお歌かんがえるー!」「…無理かも」
それぞれに感想を漏らしつつ、その場はお開きになった。
「たまにはそういうのも、悪くないかしらね」
そういう訳で、翌日の放課後、真紅は音楽室にジュンを付き合わせていた。
「ああは言ったものの、いざ自分で曲を考えるとなると難しいものだわ。全く、ジュンがあんなこと言うから…」
いくつかアイディアは出たものの、なかなか曲としてはまとめることが出来ずにやや煮詰まっていた真紅がジュンを睨んだ。
「う…悪かったよ。でも、皆の、というか真紅が作った曲を聴きたいと思ったのは本当だよ。」
たじろぎながらもジュンは答えた。
「そ、そう?ゴホン…調子のいいこと。まあいいわ。ちょっと何か飲み物でも買ってくるわ。何か飲む?」一瞬頬を染める真紅。
「ん?それなら僕が行くよ」
「いいの。他にも『用』があるし」
「…コーヒーでお願いします」
「了解」
購買の側のトイレは確か改装中だよ、と言いかけてジュンはやめた。ジュンにしては気の利いた判断だった。
そんなことを言った日にはすかさず真紅の特技「縦ロールチョップ」が飛んでくるところだ。
あれは結構痛い。
「んー…いまいち曲のイメージが固まらないのだわ」
買い物と『用』をすまし、ぶつぶつを独り言を言いながら真紅は音楽室に帰ってきた。
手にはホットのジャワティストレート(缶紅茶の中ではお気に入りだ)とダイドーブレンドコーヒー。
「全く、缶コーヒーなんてどこがいいのかしらね」真紅はドアを開けた。
「あら?」
ジュンの姿はなかった。代わりに、教室の中には口笛が流れていた。
妙に派手で、陽気で、そのくせ口笛のせいなのかどこか寂しげなメロディ。
「ジュン?」
「ああ真紅?おかえり」
口笛が止み、ジュンの声がした。姿はないのに声だけが?
「…あなた、何してるの?」
ジュンを見つけた真紅はいたずらをした生徒を叱るような声でジュンに呼びかけた。
無理もない。あろうことか、ジュンは音楽室の絨毯の上に仰向けに寝そべっていたのだ。
「んー…何って、寝転がっているんだけど」
「あなたねえ…小学生じゃあるまいし。第一服が汚れてしまうのだわ」
真紅は咎めた。
「あれ?真紅は知らないのか?月末の月曜日の音楽室の絨毯」
「…何の話?」
話がつかめず眉根を寄せて真紅は訊いた。
「音楽室はね、普段は掃除機で掃除するだけだけど、月末の日曜日に機械で水洗いするんだよ。だから次の月曜日はすごくきれいなんだよ」
「妙なこと知ってるのね。でも、朝から授業で使ったらまた汚れてしまうのだわ」
「今月は音楽の先生が出張で音楽の授業は自分のクラスで自習だっただろ?」
「あ…」
「そういうこと。まあ、使ってたとしてもそんなには汚れてはなかったろうけどね」
いたずらっぽく笑いながらジュンは答えた。
「なるほどね。それじゃあ私も」
「え?おい真紅」
ジュンが止める間もなく真紅はジュンの側に寝転がった。
「普段こんなことしないからかしら。なんだか楽しいわね」
「汚れるっていったのはお前だろ…」
呆れたようにジュンが呟いた。
「あら?綺麗なんでしょう?」
ジュンに倣うかのようにいたずらっぽい笑顔の真紅。
「そうだけど…お前がそんなことするとはね」
「うふふ」
「…ねえジュン。さっきの口笛もう一度吹いてみて」
「え?」
ジュンが隣の真紅を振り返った。ジュンの左側、すぐ側に真紅の横顔。
「ほら、さっき私が教室に入ってきたとき吹いてたでしょう」
「あ、ああ。あれね」
どぎまぎしながら答えるジュン。
「あなたがクラシックを聞くなんて知らなかったのだわ。ワーグナーとはね」
真紅がジュンの方を向いて囁く。
「たまたま知ってただけだよ。ワーグナーどころかベートーベンだってろくに知らないくらいだし」
そう言ってジュンは天井に向き直り、頭の後ろで両手を組んで口笛を吹き始めた。
午後の音楽室に口笛が響く。
傾きかけた日の光を浴びてきらきらと細かな埃が光る。
遠くにどこかの部活動の声。
かすかに聞こえる真紅の呼吸の音。
「こんな感じ、でいいかな?」
口笛を吹き終えたジュンは真紅の方を見た。
胸の上に手を組んで目を閉じたままの真紅。眠っているかのようだ。
「真紅…?」
ジュンは声をかけた。
「出来た…」
「え?」
「出来たのだわ」
真紅はジュンの方に勢いよく向き直り、抱きつかんばかりの勢いでジュンの肩を掴んだ。
「え?し、真紅?」
「出来た出来た出来た出来たのだわ!さっきから考えていた曲が今ひとつ上手く繋がらなかったんだけど!今の曲を聴いてまとまったのだわ!」
ジュンの肩を揺さぶりながら、頬を紅潮させてんーっと楽しく悶える真紅。
「そ。そうか。よかったね…」
「ありがとう!ジュンもたまには役に立つのだわ!」
そこまで一気に言ってふと気づく真紅。
目の前10センチにジュンの顔。
ほとんど抱き合っていると言っても過言ではない今の状況。ぶつかる視線。お互いの吐息はおろか体温まで感じられそうなこの距離。硬直する二人。
「あ…ジュン…」
「し、真紅…」
ひとしきり見つめあった後、どちらからともなく縮まる二人の距離。真紅はゆっくりと目を閉じ、ジュンに身をまかせ―。
ガラリ。
「だからさ、あそこであの転調は唐突すぎると思うよ?」
「でも元のままのアレンジじゃありきたりすぎですぅ…あら?真紅にジュン、何やってるですか?」
考えることは皆同じ。アイディアを練ろうと音楽室にやってきた翠星石と蒼星石は、教室の椅子に端と端に分かれて座る真紅とジュンをみて首を傾げた。
「こ、こんにちはなのだわ蒼星石翠星石」引き攣った笑顔の真紅。
「や、やあ。二人も曲作りかい?ははは」頬に妙な汗のジュン。
「?」「?」
その後、示し合わせたように集まってくる雛苺に水銀燈に薔薇水晶。金糸雀。
曲作りをしながらも、下校の鐘が鳴ってもぶんむくれの不機嫌真紅に冷や汗をかくジュン。
そうして今日もRozen Maidenの一日は過ぎる―。
ほんの少し昔の彼女たちの。
そんな一日。
最終更新:2006年05月08日 01:10