Story 1 ◆6tDSZ/8cEU 氏
雛苺が屋上に続く扉を開けると、そこには薔薇水晶がいた。
彼女は薔薇学で一番高いところにいた。すなわち、屋上の給水タンクの上・・・
生徒なら、言われるまでもなく登ってはいけない場所である。
タンクのてっぺんに腰掛けて、薔薇水晶は空を見ているようだった。雛苺に気づいた様子は無い。
雛苺は給水タンクの下へと近寄ると、薔薇水晶に声をかけた。
「薔薇水晶、なにしてるの?」
声に気づいて薔薇水晶がこちらを見下ろす。雛苺はにっこりと笑顔を返すが、
「・・・・・・」
薔薇水晶は無言だった。じっと雛苺を見つめるのみ。
それに対しても雛苺は笑顔のままだった。
「・・・」
にこにこ
「・・・・・・」
にこにこにこ
「・・・・・・・・・」
にこにこにこにこ
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
にこにこにこにこにこにこにこにこ
「・・・このパターンは・・・いつか・・・やったような」
先に沈黙(?)を破ったのは薔薇水晶の方だった。
「うゅ?」
「いえ・・・なんでもありません・・・
けれど・・・雛苺・・・あなたには・・・勝てませんね・・・」
「???」
薔薇水晶は時々よくわからないことを言う。
けれど雛苺は薔薇水晶が好きだった。あまり喋らないけれど、本当はとても友達思いでとても優しい子だということを知っていたから。
だから雛苺は、大抵の人間が避けていく、彼女の深い湖のような沈黙を乗り越えて話かける。
「そっちへ行っても、いーい?」
「こっちへ・・・ですか・・・」
問題はいいか悪いかではなく可能か否かだった。
と言うのも、彼女が腰掛けている給水タンクはボイラー室だかなんだかの上にあって、そのボイラー室だかなんだかに取り付けられたハシゴは、どう見ても雛苺の身長では届きそうに無かった。
案の定、雛苺はしばらく垂直飛びに連続トライすることになった。
「うんしょ・・・うんしょ!・・・届かないの・・・」
見かねた薔薇水晶が、自分から降りていって雛苺を引き上げてやる。
「えへへー・・・ありがとなの」
「・・・・・・」
それから2人は、並んで給水タンクの上に腰掛けた。
「薔薇水晶は、ここで何してたの?」
雛苺の問いに、薔薇水晶はしばし考える。彼女は時間をかけて言葉を選ぶ。
「祝福について・・・考えていました・・・」
「しゅくふく?」
「はい・・・祝福について」
「どんなこと?」
その問いにも、しばらくの沈黙をはさんだのち、答える。
「アインシュタインは・・・1日100回は、自分の精神的、物質的生活は
他者の労働によって成り立っているのだということを自分に言い聞かせていたそうです・・・」
「ふぇー、アインシュタインはすごいのね」
「はい・・・すごいと思います・・・
でも・・・そんなこと・・・誰にもわからないことです・・・
心の中で、誰に感謝しても・・・誰を祝福しても・・・
黙っていれば・・・誰にもわかりません・・・
だから、彼はそんなことをしなくても別にかまわなかった・・・」
「うーん、でもでも、きっとアインシュタインには大事だったのね」
「・・・はい・・・私もそう思います・・・」
それから2人はまたしばらく、黙って空を見ていた。
この2人が会話をする時(他に誰もいない時)は、しばしばこういった沈黙が続く。
だが2人の間では『間が持たない』とか『話が続かない』といった概念からして存在しない。
言葉は必要なときには発せられたし、沈黙は何をせき立てることも無かった。
そうしてけっこうな時間沈黙が続き、ふいに雛苺が口を開いた。
「んーとね、ヒナは思うんだけど、きっとそーゆーのは伝わるのね」
「・・・伝わる?」
薔薇水晶はさっきの話の続きだと思った。
「うん!えーと、ことばにしなくても伝わることがあると思うの」
「ことばにしなくても・・・」
「だから、きっとアインシュタインにはだいじだったの」
薔薇水晶はしばらく雛苺の言ったことの意味を考えていた。
言葉にしなくても伝わること。
だとしたら・・・。
「雛苺・・・」
「うぃ?」
遠くを見つめて、薔薇水晶はつぶやく。
「もしそうだとしたら・・・見知らぬ誰かへの、理由のない祝福も・・・感謝も・・・
確かに意味があると・・・そう思いますか・・・」
雛苺は、薔薇水晶の横顔を見つめながら答える。
いつもの笑顔で。とびっきりの笑顔で。
「うん!きっと誰かが、うれしいの!!」
誰かが・・・か。
その言葉に、薔薇水晶はとても暖かいものを感じることができた。
そして、彼女は考える。
隣に座る小さな友人を見て。
『これ』は、伝わるか?
言わなくても、伝わることだろうか?
これは・・・
「うゅ?薔薇水晶?」
雛苺は薔薇水晶がこちらに身を寄せてくるのに気づいた。
薔薇水晶は雛苺の前髪をそっとかきあげると、
ちゅ
「ふぇ?」
額にキスをした。
「ふぇぇぇ?」
突然のことに困惑した様子の雛苺。顔が赤くなっている。
「な、なんだか恥ずかしいの・・・どうしたの・・・?」
ばたばたと手を振り回しながらの雛苺の問いに、薔薇水晶は答える。
今度は間に沈黙もなく。微笑みとともに。
「まずは・・・隣にいる貴女に・・・祝福と感謝を・・・」
「ふぇ???」
「それから・・・ここではないどこかの・・・誰かに・・・」
最終更新:2006年08月07日 16:53