――本当に、困ったお姉様
乳白色の泡沫、眠りの世界は廻り、暗転。
人工精霊だってそんなに簡単に用意できる物じゃ無い……ローゼンメイデンの人数を容易く変更して困るのは私ですのに……
目の前にはロングの髪を纏い、左目には薔薇模様の眼帯。
しきりに辺りを見回すその姿は、何かを警戒しているのと、何が起きたのかを確かめようとしているのが入り混ざったような姿。
くるくると辺りを見回しながら新しいメンバーは染まっていく、恐らく初めて見るだろう色に、深く、深く。
「暗いの……やだ……銀ちゃん、銀ちゃん……」
お姉様には何か考えがあったのだろうか……?
見たところ彼女は特に強い訳でもなく、目に涙を浮かべながらお姉様の名前を呼んでいる。
正直……頼りが無い、何か特別な何かでも無ければ……何より私だって忙しいのだ、人工精霊の分まで働く価値が無ければ動く気は無い、だから――
「初めまして、ですわね」
「――!!」
彼女から価値を、意味を……知るのだ。
「……誰」
「相手が誰かを知りたいときはまず、自分が誰かを先に説明するべきですわよ」
怯えた目の先にある確かな警戒。
彼女は体を少しすぼめながらじっと私の目を見、逸らす。
……こう見えてなかなか勘のいい方なのかもしれない、現に一目で彼女は気づいたのだ。
“どちらが見ているか”という事に
「あっち……いって……」
気付いた彼女は私からさらに恐る恐る視線を逸らす、細い肩のラインはまるで見習い職人が作ったガラス細工のようだった。
それは今にも壊れそうに小さく震え、崩れそうに未完成で……不安定。
「怯えなくてもいいのですわよ……薔薇水晶」
名前をピタリと言い当てられ、壊れそうな肩をビクリと震わせる薔薇水晶。
目には小さく恐怖と涙が映り、それが彼女をより小さくさせた。
「そんな……どうして……」
「あら、ちょっとは気付いているのではなくて?」
彼女が俯き、私は微笑む。
無言のやりとりが無数に繰り返されているかのような静かな空間。
先に切り裂くは――
「私の……おもいで?」
――彼女
私はニヤリと口を緩ませながらどろどろの右手を暗黒の虚空に掲げ、乾いた音を高らかに響かせた。
「扉……」
音もなく、動きもなく、ただ暗黒を裂き現れたのは沢山の扉。
「これが……私の」
面白い子……頼りない見た目とは裏腹に、なかなか――鋭い
「そう、これがアナタの記憶の扉。アナタが作り、私が管理するメロディーの根幹」
「私から言いたいのは一つ、アナタがローゼンメイデンに入った事で、記憶の扉は私が管理することになりましたの、だから作るからには最高の――
「おもいでが……必要」
――!
「……ちがう?」
まだ僅かな会話しか交わしていないはずなのに……彼女は単に勘がいいのか……それとも
「……ええ、その通りですわ」
全くおかしな事だ、これではどちらが見ているかわからないではないか。
確かに感じる違和感、私はその原因とも言える彼女を見る、そして…
「ねえ……どうしてアナタは……どろどろなの? アナタの……名前は何?」
私の視線の先には彼女の……どこか哀れむような視線。どこか潤み、泣き出しそうな雰囲気に私は思わず眉間を歪ます。
「ふぅ……まったく変わった子ですこと……」
私は静かに目を瞑り、呆れか疲れか、何ともとれない何かを小さく吐き出した。
本当に……掴めない子
「……いいですわ、話しましょう……どろどろの理由を」
「まずは……私の名前からですわね」
私は指先を自分の髪の毛に通しながら、まるで椅子に座るかのように暗黒に腰を降ろした。
「私は雪華綺晶……といってもこれは大した問題ではありませんわ、これは単に私を指し示すためだけにあるのですから……」
「では私の“問題”とは何か、それは至極単純で至極複雑なこと……」
――私は、誰なのか
凍る世界に凍てつく表情、今の肌が感じてるモノは言葉で言い表せるはずもないのは互いに深く理解していた。
言い表せない世界での言葉に出来ない感覚。
――アナタが、誰なのか?
「えと……あなたは雪華綺晶で……おもいでを、守る……人で、えと……その……」
必死に冷たさに耐えながら薔薇水晶は胸の前で手をあわせ、俯く中でちらちらと私を見ながら言葉を絞り出していく。
「そういう事ではありませんわ」
「……えっ」
肩をビクリと震わせ凍る彼女、必死に私のために答えを出そうとしてくれるのは痛い程わかる……それこそ、砕けてしまうくらい。
「私が今している事、つまり記憶の管理は……そうですわね、アナタでいう呼吸と同じなのです」
「生きるために呼吸をする……ローザミスティカを作るために管理をする……そう、私には“自分”が無いのです……“自分”がわからないのです……」
私は静かにこちらを見つめる彼女に、どろどろの右腕を突き出す。
「だから……私はどろどろなのです、私がやりたいことも上手く見つからず……自分が何かさえわからないから」
「なぜ私はこの姿で生まれたのか、私のしている事はわかる……でも、なら私のやりたい事は何なのか……考えても、考えても廻るだけ、暗闇をさまよってさまよって……?」
「……えぐっ……ぐずっ…うぅ……」
ポタリ、と響く結晶と止まらない嗚咽。
私の目の前、彼女は力いっぱいに自分の手を握りしめ、立ち尽くすかのように泣いていた。
「わ……ぐずっ……わた、し……と…おん…な…じ……」
薔薇水晶は必死に、嗚咽の中から覗くかのように話を続けていく。
「わた、し……も……目が……生まれ、つぎ……ぐずっ」
「で……も……えぐっ……ピア、ノど……銀ちゃ…が……」
「う……うわぁぁあああん!」
「薔薇水晶……」
……なぜ、水銀燈が彼女にしたのかが分かった気がする。
彼女はひたむきに真っ直ぐ、果てしなく白く、気持ちはいつも優しく……
「えぐっ……うぅ……だか、ら……雪華綺、晶が……な、いなら……私が……あげ……る」
「銀……ちゃ、から……ズッ……私……いろん、な……大、切な……もらっで……えぐっ……だか、ら……今度、は……私、が……誰か……に」
ぐしゃぐしゃの顔を必死で拭い、薔薇水晶は崩れた瞳で私を見つめる。 強い、そんな瞳だ。
「でも薔薇水晶……その気持ちはありがたいのですが……やりたい事は私が見つけなければいけないのですよ?」
そう、確かに彼女の気持ちは嬉しい。でもそこから手に入れる何かは必ずしも、私の欲しい物と一致してるとは限らないのだ。
「グスッ……私、が……あげれ……る、のは……“形”だけ、だから……」
「気持ちは……雪華綺、晶が……さがして」
「……形?」
彼女は少し落ち着いたものの、まだ嗚咽を少し残し、それでも変わらぬ瞳で私を見つめ、静かに近付いてくる。
「うん……今日ね、ちょっとだけお昼寝した時に……ウサギさんの夢をみたの……」
「それでね……形が必要なコがいるって、形の渡し方も教えてもらったの……だから……」
――ラプラスの魔
本当にあのウサギは何を考えているのか……いきなり新しいメンバーに勝手に事情を話して、しかも形だなん――!!
憂鬱な思考が完全に止まる。
何が起きたかを知るにはそう時間はいらなかった。目の前の彼女は今一番近く、涙の跡が見える距離で――私と唇を重ねている。
「……ふぅ」
彼女の唇は優しく私から離れ、そして彼女は笑った。
「エヘヘ……いつか、一緒に演奏しよう……ね?」
「ふふ……私達は世界を違えてますのよ?」
私もまた、はっきりとした手で自分の唇をなぞり、笑った。
「……さて……そろそろ夢から覚める時間ですわ」
「――!」
ガクリ、と薔薇水晶は左足を呑まれバランスを崩す。一瞬ビクリとしたようだが、特に騒ぎ立てる訳でもなく……ただ、静かに
「想いは……越えるよ……なんだって」
「………」
静かな時が再び訪れる、その静寂の向こう側、薔薇水晶が朝を迎えた変わりに現れたのは……鏡のような無意識の海の水面。
「私の……形……」
立ち尽くす私の向こう側、そこに映っていたのは紛れもなく私、ただ……限りなく似ているのだ、白く優しく真っ直ぐな……彼女に。
確かな形はここにある、残った問題は……私の、やりたい事。
そう……ですわね……いつか、あの子達と一緒に――
揺れる水面、移される心。
揺れる心、移される私。
「ここに映っているのは……どっちなんでしょうか」
「ふふ……私、としておきますわね」
静かに浮かべた笑顔、そしてそれは確かに見た彼女の笑顔でもあった。
fin
最終更新:2007年05月29日 01:01