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  もういない、誰かと私-ウィザードの唄-

 「…なぜ彼の名を?」
突如死んだ魚のような目から生き生きとした目へと変わったのが分る、そして立ち上がると私の胸倉をつかみ出し上下に揺さぶる。
彼女の身長はとても低かった、大体私の首あたりに頭の頂点がくるぐらいだろう。
「あの人は…あの人は何処に居るんですか!」

私は少しあせった、ただ情報を持ってきただけだというのにこれ掛けの反応を見せるとはとても予想だにしなかったからである。
「あの人は…あのひと…。」

彼女はそこまで言うと突然胸倉を掴んでいた腕の力を急に弱めた、いや…弱めたのではなく弱まった。彼女は突然私の体に崩れこみ、そして苦しそうな息遣いをしていた。
「え、ちょ…ミルさん?」
突然の出来事に私は混乱していた、そして彼女を抱き起こすと顔がやけに赤い事が分った。もしやと思い彼女の額に手を当てる。
「…酷い熱じゃないか。」

この寒空の下、体を覆っていたのは一枚の白いローブとその下に僅かな服を着ただけの防寒具、防寒具といえるほどのものでもなかった。
私は彼女を抱きかかえて周りを見渡した、近くに病院は無い。有るとすれば自分の家だけがすぐ側に見えるだけ。
「…仕方ない。」
私は彼女を抱きかかえたまま自分の家へと走った、それほどの距離は無く…だが近くも無い家まで全力で走った。このときばかりは少し体を鍛えておけばと後悔したのは言うまでも無いだろう。


 彼女を自分のベッドに寝かせ、薬を取り出して飲ませた。意識は朦朧としながらそれでも確かに糸はつながっている状態だった。そして二時間後、連絡を出しておいた医者が到着した。
「…酷い熱だが心配は無いじゃろう、だがあと少し遅かったらどうなってたかは知らんぞ?」
「はい、有難うございました。」
「いえいえ、では私はこれにて。」

少量の粉薬と飲み薬を出して医者はその場を去った、そして私はヤカンに水を入れてお湯を沸かす。暖房器具に火をつけて部屋全体の温度を上昇させた。
ヤカンからは蒸気が立ち込め、喉が乾燥し無いようにと定期的にヤカンに水を入れては再び蒸気を起こさせた。
外は相変わらず、雪が深々と降り続いている。現在の時刻は夕刻の18:00、一向に降り止む事の無い雪は古都に白化粧をするであろう。
「ったく、顔に似合わず無茶する人だなぁ…。」

先ほどよりは落ち着いたミルリスの顔を覗く、スースーと寝息を立てて静かに眠るその顔はまるで妖精のようだった。
カーテンを閉めて食事を作ろうとキッチンへと向かおうとした時、私の目に映ったのは一本の槍、これは彼女の槍だ。その槍は何時ぞや見たランサーの持っていた槍とよく似ていた。
「…私も女々しい人ですね。」

立ち止まり、その槍を手に取る。以前持った事のある槍と同じ重量のその槍は…よく使い込まれていて、そして手入れされていた。
「…師匠、あなたは今何処で何をなされているのですか?」
再びカーテンを開けて外の景色を覗く、その時ヤカンがピーと音を立てた。

2

今から二年前、私の生まれ故郷”魔法都市スマグ”では、一人のランサーが居た。彼女の名前はオリエンタル・アラトール。
魔法学校在籍中の私に、色々と世界の事や様々な知識を教えてくれた人。私はその人の事を師匠と呼んでいた。
彼女はとても強かった、それゆえにその首を狙う盗賊や山賊、同業者からの標的の的にもなっていたことはとても有名であった。だが私は彼女と一緒に居た。
彼女は優しく、そしてとても心温かな女性だった。赤い鎧を身にまとい、首には白いマフラーを巻いていて何時も同じ槍を持ち合わせていた。
「師匠、一つ質問があるんですが…。」
「ん、どうしたの?」
ある日の昼下がりの事、私は何時も不思議に覆っていた事を口にする。それは師匠が何時も身に付けている槍のことだった。その槍は投槍によく用いられ、戦闘用の槍とはお世辞でも言えるような代物ではなかった。
「その槍、なぜ何時もそのような殺傷能力の低い槍を持っているのですか?」
「あぁ、これはね…私が始めて冒険に出たときに使ってた槍なの。ほら、捨てるのがもったいないというか…つい愛着を持っちゃってね。」
「それでも、師匠はその槍で何時も旅をしているのですよね?魔物とかが出たときその槍では分が悪くないですか?」
「うーん…。」
師匠は少し悩み、そして少し空を見上げた。空はとても蒼く、そして何処までも深く、見上げていると吸い込まれそうなぐらい蒼い空が一面に広がっていた。
「私はね、魔法槍なの。」
「魔法槍?」
「そう、基本は君たちウィザードと同じ原理で魔法を使用するの。でも普通の人ではちょっと精神がもたないところもあって中々見ないんだよね、だから君みたいに質問される事は良くあったよ。」
初めて知った、私の中でのランサーは素早く相手に接近し、そして深く腰を落として狙いを定めた後に急所へとその矛先を沈めるものばかりかと思っていた。
だが、師匠は違った。元々持ち合わせていた魔法の力を活用し、炎の竜巻を起こしあたり一面を焼き払う。それが師匠の得意技だった。
「君も覚えておくといいよ、もしも私みたいにこの槍を使用しているランサーが居たら。君の魔法をその人の槍にかけてあげなさい。」
師匠は笑顔を作って私の頭に手を載せて髪の毛をくしゃくしゃにした、そして意地悪そうに私のローブのフードを頭から思いっきりかぶせると笑いながら遠くへと逃げていく、それは何時もの光景だった。
そして彼女は再び、冒険へと旅立っていった。



 「…私の力、彼女の力になれないものだろうか…。」
再びカーテンを閉めてミルリスの顔を覗く、大分楽になったのかそれほどつらい表情はしてなかった。だが熱はいまだ高い温度のままで額に乗せていたタオルはすっかり温かくなっていた。
私はそのタオルを一度水につけ、力いっぱい絞った後に再び彼女の額に乗せた。
「…あなたから授かったこの知識、役に立ちそうですよ…師匠。」
一人ごとをボソっとつぶやいて、私はその部屋から立ち去った。槍は彼女のすぐ側へと置いた。

  もういない、誰かと私-ウィザードの唄-
  END


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最終更新:2009年06月03日 20:50