あるランサーの独白
わたしの父は赤い悪魔に殺された
父は粗野な男だった、傭兵としては飛びぬけた才能を彼は持っていたが
家の中では荒っぽく、槍の稽古をサボると怒鳴り散らす、私にとっては恐い大人でしかなかった。少なくとも、彼が死ぬまでは
家にたどり着いた時はもう虫の息だったらしい、赤い悪魔討伐から帰った父の皮膚は爛れ
肉は腐り、腱は切れていた、どうやってここまで生きて
帰って来ることが出来たのかと、医者も唸るほどの酷い怪我だった
私は、変わり果てた父の姿と、いつも気丈な母の、弱々しい表情にただ困惑していた
その日の夜、町は魔物の大群に襲われる (魔物は父の後をつけていたらしいが、それに対して非難する声は、どこからも上がらなかった)
「父の所為で町が襲われている」
私は責任感から父の槍を取り、初めての戦に赴く事になる。
悪夢の様な闘いだった、仲間達は次々に倒れ。
霧霞のような魔物の群れは容赦無くアリアンを切り刻んだ。私は魔物と戦いながら
次第に胃の中に鉛を放り込まれたような不安を自覚し始めていた、私の家は
父の部下が護衛に回っている、しかしこの激しい攻撃の最中、どうなるかわかったものではない。
(私は大きな間違いを犯したのではないか?病床の父に付いているべきだったのでは?)
守るべきものを残して戦う焦燥と不安、私はそれをなぎ払うかのように槍を振り回し
がむしゃらに戦った、父も・・戦場ではこんな気持ちであったのかもしれない
突進し槍を振り回す無骨な戦い方が、父にそっくりだとその日死んだ傭兵仲間は言った。
2
幸運にも生き残った私が、鉛の様な身体を引きずり、家に帰ると、父が息を引き取る処だった。
もう眼は見えていないのだろう
虚ろな顔を上げ、手を私の顔の輪郭に沿って滑らせる、生傷を
父のささくれ立った大きな手がなぞる・・・
「お前を誇りに思う」そういって笑うと、父は眠るように天に召された
母は、紅い眼から燃えるように熱い涙を流し
涙は私の手に落ちて、手を伝い握ったままだった槍濡らす。私も泣いた、持ち主を失った、槍の嘆きそのままに。父を抱くと、酷く重かった、その時いつか、父の言っていた言葉を思い出した
「仲間の死体ってのは重いなぁ、あれを担いで町に帰ることほど嫌なことは無いよ
あの重さは、きっとそいつが今まで背負ってくれてた、自分の重さなんだろうな・・・」
何故、今まで気づかなかったのだろう?父は私の殆どを背負ってくれていた
父の存在は私にとって余りにも大きく、その死はあまりにも重かった。
「・・さん・・とうさん・・とうさん・・」
槍を教えてくれた父、子供のときは、どんなに傷ついて帰ってきても遊んでくれた
旅から帰ると、冗談交じりの土産話をしてくれた、誇りに思うと言ってくれた・・
だのに、私は彼に何もしてあげられなかった、こうして死んでしまった後も
すすり泣くことしかできない。
涙が蒸発しきってしまうと、私は頭の中で、一つの声を聞いた、あれはきっと
私の中の、冷静な部分が発した声だったのだろう
「許 せ な い 父 を 殺 し た 赤 い 悪 魔」
3
私の身体と心に火が、燃盛る復讐の炎が灯ったのはこの時から・・
私の身と父の槍に染み込んだ母の涙に、金剛石さえ融解しそうな
灼熱の怒りが火を点けたのだ。
それから、私は一人アリアンを発ち、父の仇を求め魔物を殺し始める、
体の中で暴れ狂う焔に引き摺られるように、無骨に、
ただ突進して槍を振り回す父のやり方で
父の槍で幾万の魔物を殺し、その死を母の真紅の眼で見届けた
「誇りに思う」と父は言った、私は娘として、父に何と言ってやればよかったのだろう?
しかし、それを考えるのは全てを終わらせてからだ、憎い仇、赤い悪魔
父の身を焼いたやつの炎が、どれほど熱くとも
この復讐の炎程ではないだろう・・
最終更新:2009年06月03日 20:53