【刻印】
異教徒討伐の任を果たした私に、ザグジュード神父がねぎらいの言葉をかける。
「あなたの功績は、かならずや大司教さまの聞くところとなりましょう。
おそらく後日、なにがしかの称号が与えられるかと思います。お待ちなさい。」
「栄誉なことでございます。」
そんな私を見つめる穏やかな神父の眼に、ほんの少し曇りが浮かんだ。
「ところで…兄弟、もしや…。」
「何かおかしなことでも?」
「いえ…なんでもありません。神のご加護がありますように…。」
今はたたんである翼の、血のにじんだ部分が熱を持って疼いた。
だがそのようなことなどおくびにも出さず、深々と礼をすると、私は教会に背を向け立ち去った。
あの輝ける天上から野にくだって、いったいどれほどの歳月が流れたのだろうか。
右も左も分からぬ野での暮らしを始めた頃、わずかばかりの飴を分け合い共に過ごした者たちは、
今はもう、より深いダンジョンへの探索を進めているというのに…。
私とて、レッドストーン探索の任を果たすため粉骨砕身しているのではあるが、
まだ手がかりすらも見つけることができないでいる。
いや、繰り言はよそう。ただひたすらにレッドストーンに向かい進む道が私の道だ。
それに、月日はただ無常に流れ去っていったわけではない。
日々の鍛錬により、かつて当たり前のように共にあった神の威光を具現せし力が、私の体に再び宿りつつある。
祈りをさざけ、我が身に満ちる信仰心に大いに満足する。
古都の街角に出れば、そこここで仲間を募り、冒険へ出かける者たちがいる。
さて、今日はどの方面への探索に出かけるべきか…。
露天の品を眺めつつ、耳に入る叫びは聞き流さないようにしていると、とある言葉が耳を突いた。
-アルパス-
そう頻繁ではないが、普段は各地に散らばる仲間と何度か情報交換をするために会うことがある。
たしか、その時に聞いた名であったような気がする。
「アルパス監獄パーティ、ビショップ様のみ募集!あと1人で出発だよ~!」
間違いない。
オートでもアルバスでもない、アルパス地下監獄。
アルカンとも言われるそうだが、なぜか仲間たちは次々とその深部への探索に挫折しているというのだ。
そのことについて理由を問うても、皆一様に口が重く、多くを語ろうとはしない。
もともと普段から口数の多い方ではない我らではあるが、その様子は異様であった。
深く問い詰めることもはばかられるほどに…。
その仲間たちは今、レッドアイという組織に狙いをつけ、包囲網を狭めている。
未だ古都の周りでしらみつぶしに地味に活動していたその時の私には、先に行かれているという焦りがあった。
神に仕える身とはいえ、嫉妬も功名心も皆無というわけではない。
アルパスという名に不穏なものを感じつつも、仲間にできないことをやってみせるという気概が奮い立ち、
そのパーティに援護役として参加を決めたのだった。
「よろしければ同行させていただきたい。」
「あ、ビショ様きた!」
「ヨロ~^^」
「よろしく。」
「よろしくっwww」
あいさつを済ませてから陽気なパーティメンバーを見てみれば、年も装備も背格好もてんでバラバラの集団だった。
このようなパーティは珍しい。若年の未熟な冒険者は、熟練者の足を引っ張らぬよう、遠慮する傾向があるからだ。
いつもと違う雰囲気に、なんとなく新鮮な気持ちになる。
そんなことをつらつら思っていると、リーダーを務める剣士がおもむろに魔法の絨毯に乗り言った。
「いこ。」
するとぐんぐんと1人で行ってしまう。
アルパスの場所を正確には知らなかった私は、古都の雑踏の中にリーダーを見失った。ふ
と気が付くと他のメンバーの姿も見えない。
焦って振り向くと、同じパーティの、私よりも少し年かさのアーチャーが南東を指しているのが見えた。
彼女はふうと呆れたように息を吐いてから、にっこりと私に笑いかけると言った。
「こっちよ。ついてきて。」
私は無言でうなずくと、彼女の背中を見失わぬよう後を追った。
2
彼女の案内は正確で、おそらく最短距離を通り無事にアルパスに到着した。
先に向かったリーダーとの距離も多少は詰まっただろうか。
アルパス地下監獄。中の空気は澱んでおり、少々カビ臭かった。
レッドストーンの手がかりがないかも気になるが、仲間のあの様子のことも気になる。
ここにはいったいどんな謎があるというのか。
火を撃つ神獣やアンデッドの攻撃をすり抜け、檻の向うに消えたリーダー達パーティメンバーを追う。
地下二階の柵の向うでやっと彼は足を止めた。…いや、止めたのではない、必然的に止まったのだ。
彼は瀕死の状態で床に横たわっていた。うわ言めいたことを呟いている。
「うぇっ、死んだwwwwww」
その真っ青な顔には薄笑いが浮かんでいるが、笑い事ではない。
状況にそぐわない表情…いかん、すでに走馬灯が回っているようだ。
リーダーと共に先行していたパーティメンバーも、苦戦を強いられているようだが、後回しにするしかない。
一緒に来たアーチャーの援護を受けて、私は彼に神の息吹を吹き込む。
[リザレクション!]
「ありww」
さっきまでのニヤニヤ笑いはそのままに、その一言だけ言うと、
復活したリーダーは間髪入れず湧きでてくるモンスターに次々と切りかかっていく。
その態度からして、どうやらここを狩場として定めたようだ。リーダーは何も言わないが…。
私と同じく口下手なのだろうか?
しかし、青銀に光る鎧をまとった彼が、こうも簡単にやられるダンジョンだ。気は抜けない。
現にメンバーの戦いぶりに余裕などは感じられない。私もここに腰をすえ、全力でサポートに務めることにした。
「すげ、うま~。」
「だね^^」
「うひゃww」
しばらく激しい戦闘が続いたが、出現するモンスターのクセがつかめてきたのか、メンバーには余裕が出てきていた。
動きや短く交わされる会話を聞くにつけ、彼らはモンスターの隠し持つアイテムが狙いのハンターらしい。
スカートように長いコートを羽織った細身のウィザードも、死体の懐に伸ばす手は、なかなか真似できないスピードだ。
そのような技術の熟練ぶりも喜ばしいのだろう、メンバーの雰囲気は明るい。
「この剣、超レアモノ。いいだろ~」
「おまえよわ、おれのパパならこんなの一撃w」
「ビショ、回復おそい」
言いたい放題だ。
だが、私は余裕とは無縁だった。
私が発する言葉といえば、手ごわいモンスターに対して前線を維持するため、神の威光を技となすスキルの名のみ。
側にいるアーチャーが、物言いたげにそんな私を見ていたが、もともと無口なたちなのだ、心配はいらない。
人にはほとんど知られていないが、一切の言葉を禁ずる行がある。
言葉に満ちた地より距離をおき、天に近づくメソッドを行なっているだけである。
それに、自慢するような親兄弟もいなければ、武器もない。
3
…それにしても、何度瀕死の剣士をウィザードを蘇生したことか。
定められた作法に則り、地につける膝が痛む。
口と体そして目も、倒れゆくメンバーの傷の位置を探すため、休む暇はない。
当然、私の真の目的であるダンジョン探索の余裕などない。
ひたすら神に祈るだけだ。
だが、石床に流れたメンバーの血が不甲斐ない私の自信を奪っていく。
段々と、神の威光を借り受けるために祈っているのか、己が感じる苦痛ゆえに祈っているのか分からなくなってくる。
ふと顔を上げると、弓使いの彼女と目が合った。
額に汗して構えた弓に、つがえられている矢はない。
だが、私に微笑んだ瞬間、どこからともなく光の矢が出現し、放たれた一条の光はモンスターを貫いた。
先ほどから感じてはいたが、モンスターと距離を取り矢を放つ間が良い。
そして移動しながら、馬手と口とで傷を受けたところに止血の布を縛って応急処置を施す手際も良すぎるくらいだ。
彼女は強い。
その思いが私の目から伝わったのだろうか、茶目っ気たっぷりにウィンクで応えてくれた。
貴方のおかげよ。
共に戦う一体感が私を包む。
それは神と歩む感覚にも似て、私の苦痛を軽減させた。
だが、そんな心地もすぐに消えた。
彼女に目を奪われていた時間は長くはなかったはずだが、見回してもパーティのメンバーがいない。
皆は慢心している、深入りしすぎだ!
悪い予感がした。
そして、その予感は現実となる…。
私のすぐ側の錆びた鉄格子がきしんで外れ、上半身をあらわにした巨体が2体同時に現れた。
ちょうど背を向けていた彼女は、反応が一瞬遅れてしまう。
表情をこわばらせて振り向いた時にはもう遅く、彼女の体は弾け跳ばされていた。
無理だ。
彼女の力を十二分に発揮させるために軽さを追求した木作りの鎧は、
あの痛撃を防ぎきるには脆すぎるということを私は知っていた。
そして私の背中にも鋭い痛みが走る。
背後からのっぺりとした顔のモンスターが矢を撃っているのが目の端に映った。
くそったれ。
4
くそったれ!
なんと言うことだ。こんな時に、盾となるべき前衛どもはここにはいない。
とにかく、退路を探さなくてはならない。彼女を連れて…。
彼女は無事か?
いた。すんでのところで攻撃をかわしている。
[フルヒール!]
そう回復を叫ぶと同時に、手にしたなけなしの棍棒で巨体の頭を殴りつけた。
私を、狙え!!
だが何の効果もない。奴は蚊に刺されたほどの痛みしか感じてはいないようだ。
刃の付いた武器を持つことを禁じられたこの身が、今はひたすら恨めしい。
そんな極限の状態に感覚が研ぎ澄まされていく。
そして鋭くなった聴覚に、遠くもない距離で剣戟の音が聞こえた。剣士が戻った!?
絶望の隣には常に希望が寄り添っている。
期待を込めて見やった通路の奥には果たして、研がれた剣のきらめき、連なる火玉のゆらめき。
間違いない。パーティメンバーだ。
だが、逆もまたしかり。希望と紙一重の裏側は絶望。
命からがら走る彼らの背後を、倍以上の数のモンスターが追っていた。
これ以上なく最悪だ。
回復の御技を叫んだが、距離がありすぎる。この事態は今の私の力の限界をこえしまっている!
逃げ惑う男たち。
その光景に、ゆっくりと倒れるアーチャーの姿が重なった…。
目の前が真っ赤に染まった。
そうしている間にも、背後から襲われて剣士やウィザードが次々と倒れていくのだが、まるで現実だとは思えない。
絶望と闇。
そして呪いの言葉。
…しん……くが、…い。
…だが暗闇の中、今は収めている背中の傷ついた片翼がツキリと痛み、私は我に返った。
聞こえてくる人のうめき声と私の感じる痛み。
そうだ、私は立っている。絶望にはまだ早い。
私が、希望だ!
しつこく矢を打ち込んでくるモンスターの脇を、迷わず全速力で駆け抜けた。
行く手には何体かモンスターが待ちうけていたが、盾に身を隠して走り続けた。
巨体のキックを受け止めた盾ごと吹っ飛ばされもしたが、その勢いすら推進力にかえてひたすら進すみ、
普段は使わずに済ます人の技による水薬を口にしてまで、私は走りぬいた。
角を続けざまに曲がって壁の裏側へと、私は奴らの前から姿をくらませた。
5
たどり着いたそこは、忘れられた小部屋。
外から陽光が薄っすらと漏れているのを恐れてか、モンスターの影はなかった。
絶望をもたらすモンスターが、背にした壁の向うにまだうろついている気配がする。
だが今、私は希望の側に立っている。その確信が、希望をさらに強くした。
その光を解き放つべく、大きく翼を広げ、本来の姿に身を戻す。
私は深く祈りを奉げる。
この地上にくだるにあたり、からは失った御技の一つではあったが、強い確信と共に解き放った。
できる。天の光は我が光、我が光は天の光だ。
[コーリング…]
薄もやと共に、パーティメンバーの姿が1人2人と現れた。
あのアーチャーも含め皆一様に地に伏してはいる。息があるかどうかも分からない無残な姿だ。
だが私は諦めない。
休まずに、今度は神の息吹を分け与える。
私は彼女を見た。だが、まずは盾となるべき剣士からと理性が判断した…。
[リザレクション…リザレクション、リザレクション…!]
そして最後に彼女を。
蘇生の後、彼女は大きな血の塊を吐き出したが、すぐに痛み止めの薬草を噛み砕くのを見てホッとした。
だが、安心するにはまだ早いのだ。
もはや無言の行などに心を飛ばしている余裕はなく、命令とも取れる強い口調で喉から声を絞り出す。
「副作用など気にせず薬を使え!ここはまだ安全とは言えん、退避すっ………そんな馬鹿な!!」
我が目を疑った。
私の技は完璧ではない。皆、未だやっと立てる程度にしか回復していないはずだ。
だのに、まずはリーダーがこの小部屋から飛び出ていく。そして後に続く剣士とウィザードの背中。
なんという、なんということだ。
確かに、私には人の命に祝福を与える神の力がある。
偉大なる神の愛は、常人ならば死に至る傷も癒すことができる。
だからだというのか?
偉大すぎる神の力ゆえに、それを盲信し、怖れなく死地に身を投げるというのか。
我が神の偉大さが、人が己の命を守ろうとする心すら見失わせたというのですかっ!
ならば神よ、あなたの愛は…残酷です。
壁のむこう、絶望の世界から、悲鳴とそして肉の潰れる嫌な音が響いてくる。
その音が、壁のこちら、希望の世界を浸食してゆくかのようだ。
私は立ち尽くした。
それを彼女が静かな瞳で見つめていた。
6
…音が止んだ。
そこにただ1つ、何かを引きずるような音が近づいてくる。
私は身を固くしたが、すぐに脱力した。
パーティで一番年若かった戦士が、自らも足を引きずりつつ、ボロ布のようになったリーダーを支えて戻ってきたのだ。
「みな、しん…。たす…、ケ…て…」
彼は私の足下までたどり着いたものの、限界に達して崩れ落ちた。
街を出た時に見せていた陽気さの欠片もない惨めな姿で、2人は仰向けに倒れている。もう虫の息だ。
元の木阿弥。また成さねばならない。
私は再び翼を呼び出し力を込めるが、もはや私は光から遠く、神の愛からもまた遠く…。
「コーリング!!」
さきほどは難なくできた技のはずなのに、その名を呼ぶ声だけが虚しく響いた。
ならばせめて…。
「リザ……」
そう言いかけて止めた。
喉が痛い。口の中はカラカラで、声も擦れる。
いや、そんなことは言い訳にすぎない。心に体が従っただけだ。
私は声が出ないのではない、出したくないのだ。
じっと動かず体力の回復を待っていた彼女が、その時ホウ…とため息を付いた。
それがきっかけになって、私の中に溜まっていた言葉がほとばしり出た。
横たわる2人に罵声を浴びせる。
「馬鹿者が!なぜそんな体で戦いに出た!?
死にたかったのか? ならば望み通りだ。このままでも死ねるぞ。私が何もしなければな!」
「たス…け……」
答えは無い。戦士は相変わらず同じ言葉を切れ切れに繰り返すだけだ。
薄く開かれていたリーダーの眼がギョロリと白目になった。
私はただそれを見下ろしていた。見殺しにした。そしてなおも言葉をぶつける。
「愚かだな! なんと愚かな、虫ケラ以下だっ。
恵みを受けることに慣れきって、物欲のみにまい進して宝を胸に抱いても、そんなものは死の前では無力だ。
神をかえりみなかった、私の言葉を聞かなかった報いが来たのだ!」
激しく地を踏み鳴らす。
この怒りをどこにぶつけていいのか分からない。
ぶつけてしまったら、もっととんでもない行為すらしでかしてしまえる気がする。今ならば。
「貴様らに、分ける愛を神はお持ちではない…!! 死こそが相応しいのだ!」
嘘だ。その判断は今、この場で私が下したものに過ぎない。
徐々に虚ろになっていく戦士の目は、まるでその嘘を見抜いて責めているかのようで、私をいっそう苦しめた。
私はこの地で、心まで堕落した。
「そのまま死んで一から来世でやり直せっ。ハン、地獄に落ちるからそれも無理か!」
そうやって突き放しても、…私は。
「…刃を持つ者は力なき者のため、癒す者は傷つく者のため、支え合って生きるのではないのか…?」
血を吐くようにして搾り出した言葉は、結局はそんな問いかけだった。
やはり答えは無い。答える力は、もうこの彼らにはないだろう。
そんな傷ついた者を目の前にして、私がしたことはといえば…。
「リザレクション…」
だが、やはり言葉だけだ。神をないがしろにした私に、もはや神の力は通わない。
「ダメだ、すまない…。もう私にその力は…ない…。」
7
「お前を…助けられない…。」
それを聞いて、今まで、何も言わずに自分の傷の手当てをしていたアーチャーが立ち上がった。
そして私の肩に手をかけて言った。
「こんな目にあったくせに、まだそんなこと言えるなんて、貴方、優しいのね。
素晴らしい心がけを持ってらっしゃる。…そういうの、あたしはキライじゃない。」
こんな私に彼女は微笑みかけていた。
「でもね。可哀想だけど、それは本当の優しさではないわ。
貴方は無口な人なのかもしれない。でも、
モノを知らない者たちに、知っている貴方がただ黙っている事は残酷ではないの?」
「君は、私もまた、神のように残酷だと言いたいのか。」
「そうとも言えるわね。神は語らないから…。
でも、一言口を開いて教えれば避けられる窮地に、ただ祈っていただけなのは貴方よ。」
「この惨状は私の所為だと?」
「そうは言わない。それを言うならあたしも同じ。
こいつらは勝手に突っ込んで行って勝手にやられた。それだけよ。
でも、いくらまごころや誠意という神に祝福されたモノでも、しかと形に出さなければ真実にはならない。
人が気づかずに時が過ぎ去れば、それは無かったことになってしまう。…でしょう?」
「かも…しれない。
そうか。言葉で伝える事が、真に"思い"を"やる"ことになる…のだな?」
「そうよ。気づいている人が行動しないといけないの。本当に優しくありなさい。貴方は。」
こんな目にあっているのは同じなのに、やはり彼女は微笑んでいた。
そんな彼女の言葉が、私の荒んだ心に温もりを蘇らせた。
[ヒール]
ためしに口にした言葉に反応して、驚くほどすんなりと回復の光が彼女を撫でた。
確かに。彼女の言葉が、私の心にまた神の火を灯したのだ。
あぁ、こんなにも言葉とは尊い。
真の優しさを持つ人とは、微笑む彼女、このような人のことをいうのだろう。
8
「でも…。」
「…なんだ?」
「でも、勘違いしないで。貴方はいま和んだような眼をしてるけど、あたしが優しいなんてとんだ大間違い。」
まさかそのように否定されるとは思わなかった。
現に彼女の優しさは、私に力を蘇らせたことで証明されたばかりだというのに。
「いったいどうして…?」
「こんなコトは別に、あたしが優しいから言えるセリフなんかじゃないのよ。
単に真理なだけ。
思いやりにも優しさにも、憎しみにも復讐にもすべてに当てはまる真理なだけ…。
だから、誰にでもこれくらいの能書きは垂れられるのよ。」
思いやりで優しくするのが私ならば、憎しみから復讐するのは誰だ。
「あなたは…」
「フン。ま~だ甘っちょろいこと言うなら、今あたしが考えていることを言ってあげましょうか?
"癒せぬ者は癒す者を使って、牙無き者は刃を持つ者の影に隠れる。"
優しさなんて関係ない。人と人とはそうやって互いを利用し合っているのよ。
…だから、利用される価値もない輩は…」
そう言って彼女は、倒れている戦士を思い切り蹴り転がした。
細かく痙攣していた体が、大きくビクリと跳ねると、動かなくなった。
「死ぬがいいのさ。」
目の前には厳しく、そして恐ろしく冷たい眼をした女が立っている。
足元には惨めな愚か者の死体が1つ、いや2つ転がっている。
「あーぁ、清々した!
貴方もなにがしかの理由を持っているからこそ、こんなトコロにいるんでしょう?
だったらそれを見失ってまで、こんなヤツラに使われるなんて愚かよ。
愚か者が愚か者を罵っちゃってさ、傍から見ていてこれほど滑稽なことはないわ。笑っちゃう。」
「私も、そう思う。」
私が言うと、彼女は本当に楽しそうに声を上げて笑った。
笑いながら弓をしまい、背負っていた短い槍に持ちかえる。
「もう薬も尽きるし、長居は無用。戻るわよ。」
私はうなづくと、死体のことはかえるみることなく後に続いた。
彼女は槍で間合いを取り、私は盾を掲げて文字通り盾となって、監獄の出口を目指す。
力を合わせた成果か、いや、彼女の言を借りれば、互いに互いを効率良く利用し合ったおかげか。
私たちはほどなくして、陽の光さす野に出ることができた。
暖かい光を浴びて、張り詰めていた糸が切れた私は座り込んでしまっていた。
9
ぼんやりと、脱出の道のりを思い出す。
何人もの命を見殺しにした直後にもかかわらず、
祈れば神の威光は我が身に通ったし、支援の御技もやはりなんら変わらず使うことができた。
神の心を裏切った私だというのに。
なぜと問うても、彼女の言うとおり。そう、神は語らない。
彼女は背を向けて立ったままだ。ちょうど逆光の位置で私からは表情は見えない。
「悪いモノのことは忘れてしまいなさい。」
この人はまったく…。サラリと言ってくれる。
優しくないなどうそぶいて、こうして言葉に出してくれたのは、いったい何度目だ。
それが彼女の優しさの、何よりの証明になる。
私は嬉しくなってきて、微笑んで言った。彼女と同じ笑い方であればいいと思いながら。
「気づいたことを憶えているかどうかは、私の自由だ。
優しくあれと私に言ったのはあなただろうに。ならばこの罪、忘れられるはずもない。」
「そう。なら…勝手にしな。」
それだけ言うと、彼女は振り返らずに去っていった。
周囲の梢からは、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
それに飽きたわけではないが、このまま座り込んでばかりもいられない。
よっこらしょと立ち上がり、あちこちで痛む癒しきれなかった傷を点検する。
そして私は、あの見殺しにした戦士の血らしき赤が、まとっている鎧に飛んでいるのを見つけた。
私はためらわずその血を指に取り、おもむろに翼を広げた。
そしてその赤をつかい、己の右翼、血がにじむ傷跡の上に塗り重ねるようにして、刻印を描いた。
パーティという一時的にせよ仲間である者を見殺しにした、とても残酷な彼女が持っていた優しさを、
忘れぬと誓う証として。
同じく仲間である者を見殺しにした残酷な私も、彼女のような優しさを持つことを誓う証として。
アルパス地下監獄。
一様に口をつぐんでいた我らが仲間のことが脳裏によぎる。
ああ、たしかに、あそこで何があったのかは語れない。
いや、自ら選んで語るまい。
神へのぬぐえぬ背信と、そして彼女の優しさを覚えた出来事は、胸に秘めておこう。
彼女の言葉に異を唱えることにはなるが、語らずとも揺らがず薄れず、
真実としてあり続けるものはあると、私は信じる。
私の心身に刻んだこれは、まごうことなき真実だと信じる。
だからそう、おかしいことなど、なにもありはしないのだ。
最終更新:2009年06月03日 20:53