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アリアンの憂鬱


1

呼吸の音と心臓の音が、いつの間にか重なり合っていた‥
闇の中にじっとまぎれながら、彼はその時を待っている
敵が気を緩める、その瞬間を‥‥‥

「まだだ‥‥あせる必要はないんだ‥‥」

誰に言い聞かせるでもなく、男はそっと呟いた
闇の中には、背後を任せられる心強い仲間が居る
逸る気持ちを抑えるように、男はそっと息を吐く

「未だにこんな調子じゃ、リンに笑われそうだな」

岩壁を背にし、男は苦笑交じりに、仲間への思いを馳せた‥‥



砂風酒場‥‥

「冒険で胸を躍らせる、ナンテ事がなくなったわ」

砂漠都市アリアンの酒場で、重そうな鎧をはずしながら彼女は呟いた
無骨な鎧の下には華奢な体が隠されている
‥どうみても、彼女自身よりも鎧の方が重いのではないだろうか
男はぼんやりとそんな事を考えていた

「聞いてるの?」

酒のグラスを傾けながら、軽く睨みつけるように彼女が言う

「ああ、聞いてるよ」

今考えていた事を彼女に悟られたら‥‥多分半殺しだな、と男は軽く笑いを含みながら答えた

一瞬のうちに、彼女の身長よりも長いであろう槍が、男の鼻先に突きつけられる
長い槍を軽々と片手で操りながら、彼女はピシャリと言い放つ

「油断しすぎ。」

暑さに辟易しながらの単調な仕事‥‥
最近の仕事が面白みにかける事は確かであり、彼女がイライラするのも仕方ない事かも知れない

男は、軽く笑いながらグラスを煽る

「リン、酒の時間位は油断させてくれよ」
「あんたは‥‥まったく、あんたが生き残ってるってのが不思議でしょうがないわ」

半ば呆れた様に槍を戻しながら女も笑う

いかにも人の良さそうな微笑みを浮かべるこの男も、
手の届く位置に置いた斧を見るとかなりの手腕の持ち主と分かる
常人では持ち上げる事すら不可能であろうその斧は、手入れが行き届き、光っている様にすら見える
男の名はアレン、女の名はリン

アリアンは物資輸送の中継点になっている、商人の町である
傭兵としての仕事にあぶれるといった事がまず無い為、彼らがここに拠点を移してから早くも半年が過ぎようとしていた
戦士として前線に立つアレンと脇を守る槍使いのリン
彼らは、商人達の間でも信頼置ける傭兵として認識されるまでになっていた
補給部隊の護衛やミイラの調査など‥仕事に困る事はないが、確かに単調な仕事が多い
飲みながらの愚痴も出て当然だな、アレンは目の前で毒づく彼女を眺めてながら酒を煽った

砂風酒場にはそこ此処に傭兵や商人達が酒を交わしている
ふと、テーブルの脇に重厚な鎧の男が立ち止まった

「レン? アレン?」

重厚な鎧、しかし手にしたホールからも戦士ではない事が伺える
神聖都市アウグスタの神官は、神の力を具現化し、回復や蘇生を使える高位の司祭も多い
また、神官戦士としての攻撃力を誇る者も少なくない

「マル?マルじゃない、わぁ元気だった?」


2

以前、アウグスタでの仕事で同行したマルは、「神の教えに暴力は要らないのです」と支援に徹し、
言葉通り、彼の信仰に劣る事無く神の力を具現化する事の出来る、数少ない高位司祭だった

「聞き覚えのある声がするなぁと思ったんですよ、久し振りです」

アレンは自分の横に席を作る、混み合った店内では席を見つけるのも難しいだろう
マルは兜だけ取り、腰を掛けると、ウェイトレスに「水を一杯」と頼む

「そうだな、しかし相変わらずだな」
「相変わらずとは如何に?」

人懐っこい笑みを浮かべながら、軽く祈りを唱え、水を口に運ぶ
その姿を見ながら、いい加減に酔っ払ってきているリンが絡む

「酒場に来て酒も飲まないなんて、あんた可笑しいわよ」
「神官たるもの、規律を重んじ、節制するのが勤めですからね」

すましたように軽く受け流し、そ知らぬ顔でマルは言い返す
変わらない戦友の姿に安堵感を覚えつつ、アレンもすかさず切り替えした

「節制で水を頼むのか?神官殿」

ここアリアンでは水は貴重な物なのだ
オアシスはあるが無尽蔵ではない、その為、水よりも酒が安い
アレンは笑いながらグラスを勧める
口に運んだ手を休め、水のグラスを困ったように眺めているマルの姿に思わず笑い声を上げてしまう
とかく、固いのだ、この神官殿は‥‥
こういう場では、口の少々悪いリンと生真面目なマルでよく、夜通し議論していたものだ

「まぁ、私とて水が高価なのは存じているのですが‥」
「おとなしくワインでも飲めば良いだろうに」
「アレン、ここのワインはお世辞にも美味くないのは知ってるでしょ。神官様にはお口に合わないのよ」

相変わらず喧嘩ごしにリンが言う
酒量はそうでも無いはずだが?アレンが首をかしげた

「ご機嫌斜めですね、リン。さてはこの都市に嫌気がさしているんですね」
「嫌に決まってるじゃない、こんなに暑いだけな、馬鹿高い露店商人の町なんて」

その露店商人が雇い主なんだけどな‥苦笑しながらアレンが呟くと
テーブルの下から脛に蹴りが飛んできた
その様子を微笑みながら見ていたマルが、おもむろに口を開いた

「では、いっそ港町まで行きませんか?」
「港街?」

うなづきながら、マルは事の仔細を話し始めた

アウグスタは有名なワインの産地でもある
ワイン神の思し召しとして安価で提供されているが、その味は申し分なく最高級の物で、人気が高い
ワインの保存には、港街に程近い場所にある、天然の滝を倉庫に使っているのだが
最近、滝の倉庫番からの連絡が途絶えてしまい、敬虔な信者でもある、ワイン製造主が困っていると言うのが話の概要だった

「実は二人がここに居ると噂で聞いていまして‥手伝っていただけないかなと思った次第なんですよ」

アレンはマルにも酒のグラスを勧め、自分の分も一気に煽る
トワイライト滝‥‥何があるかは分からないが行って見るのも悪くない
リンの顔がほころぶ、その様子を眺めながら、アレンはぼんやりと考えた
そろそろ良い頃合なのかも知れないな‥次の都市に、いや、新たな冒険に繰り出すのも‥‥

「詳しくは酒が抜けてからの話だな、今夜は飲もう」
「そうですね、せっかく出会えたので‥私も神に許しを請いましょう、今夜ばかりは」
「固い事言わないでよ、酒がまずくなるじゃないのよ」

アリアンでの最後の夜になりそうだな‥
酒を酌み交わしながら、アレンは薄く笑う
結局、どこかに根をおろすなんて事は、俺達には無理なんだろうな
楽しげに語らう仲間を見ながら、ふと見上げた空には、月の無い満天の星空が広がっていた




‥‥闇の中、男の心音はすでに落ち着きを取り戻している
途切れない緊張の中、それでも余裕が生まれている事に、男は苦笑を隠しきれない
「今ここに居なくとも、お前はいつでも俺の相棒だよ、リン」
仲間が聞いたら笑い転げられるだろうが‥‥

ふと、敵の気配に揺らぎが生まれた
「今だ」
男の呟きに、司祭の保護魔法が降りかかる
構えた斧を振り上げ、男は敵に切りかかる‥‥

仲間に恥じられる事のない自分である為に‥‥

肩口や腕には無数の傷
だが


男の背中には傷一つ付いていない


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最終更新:2009年06月04日 04:39