俺、
龍ヶ崎達也は朝、何度も深呼吸をしていた。
珍しく緊張している。それもそのはずだ。今日こそ言わないといけないからだ。
目の前には、岡倉がいる教室の戸。
最後に一度深呼吸をして、戸を開く。
教室は騒がしくて、俺が開けた事に誰一人として気付かない。
知人はいない。大村もいない。岡倉はいる。よしっ! 今こそ好機!
「岡倉」
「うん? あれ? 達也君? おはよー!」
登校したばかりの岡倉は、カバンから教科書を出して整理をしていた。
しかし、俺に声をかけられて顔を上げ、可愛い笑顔を浮かべた。
その笑顔にたじろいだ。
あまりに可愛すぎて、衝撃が大きすぎたからだ。
だが、今日は引いてはいけない。ここまで来たのだから、男らしく言うしかない。
「その…あの…」
「? どうしたの?」
「あっ! …いや」
おい! ここに来て焦るな!
大丈夫、断れるはずがないんだ。だって、ここ最近仲が良いじゃないか。
自分に言い聞かせて、一度深呼吸をしてから、岡倉を見つめる。
「その岡倉…」
「はい?」
今にも破裂しそうなほどに、心臓がバクバクと跳ねる。
おそらく、今の俺の顔は燃えそうなほどに赤くなっているのだろう。
「あの…昼休み…一緒に、食事しないか?」
ついに言ってしまった。
あとは岡倉の返答を待つのみ。だが、岡倉はあっさりと返事をしてきた。
「良いよ! それじゃあ、昼休みに屋上で集合ね!」
っと、俺の人生最大の誘いに、岡倉は簡単な笑顔を浮かべていた。
思わず拍子抜けはしたが、それでも誘えた事に安堵する俺だった。
昼休み。
俺は屋上で、下駄箱に手紙が入って呼び出しを食らった男子中学生のような気持ちで、胸をドキドキさせながら、岡倉を待ち望む。
岡倉を待たせたくないという理由で、授業が終わった瞬間、一番で屋上に到着したのだった。
「あっ達也君! やっほー!」
ニコニコ笑いながら、岡倉が屋上にやってくる。
俺は笑おうとしたが、幾分笑っていなかったため、しっかりと顔が作れなかった。
「達也君…。なんか、顔が引きつってるよ。もしかして本当は、私と食事するの嫌だった? 何かの罰ゲームだったのかな?」
そんな俺の顔を見て、苦笑いをする岡倉。
いかん、急いで訂正せねば!
ここはやはり「全然! むしろ凄く嬉しいよ! 笑うのが苦手だから、変な顔になっちゃっただけだよ」って言うべきだよな。
よしっ! 急いで訂正だ!
「別に嫌なわけじゃねぇ。ちょっと腹が痛かっただけだ」
そうじゃねぇぇぇぇぇ!!
「そ、そうなの?」
「…あぁ」
ちげんだよぉぉぉぉぉ!!
頭を抱えそうになったが、そこまでしたら、さすがに岡倉に引かれるので、そのままを突き通す。
「じゃあ、ご飯は食べれる?」
「平気だ」
岡倉は本当に優しい。まるで天使のようだ。
なのに、俺は何で素っ気無いんだ。
くそ…素直になろうと思ってるのに…。
段々と落ち込んできてしまう。
それでも、岡倉と並んでベンチに座っている状況だと気付き、気分が高揚し、同時に緊張してしまう。
食事中、黙々と箸を進める。
会話が無く、凄く気まずい。岡倉もつまらなそうに箸を進めている。
やばい、なんか言わなきゃ。岡倉が楽しめそうな事…。
「な、なぁ岡倉」
「ん? なに?」
俺が声をかけると、なにか言って欲しそうな顔を浮かべる。
ここは博識である所を彼女に見せよう。そうだな、野球関係にすれば、彼女も食いつくかな? よしっ!
「そういえば、今日は、オスマン帝国が火薬庫として使っていたパルテノン神殿が、ヴェネツィア共和国軍の砲弾によって爆発炎上したんだぞ」
うわあああぁぁぁぁぁぁ!!!
何言ってるんだ俺は!? 馬鹿か! 野球関係ないじゃねぇか! なんだよオスマン帝国って、なんだよ爆発炎上って! どう口滑らしたら、野球から戦争の話題になるんだよ!!
「へ、へぇ~」
明らか、岡倉引いてるよな? 絶対引いてるよな。
もう顔が引きつってるもん。引いてるに決まってる。
…なにやってるんだ俺は。
やばい、どんどん自己嫌悪が激しくなってきた。
「…ごめん岡倉」
「えっ?」
そんな自分が情けなくなって、申しわけない気持ちになって、思わず謝っていた。
「俺が食事なんかに誘ったから、こんな事になっちまって。お前だって、俺よりも佐倉といたほうが楽しいのにな」
残念だが、これは事実だ。
佐倉と傍にいたほうが、岡倉の笑顔は映える。俺なんかといても、あんな笑顔を作る自信はない。
やっぱり俺には、岡倉は高嶺の花だったんだな。
「そんな事ないよ!」
そんな俺に、岡倉が即答した。
思わず岡倉へと顔を向けた。
「確かに、今日はつまらなかったよ」
…率直な一言だな。
一気に胸にグサッと来たよ。
「でも、達也君だって頑張ってたもん。きっと、初めて誘ったから緊張してるだけだよね?」
「…いや、これが俺の素だ」
ここに来ても、俺は照れから、ついつい嘘を吐いてしまった。
確かに緊張していたのに、なんで無駄な意地を張っているんだよ、俺は。
「そんな事ない。だって達也君は、私がフラれたとき、優しかったもん」
「…あっ」
岡倉の言葉に、俺は思いだしていた。
県大会を優勝した日の事だった。
あの日、俺は合宿所二階から、岡倉が佐倉に告白している所を目撃した。
佐倉が断り、岡倉が落ち込んでいた。
そんな岡倉を見ていて、俺は無意識に岡倉の下へと向かっていた。
外で一人たたずむ岡倉に、俺は声をかけていた。
「岡倉じゃねぇか」
「…あっ…達也君」
いつもは見せない、元気の無い顔と声に、俺は一瞬目を疑った。
ここまで岡倉が、傷ついていたのは、出会ってから初めて見たからだ。
「どうしたの…?」
「いや、やけに落ち込んでんだな」
「えっ…? …もしかして、心配してくれてるの?」
「べ、別にそんなんじゃねぇよ! ただ、夜空を見に来ただけだ」
ここでも素直になれず、俺はぶっきらぼうに言うと、腕を組んで空を見上げる。
「ここで勝手に独り言でも、愚痴でも吐いてろ。ったく!」
照れながらも、俺は精一杯岡倉を気遣った。
岡倉は、俺の真意に気付いたかどうかは分からない。それでも岡倉は、その場で、佐倉に対する思いを語った。
正直、岡倉が好きな俺には辛かった。
だけど、話終えた岡倉の顔は笑顔で、声は元気だった。
岡倉が笑顔なら、あれぐらいの辛さ、どうって事が無かった。
「だから、これからも私を誘って!」
「えっ?」
「きっと達也君は経験不足なだけだよ! だから、何回も私を食事に誘って、慣れてこ!」
そう言って「ねっ?」と聞いてくる岡倉の笑顔が眩しく見えた。
だけど、顔を逸らす事はしなかった。その岡倉の顔をマジマジと見ていた。
「お、おぅ」
気の抜けた声で俺は返事を返す。
かくして俺は、毎日岡倉と昼休みに食事する事が決まった。
最終更新:2011年08月31日 22:55