模試も無事終了し、本日は約束していた映画を見に行く日だ。 ちなみに、模試はこなたさんたちのお蔭で、上々だった。 「みんな、おはよう」 「おはよー、相変わらず朝弱いのね」 「おはよ~、休みの日は起きるの大変だよね」 「おはようございます、待たせるのはあまり宜しくありませんよ」 遅刻の俺は、みんなからバラバラの反応を貰う。 ううっ、目覚ましがきっちり仕事をしてくれていれば、もっと早く着く予定だったんだ。 がしかし、目覚ましに仕事を命じていなかったので、遅刻になってしまったというワケである。つまり、自業自得だ。 「ごめん、埋め合わせはちゃんとするよ。ってあれ? ……こなたさんは?」 「それが、まだ来ていないんですよ」 「こなちゃんも遅刻かな?」 「う~ん、今のこなたは遅刻しないと思うんだけどね。……どうしたんだろ?」 かがみさんの言うとおり、こなたさんは朝に強い。だから、遅刻はしないはずだ。……なんとなく不安になる。 「……俺ちょっと探してくるよ!」 「ちょっ、まこと君!?」 「……行っちゃったね」 「余裕を持った集合時間にして、良かったですね」 「まったく、まこと君過保護すぎ」 「それにしても、結局こなたが戻る気配がないわね」 「どっちのこなちゃんも、大切な友達だから、戻っても戻らなくても寂しいよね」 「ですが、繰り返された桜藤祭の記憶が日々薄れていくように、いつか泉さんも、元の在るべき形に戻るのではないでしょうか?」 「今のこなたは、一応イレギュラーな存在だからね。まこと君はがんばらないと」 「ええ? お姉ちゃん、何でまこと君ががんばらないといけないの?」 「最近のあの二人を見てたら、なんとなくわかるでしょ」 「そういえば、お料理会辺りから、泉さんとまことさんはとても仲が良さそうですよね」 「そっか~、こなちゃんとまこと君は付き合ってるんだ」 「たぶん、その一歩手前くらいじゃないかと思うんだけど」 「つまり、泉さんが元に戻る前に、まことさんが告白できるようお手伝いをしようということですね?」 「そういうこと。まあ、なるべく二人きりにさせてあげるとか、そんな感じのことしかできないけどね」 「大丈夫だよ、あの二人ならきっと」 「つかさ、それ根拠はあるの?」 「ううん、ないよ。でも、なんとなくそう思うの」 「根拠はありませんが、私もそう思います」 「なんとなく結果は見えてるしね、それじゃ、今日さっそく仕掛けてみよっか」 こなたさんを探していたら、駅の方まで来てしまった。恐らく、戻ったらかがみさんに、からかわれるんだろうな……。 とりあえず、色々考えていても仕方ないので、こなたさんの姿を探す。 「……あれ? 伊藤君……?」 「あっ! こなたさん、おはよう」 「え? ……う、うん、おはよう。その……ごめんね、遅くなって」 「まだ上映には間に合うし大丈夫だよ。というか、どうしたの? こなたさんが遅刻なんて珍しいけど」 「えぇ!? えと……」 何やら顔を赤くするこなたさん。 「もしかして、好きな作品だから、緊張して眠れなかった?」 「う……ん、そんな感じ……」 「そっか、それじゃ仕方ないよね」 「ご、ごめんね、約束してたのに遅刻して……」 「実はさ、俺も遅刻なんだ」 「そ、そうなんだ……」 「だから、ちょっと急ごっか?」 「……うん」 俺はこなたさんの手を取り、走り出す。 「みんな、お待たせ!」 「おかえり~、こなちゃんを見つけられたんだね」 「おはようございます、泉さん」 「って、こなた大丈夫?」 振り返ると、こなたさんは顔を真っ赤にして息を切らしていた。 手を繋いでいることに気恥ずかしくなり、こなたさんの方を見れなかったのが原因だろう。 こなたさんに悪いことをしてしまった。 「ごめんね……、こなたさん。ちょっと余裕がなくて……」 「う、ううん、大丈夫だよ。その……、少し疲れただけだから……」 「あー、なるほど、そーいうことね」 「え!? ち、違うよ。別に……そういうことじゃ……」 「うんうん、わかりやすい反応ね」 「……!」 何やらかがみさんがニヤニヤしている。そして、その反応を見て更に赤くなり、慌てているこなたさん。 もじもじしているこなたさんが、小動物チックで凄くかわいい。 「ホラホラ、時間ないから早く行こうよ!」 「へ? あ、いや、ちょっ、かがみさん?」 かがみさんたちは、どんどん先に行ってしまう。 こなたさんは、まだ少し息を切らしているので、手を引いてあげるべきかもしれない。今度はしっかり、こなたさんのペースに合わせなければ。 「こなたさん、また走るけど大丈夫?」 「……うん、大丈夫」 そうして、映画館を目指しまた走り出す。 さっきからずっと手を繋いだままだけれど、やはりまだ気恥ずかしい。 考えてもみれば、かがみさんは俺の気持ちに気付いている節がある。もしかすると、かがみさんは俺に気を利かしてくれたのだろうか? 上映開始前、俺が飲み物を買っていると、かがみさんがやって来た。そして――。 「帰りをこなたと二人だけにしてあげるから、気合入れなさいよ!」 そんな爆弾発言を、笑顔で投下した。 「い、いや、そんなことを急に言われても……」 「こなたのことが好きなんでしょ?」 「うん、好きだよ。だけど、……さすがに急すぎない?」 「あのね、時間はもうないかもしれないのよ。急なんて言ってる場合じゃないでしょ」 「それはそうだけど……」 「だったら、少しだけでも進展させないと。足踏みしてるだけじゃ、後悔するわよ」 「……うん、そう……だね。できるだけがんばってみるよ」 それを聞くと、かがみさんは満足そうに戻っていった。 俺はがんばらねばと思いつつも、先のことに若干の不安を覚えるのだった。 映画が終わり、俺たちは帰路に着こうとしている。 この映画の感想を挙げるとしたら、原作の雰囲気を壊さず、うまくオリジナル要素も絡めた良作と言えるだろう。 映画を見る前に、こなたさんから原作を借りて読んでおいて正解だった。 みんなと感想を話し合うのが、楽しみでしょうがない。 「それじゃ、そろそろ帰ろうか?」 「あっ、ごめん。私たちはちょっと用事があるから、まこと君はこなたを宜しくね」 「へ?」 かがみさんの目が、勝負を掛けろと言っている。もうここから二人きりですか。 「まこと君がんばってね」 「う、うん?」 つかささん、それをこなたさんもいる、ここで言うのもおかしいと思うよ。 「それでは、私たちはここでお別れですね」 「そ、そう……だね」 小さくガッツポーズを作り、応援してくれるみゆきさん。でも、こなたさんに見えてるよ。 こなたさんは不思議そうにしている。気付いていないようで、助かった……。 「吉報を待ってるわよ」 別れ際、そうかがみさんにこっそり励まされた。さあ、ここからが正念場だ。 「……」 「……」 二人で帰路に着くが、緊張してうまく会話が続かない。 これじゃダメだ、なんとかして会話を繋げて、雰囲気を良くしないと。 そもそも、今日見た映画という切り札があるじゃないか。これを使えば間違いない! 「え、えとさ、こなたさん」 「……う、うん」 「あの映画なんだけどさ――」 「……あのシーンは、良かったよね……」 「うん、原作には無いシーンだったけど、原作の雰囲気をうまく再現してたよね」 映画の話題は、異常なほど効果があった。現在、電車に乗車してからも、大分会話をしている。 次の停車駅ってどこだろう? 車内アナウンスに耳を傾ける。 「次の停車駅は――」 あ、あれ? おかしいな、次の停車駅はちょうど俺が降りる駅じゃないか。 こうなったら、惚けて乗り過ごして、チャンスを待つしかないか!? 「あ……、まこと君次の駅だよね……」 「え? う、うん……ソウダヨ」 ははは、さすがこなたさん。素晴らしいフォローだ、惚ける余裕さえない。 これはマズイぞ、どうする俺! 雰囲気を無視して突然告白! >無難にデートのお誘い! あえて強引に乗り過ごし! うん、ここまで余裕がないなら、無難な結果でも仕方がない。と自分に言い聞かせてみる。 「えと、こなたさん」 「……どうかしたの?」 「いや、そうじゃなくて、来週の日曜辺り暇かなって」 「え……? えぇ……!?」 こなたさんの顔が真っ赤になる。 「忙しいかな?」 「う、ううん……その、大丈夫……だよ」 「じゃあ、来週の日曜にどこかに出掛けようか?」 「うん、……喜んで」 ここで、ギリギリのタイミングで駅に着く。もう少し遅かったらアウトだったかもしれない。 「それじゃあ、俺はここで。また明日ね」 「……うん、また明日。……その、今日は……ありがとう」 こなたさんは顔を赤らめつつも、いつもの控えめな笑顔で俺を見送ってくれた。来週こそは、きっと……! 家に無事到着し、自分の部屋で休んでいると、かがみさんから電話がきた。 「もしもし、まこと君?」 「あっ、かがみさん。今日はありがとう」 「別に気にしなくていいわよ、それで、どうだったの?」 「あー、来週の日曜に、どこか出掛けることになったよ」 「……チキン」 「いや、映画の話題を出したら、予想以上に盛り上がっちゃって」 「えーと、それで告白の機会を失ったから、来週にってこと?」 「うん、そういうこと」 「あー、なんかあんたたちらしいわ、それ」 「そ、そうかな?」 「うん、すっごく。……まあ、来週はがんばりなさいよ。みんな応援してるから」 「わかってるよ、ありがとう」 電話を切り、いつもより早く布団に潜り込む。緊張する機会が多かったので、大分疲れていたからだ。 その日、不思議な夢を見た。こなたさんが、今までありがとうと言って、去ってしまうという夢だ。 まるで、俺に別れを告げるかのようなその夢は、なぜか起きてからも鮮明に記憶に残っていた。 週が明け、いつもどおりに登校し、教室へと入る。 こなたさんは、今日は珍しく遅いようだ。 「おはよう、みんな」 みんなはもう来ていた。かがみさんも隣のクラスから来ている。 映画の話をしていると、背後に聞き慣れた声が聞こえた。 「おっはよー。いやー、久しぶりにネトゲやったら盛り上がっちゃってさ~」 「え……?」 それは、見慣れた友人で、陵桜で最初の友人で、桜藤祭を一緒に過ごしたこなたさんだった。 「あれー? こなちゃんだー、久しぶりだね」 「いやー、私もみんなと会うのがすっごい久しぶりな気がするんだよねぇ、何でだろ?」 「それは、その……色々あったんですよ、泉さん」 「そうなんだ。って、かがみ何その顔、そんなに私に会いたくなかったのかなー?」 「いや、会いたかったんだけど……、なんていうか、あんたってタイミング悪いわね」 「どゆこと?」 みんなが何か話しているけれど、何もわからない。なんというか、自分がからっぽになるって、こういう感覚なんだなと実感する。 「いや、色々と説明が面倒だから……ってまこと君!? 大丈夫!?」 「え? 何が?」 「いや、何がって……泣いてるのにわからないの?」 ああ、頬に何か流れているなと思ったら、涙だったのか。 「うん……、久しぶりにこなたさんに会ったら、嬉しくて涙が出てきたみたいだ」 「……そっか」 「そろそろ予鈴が鳴るよ」 俺は早々に席へと戻った。何だろう、頭がきちんと働かない。 「……ねえ、かがみ。後で、何があったかちゃんと教えて」 「わかったわ。まあ、一応こなた自身のことではあるからね。……ていうか、あんたってホント無駄に鋭いわね」 結局、いつ授業が終わって、今日がいつ終わったのかもわからなかった。 俺がわかるのは、喪失感が強すぎて、からっぽになってしまったということだけだ。 そして、からっぽな俺を埋めるのは、次第に大きくなっていく後悔だけだった。 一体どんな一週間だったのか、俺にはわからなかった。ただ、なんとなく一日が過ぎていくだけ。 そして、今日は約束をしていた日曜だ。 けれど、約束をした人はもういない。だから、もっと寝ていてもいいだろう。 「……起きて……ねぇ、起きてよぉ」 声が聞こえる……聞き慣れた友人の声だ。けれど、それもおかしな話だ。ここに来るのは母さんぐらいなのだから。 「……おーい……早くしろー……、とっくに約束の時間は過ぎてるよー……」 「母さん……何言ってるんだ、今日は約束なんてないよ……」 「残念でしたー。こなただよー」 「うああっ!? な、何でこなたさんがいるんだよ!」 「おばさんに了解はもらったよ。ちゃんと理由も言ったし」 「なんて?」 「幼馴染の恋人です」 その理由は……やめてほしい。というか、同じようなやりとりを、以前したような気がするんだけれど。 「はあ、母さんに嘘ついてまで、何しに来たのさ?」 「何しにって、そりゃ出掛ける約束したからに決まってるでしょ」 「その約束は……って、何で今のこなたさんが知ってるのさ?」 「ごめん、かがみに全部聞いた。やっぱ嫌?」 「うーん、一応こなたさん自身のことだし、俺がどうこう言えないよ」 「ふーん、じゃあ早く行こうよ。私自身との約束でしょ?」 「うっ……、そうくるか。……わかったよ、準備するから部屋から出て、待っててくれない?」 「はいはーい」 もはやこなたさんのペースだ。けれど、落ち込んでいるときは、振り回されるくらいでちょうどいいのかもしれない。 「お待たせ、それじゃあどこに行きたい?」 「そうだねぇ、テキトーにぶらぶらしよっか、気の趣くままに」 「わかった。…………ありがとう、こなたさん」 「別に気にしなくていいよ。落ち込んでるまこと君なんて見たくないしね~」 こなたさんが俺の手を取り、歩き出す。あのときとは、ちょうど真逆だ。 今になってわかる、手を取ってくれる人が、どれだけ温かい存在なのか。 好きな人に、伝えることができなかった言葉がある。きっと俺は、それをずっと後悔していく。 けれど、俺を心配して、手を取ってくれる人がいる。その人のためにも、俺は前を向いて歩いて行こうと思う。