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かしまし編 - (2008/04/09 (水) 16:24:04) のソース

<p>「あのさ、みんな」<br /><br />
 四人が一斉にこちらをみたので、まことは軽くたじろいだ。<br />
 昼休みだが、ほとんどの生徒は食事を終え、雑談に入っている。まことも、学食から戻ってきたところだった。<br />
 二の句を出せずにいると、かがみが返してきた。<br /><br />
「なによ」<br />
「え、うん、ちょっと質問というか」<br />
「なになに?かがみんの男の好みとか?」<br />
「こなた、あんたねえ」<br />
「いや、かがみさんにっていうか、四人に訊きたいんだけど」<br />
「全員の…まこと君もがっつくねえ」<br />
「別に、男の好みを知りたいわけじゃなくてね」<br />
「じゃあ、なあに?女の子の好み?」<br />
「つかささん、それでは意味が通りませんよ」<br />
「いやいやみゆきさん。世の中にはあらゆる属性があってだねえ」<br />
「こなた。みゆきに変なこと吹き込むんじゃないの」<br />
「いえ、とても興味深いお話です」<br />
「おおっ。それじゃ、今日はひよりん先生を招いて、色々と講義しなきゃねっ」<br />
「わあ、面白そう。お姉ちゃん、私も行っていいかな?」<br />
「あんたたち、いい加減勉強しなさいよ。本当に」<br /><br />
 あっという間に、話が手元から離れてしまった。女の子のこういうエネルギーには、圧倒されるしかない。</p>
<p>「あのさ、いいかな」<br />
「あ、まこと君。いたんだ」<br />
「…いたよ、こなたさん」<br />
「うん、さすがに冗談。で、質問ってなあに?」<br />
「えっとさ。あくまで仮定の話として考えて欲しいんだけど」<br />
「はあ」<br />
「みんな、知らない男の人からいきなり話しかけられたら、どう思う?」<br />
「ナンパってこと?」<br />
「かがみん、食いつきいいねえ」<br />
「うるさい」<br />
「ナンパっていうか…まあ、そんな感じ」<br />
「なるほど。私だったら、殴るかな」<br />
「お姉ちゃん、ぶっちゃうの?」<br />
「気持ちとしてはね。だって、もう十二月よ?こっちは受験で大変だってのに、そんなちゃらちゃらした奴、一発くれたくもなるわよ」<br />
「そっかあ。私、きっと怖くてお姉ちゃんに隠れちゃうなあ」<br />
「つかさひとりだったら、どうすんのよ」<br />
「ふえ、どうしよう。車の陰とか?」<br />
「とりあえず、隠れるって発想から離れなさい」<br />
「でも、確かに少し怖いかもしれませんね。好意を持って下さるのは、ありがたいのですが」<br />
「と、いうわけでまこと君。聖女たるみゆきさんまで否定するんだから、大方の支持は得られそうにないね」<br />
「そっか。こなたさんは、どう?」<br />
「私?私も、ちょっとノーサンキューかな」<br />
「でも、どうしてそんなこと訊いたの?」<br />
「ん、ちょっとね」<br />
「そりゃつかさ、彼がこれからナンパに赴くからだよ」<br />
「え?だけど、これってもしもの話なんだよね」<br />
「それはつまり、本当のことだけどそうは思わないでね、って意味なんだよ。ねえ、まこと君?」</p>
<div class="mes"> こなたは、変なところで鋭い。まことも、話を振った以上、なんとしても隠そうとは思わなかった。<br />
 ただし、これからのことではない。二日前の話だ。<br /><br />
 確かに、声はかけた。ただそれだけのことで、なぜあんなことをしたのか、今でもわからない。<br />
 すれ違う瞬間、呼び止めなくてはいけないような気がした。かわいいとか、美人だとか、そんなことすら考えていなかった。<br />
 結局、名前を訊くことしかしなかったのだ。<br /><br />
「…別に、ナンパしたわけじゃないけど」<br />
「過去形ということは、既になにかされたんですか?」<br />
「うん。おとといなんだけど、道で見かけた女の子が急に気になって」<br />
「ちょっとあんた、この時期になにふざけたことやってんのよ」<br />
「まあ、まことさんも殿方ですから、強く否定はしませんが…」<br />
「ねえ、ゆきちゃん。その子、怖くなかったのかなあ?」<br />
「まこと君、見事にフルボッコ」<br />
「なんだか、このコーヒー牛乳ぶっかけたくなるわね」<br />
「かがみんになら、かけられたい人もいるんじゃない?」<br />
「それも、属性というものですか?」<br />
「むしろ、需要?」<br />
「お姉ちゃん、人気者なんだね。すごいなあ」<br />
「微塵も嬉しくないわね」<br />
 それにしても、賑やかすぎる。四人ともいい友人だが、揃っているときに話したのは、間違いだったのかもしれない。<br />
 女が三人寄れば、というが、四人ではどういう字になるんだろう。そんなことを考えながら、まことはこっそりと輪を離れるタイミングを計ろうとする。<br /><br />
 そういうとき、教室の外から名前を呼ばれていることに気付いた。<br />
 反射的に振り向くと、よく見知った顔があった。しめた、とばかりに、そちらへ歩み寄る。<br /><br />
「八坂さん」<br />
「まこと先輩、ちょっといいっすか?」<br />
「うん、どうしたの。あっ、ていうか、この間は手伝えなくてごめんね。田村さんも、来れなかったんでしょ?」<br /><br />
 八坂こうは、一つ下の後輩だ。文化祭からこちら、妙に懐かれている。明るく、気持ちのいい人物で、頼られて悪い気はしない。<br />
 先週、彼女の趣味に関わるイベントの手伝いを頼まれていたが、体調を崩したせいで行けなかった。<br />
 それが、軽く負い目にはなっている。<br /><br />
「いやいや、とんでもない。大変でしたけど、上手くいきましたよ。他に手伝いも頼めたし、万事オッケーです。で、それともちょっと関係あるんですけど」<br /><br />
 いつになく、真剣な表情をしている。ただ、切迫しているというより、呆れたような色が強い。<br />
 その表情の意味も、すぐにわかった。それは、ちょっと待ってくれ、と言いたくなるような話だった。<br /><div class="mes">「先輩、ウチのやまとにちょっかい出したでしょ?」<br />
「やまとって」<br />
「やまとです」<br /><br />
 知っている名前だった。知ったのは、二日前。<br /><br />
「まさか」<br />
「そのまさかっすよ。なんたること、伊藤まこと君がかどわかそうとした永森やまとさんは、私の無二の親友なのでした」<br /><br />
 ちょっと待ってくれよ。そう思って、顔をそらす。こなたたちが、興味深げにこちらを見ていた。<br />
 自分のやったことが、急に恥ずかしく感じられてくる。やまとの顔を思い出しながら、まことは文字通り頭を抱えた。<br /><br />
「ちょっと、待ってくれよ」<br />
「待つもなにも、そういう事実は始めからあったわけで」<br /><br />
 でも、待ってくれ。他に、なにも考えられなかった。</div>
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