アニメーション研究部の部室は、狭い。机が多く、資料と称して大量のマンガやDVDが積まれている。
実際に資料にするのだから仕方ないが、人を招くのに向いているとは、お世辞にも言えない。
それでも、こうはこの部屋が好きだった。自分のいるべき場所。そういう思いがある。
まことをここへ呼んだのは、多分、自分のペースで話がしたかったからだ。それは、今のところうまくいっていた。
「なるほど。つまり、下心はなかったと?」
「ありませんでした。誓って」
「誓って、ねえ。それなら、なんで呼び止めたりしたんですか?」
「いや、なんかさ、他人じゃないような気がしたんだ」
「他人じゃない?」
「うん。正直、自分でもわからないんだ。好みだからとか、そんなのも全然頭になかったし。顔を見た瞬間、なぜか立ち止まっちゃって」
「それって、一目惚れなんじゃないんすか」
「そういうことでも、ないんだけど」
「ふうん。難しいですね」
「…本当だよ。なんで、あんなことしたんだろう」
まことが本気で悩み始めたので、こうは追及する気をなくした。別に、この先輩を困らせたい訳ではないのだ。
実直を通り過ぎて、愚直な人だった。だから信用できるし、いま言ったことも嘘ではないのだろう。
ただ、こうにはもう少しだけ、まことを引き止める必要があった。
「まあ、えっちい気持ちじゃないんなら、いいですけど。しつこく絡んですみませんでした」
「いや、気にしないで。まさか、八坂さんの友達だなんて思わなかったから。
とにかく、もう忘れることにするよ。あの子にも謝っておいてくれる?俺には、会いたくないだろうし」
「それは、まあ」
「お願い。じゃあ、もう行っていいかな」
「ダメです」
「…どうして」
「時間、稼いでますから」
「…なんの」
「もうちょっとすれば、わかります。さっき、連絡ありましたから」
目上と同輩に挟まれていると、やたら喋り辛い。
「知り合い?」
「そ。知り合いです。今日この瞬間から、ふたりはちゃんとした知り合いなわけ。そうすれば、私もストンと落ち着けるし」
「…でも、この子はそれでいいの?」
「彼女の名前は?」
「…その、永森さんは、俺が気色悪いんじゃない?」
「だってさ。どう?やまと」
「…別に、気持ち悪くはないわ」
「だそうで」
「でも、どうして私に声をかけたの?」
「…うん。ちゃんと話すよ。あのね」
やっとだ。やっと、言葉を交わした。少なからず、疲れた。でも、思った通りだ。ふたりを会わせたのは、間違いではない。
こうにしたのと同じ説明を、まことはしていた。やまとは、妙に聞き入っている。
ひょっとすると、彼女も同じような感覚だったのかもしれない。
そんなことが、あるものなのか。こうは、しばらくふたりの会話を聞くことにした。
「俺たち、この間はじめて会ったんだよね?」
「ええ、そうだと思うわ」
「幼稚園とか、一緒だったりして。ずっと、この辺りに住んでるの?」
「そうね」
「うーん。じゃあ、違うなあ。俺、こないだ引っ越してきたばっかだし」
「やっぱり、錯覚なんじゃない?」
「錯覚かあ。でも、これって悪いことじゃないよね」
「まあ、始めから嫌いでいるよりは」
「しかし、謎だなあ。永森さんに、そういう素質があるのかもね。初対面でも、知り合いに見える、っていう」
「やだ、なにそれ」
やまとが、小さく笑った。それで、ふわりと場が和む。
不思議だった。会話にぎこちなさがないし、互いに敬語も使っていない。
なにより、ふたりの話している光景が、すんなりと受け入れられる。いや、こうして三人でいることが、なぜか自然なのだ。
ともかく、こうが最初に考えたことは、成功しそうだった。
間に立つというのは、やはり居心地が悪い。彼女らがちゃんと面識を持てば、諸々すっきりする。
ひと仕事終えた気分でいると、ふと喉の渇きを覚えた。もう冬の色が濃く、空気もパサついている。
やまと達の分も含めて、なにか買いにいこう。今日のことも、うまくすればそれで許されるかもしれない。
「私、飲み物買ってきます。ふたりとも、なにがいい?奢りますよ」
「え、悪いな」
「気にしない、気にしない。今日は、ちょっとトラップ張っちゃいましたからね」
「ふむ。じゃあ、お言葉に甘えようかな。俺、ストレートティー」
「お茶。あったかいの」
「ほいほい。そいじゃ、しばしお待ちを」
「でも」
「ん?やまと、なに?」
「お茶だけじゃ、足りない。今度、白石堂の水羊羹も」
「…了解っす」
「ははっ」
まあ、こんなものか。安いものだと、考えることにした。
ふたりは、こちらを見て笑っている。ふたり、という言葉が、よく似合っていた。