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その2 #contents() **無題 作:創る名無しに見る名無し お題:「12」「鐘」「冬」 「そんなに回してもチャンネルの数は変わらないぞ」 ボソボソとした声が横合いから聞こえる。 うるさい、そんなの分かってる。 第一、回すってなんだよ。昭和かよ。 年末のある夜、私は兄と二人で居間のコタツに足を突っ込んでいた。 親は二人でどこかに出ていった。家には私たち二人だけが残されている。 見たい番組が無かったのでチャンネルは適当にボタンを押して決めた。 結果、テレビからは青い狸の声が聞こえてくる。 兄は黙々と本を読み続けている。 さきほどの一声がおそらく今夜で初めての発言だ。 快活で明るかった兄。 私に懐かれて、友達の前で苦笑いしていた兄。 毎日遅くに帰って来て、それでもニコニコしていた兄。 その面影はどこにも無い。 きっとテレビのスイッチを切れば、この部屋の中では本当に何の音もしなくなるだろう。 そうしてその後、じっと見つめ続けていたら流石に気になって構ってもらえるかな。 普段家に引きこもって家族とも話そうとしない兄、 最近はその存在を邪魔にしか感じないのに、今は何故かそう考えた。 それほどに私は退屈していたのだろう……私は自分で理屈付けた。 そうしてテレビの電源を切って数十分。 除夜の鐘は鳴り止んだが、結局部屋の中で何か音を出したのは時計の針だけだった。 兄はひたすら本を読んで――一冊読み終えたのに次の本を取り出して――私に話しかけようとはしなかった。 とても寒かった。 部屋の中には暖房が効いている筈なのに、薄っすらと汗をかいているのに、私は真冬のような寒さを感じていた。 **枯れ木 作:◆NN1orQGDus お題:「冬」「金」――金……だと……?  冬の寒さが骨身に染みる。季節が冬なら景気も冬で、財布の中身は凍死寸前だ。  親の脛をガジガジ齧ってキャッキャウフフと季節外れの人生の春を満喫してるバカップルが腹立たしい。  ついつい奴等のご両親の心労をお察しして欠伸と一緒に涙を流してしまう。  何年かして社会に出て世間の風に吹かれれば、語り合う愛は砂上の楼閣よろしく崩れ果て、金をたかり合うこと請け合いだ。  そもそも愛を語っても一銭にもならない。  別れる時に水を掛けられて、とっておきの吊しのスーツをクリーニングに出す羽目になるから収支的にはマイナスだ。  騙るなら息子を語れ。見知らぬ人に電話して舌先三寸口八丁で誤魔化せば金になる。  その後は八丁堀か鬼平に取っ捕まるかは運次第。捕まって塀の中に入る奴は運がない奴だけだ。  運試しするなら宝くじの方がマシかも知れない。  なけなしの金で夢を買って、当たれば億万長者にだってなれる。夢が破れても金の使い方を妄想する楽しさがある。  間違いなく三百円は当たるからタバコ銭ぐらいにはなるだろう。  値上げされたら素直に諦めよう。諦められない頑固者は四の五の言わずにストをしよう。  二の句にでもはご法度だ。海の向こうでやったら偉大なる将軍様のケツに火が着くガスを吹く。  何にせよ、議事堂前ならいけすかないバカップルの姿はない筈だ。  お後がよろしいようで。  了。 **無題 作:創る名無しに見る名無し お題:「12」「鐘」 「ふふふ、いい感じにカップルを呪っているようだね。四捨五入すると30男」 「余計なお世話だこんちくしょう。それにまだ25才だ! わざわざ四捨五入するな!」 「ふふふ、私は四捨五入すると20だぞ」 「四捨五入しなくても20だろ! お前は!」 一人さびしく粉雪の舞う冬空を歩いていると、唐突に声を掛けられた。 目の前に現れたそいつは、口を笑みの形にして俺を見ている。 あー、くそ! 分かってるよ! クリスマスなんてつぶれちまえなんて思ってるよ! カップルなんて、しっと団にでも襲われちまえと思ってるよ! だからって、彼女いない歴=年齢の俺をわざわざ蔑みにくるなよ! 「今日は12月24日。クリスマスイブだというのに相も変わらずお寒い御様子で」 「うるせーなー」 俺の態度を露骨に無視し、そいつは腕を組み、鷹揚に頷く。 「そんな眼光鋭く、世の中を恨んでます、な様子だから彼女の一つもできんのだ」 「そんなことをいっているお前はどーなんだ」 「……」 あ、止まった。 「ま、まあいい。それはともかく、借金の取り立てに来た」 「唐突だな。しかも俺は、借りてねー」 「……」 ゴホンと咳払いし、そいつは再び口を開く。 「将来、私に借金をするかも知れないから、取り立てに来た」 「たかりの間違いじゃねーか。それ」 「そうともいう」 「そこはあっさり認めるのか!」 俺の突っ込みは再び無視。そいつは地図を取り出すと一つの場所を指す。 「ほれ、居酒屋『鐘』、12日に開店したばかりだが評判はなかなかだ」 「……愚痴ぐらい聞けよな」 「くっくっく、交渉成立だな」 ――結局、朝まで生愚痴大会が開催された。    最後に除夜の鐘1080回打ち鳴らし大会を開くから強制連行な、と言い残しそいつは去っていた。 後に残るは12円しか入っていない財布のみ。 その財布の中身を見ながら――思う。 まったく……俺と違って見てくれはいいのだから、彼氏の一人くらい作れというのだ、妹よ。 **冬の味覚 作:◆NN1orQGDus お題:「冬」「12」 1/2  お喋りだとは思っていたけれど、感心した。  まさかカニを食べる時までお喋りが止まらないとは思いもよらなかった。 「ん、食べないの? 美味しいよ。カニミソなんか特にね」  積み上げられる蟹の殻はゆうに12分匹はある。 「食べ過ぎると痛風になるよ?」 「ん、大丈夫。今日はヤケ食いしてるだけだから」  器用に蟹の身をほじくり出しながらパクパクと食べ続ける姿に、見てる私が胸やけしそうだ。味噌汁だけでお腹一杯になってしまう。 「ヤケ食いって、なにかあったの?」 「ん。バイトでさー、サンタやった訳よ。ミニスカサンタ」 「ええ? アンタが!?」 「そうだよ。やりたくなかったけどね」 「だけどあんたがミニスカサンタなんてしんじられないわ。だって色気ないじゃん」  そう。彼女は良く言えばスレンダーだ。出るべきところが出ていない。へこむべきところが出ていないのが救いだろう。 「わかってるよっ! どうせ私は寄せて上げるブラでも寄せて上げれませんよ!」 「無駄な贅肉がついてないだけ良いじゃん」  あの手の矯正ブラでサイズアップ出来ないのはある意味美徳だ。引き締まった身体という事になる。 「でもさぁ、アンタのどこに入るんだろうね、蟹」 「胃の中っしょ」 「そりゃそうだけどさ。感心するわ。蟹食べながら喋るし身体と小さいし」 「小さいは余計だろっ!」  怒りながらも蟹を食べるのをやめない。喋る口と食べる口とで口が二つあるのだろうかと妙な勘繰りをしてしまう。  でも、こんなに食べて大丈夫なのだろうか。 「あんたさぁ、大丈夫?」 「ん、平気平気。食べた分だけ動けば太らないし」 「そっちじゃなくてこっちの方」  人差し指と親指でまるを作る。心配なのはお金の方だ。食べた量が激しく違うのに割り勘だったらたまらない。 「んー、大丈夫。ミニスカサンタのカッコで稼いだから」 「――変なバイトじゃないよね?」  私の心配が解ったのか、やっと蟹を食べる手が止まった。 「ただの客寄せパンダだよ。ビラ撒くだけさ」 「ミニスカサンタは何処行った」 「そんなの知らん」  お腹一杯食べて満足したのか、彼女はお茶を飲んだ。 2/2 「ところで、クリスマスはどうする?」 「ケーキ買ってアンタんちで食う。独り者同士楽しくやろうよ」 「私が男を見つけたらどうする」 「んー、びっくりする」  びっくりとは失敬な。私は彼女を睨み付ける。 「睨まれてもねえ。だってさ、アンタ散々言ってたじゃん。クリスマス前に彼氏探したってろくな男残ってないってさ」 『クリスマスから現実逃避してるやつ?』  二人して同じ事を言ったのでハモッてしまった。そして、お互いに顔を見合わせて笑い出す。  まあ、色気より食い気の彼女に付き合ってばか騒ぎするのもたまには良いのかもしれない。  ――ジングルベル、鳴るのは鈴と腹の虫のどっちだろう。  了。
その2 #contents() **携帯 作:◆4c4pP9RpKE お題:内容参照 出身:>いつもは獣人スレにいたりいなかったりラジバンダリ テレビを席巻する年明けカウントダウンに厭きた僕は、時報を聞いてしっかり時間を合わせた時計を眺めながら、除夜の鐘に耳を傾けていた。 年明け第一報のメールは、思いがけない人物からだった。 『明けおめ!』 別れて二週間も経つ彼女から、そのメールは届いた。 そういや、送信日時指定メールの送り方を教えてあげた頃だっけ。 文面には、画像アップローダのURLと、謎の暗号。 『《□*3^2=新年》 □に入る1文字が画像ページのパスでーす☆(o^-')b わっかるかなー?わっかんねーだろーなー(笑)』 ちょいウザイメールが懐しかった。 Aから順に1文字づつ確かめていってもいいのだけど、僕は敢えてその挑戦を受けてたった。 過去の君と、今の僕。 二週間は二人を隔ててしまったけど、この戦いは現在進行系だ。 3^2ってことは9だから……9かけると新年に関連するものを考えればいいわけか。 ──ゴォーン……ゴォーン そうか、除夜の鐘、108だな。 答えは12だ。 僕はパス入力画面に12を打ち、送信した。 『パスワードを入力してください』 失敗だった。 除夜の鐘は関係無いのかな?……いや、そうだ。 やはり除夜の鐘だ。 わかったぞ。 僕はCを打ち、送信ボタンを押した。 案の定、画像のページに繋った。 16進数で12とは、手の込んだ事を考えるね。 画像は、彼女のキス顔の写メに、今年もよろしく、という文字フォントを足したものだった。 機械オンチの彼女にしては頑張ったほうかな。 僕は、少しためらったが、やがて返信を書き始めた。 『問題、一回間違えたけど解けたよ』 送信。 『ユーガッタメール』 合成音声がなる。 彼女の形見が、受信を告げる。 僕は聞かないフリをする。 メール、届いたかい。 君のメールは時間を超えたよ。 僕のメールも、超えられたかな? おわり **サンタ撲滅委員会~裏切り~ 作:◆R4Zu1i5jcs お題:内容参照 「やっと見つけたぜ。愛しい愛しいサンタクロォォォース!!」  血に染まった衣装。蓄えられた白い髭はふてぶてしさを強調している。 「はて……私に何の用じゃ」 「昔は待ち焦がれた聖夜。ただ今では――あぁ、狂おしいほどに会いたかったぜ……」  男は爪で血が滲むほど拳を固く握り締めた。 「だから、クリスマスを破戒する!!!!」 「ほぅ、クリスマスはただの『現象』に過ぎん。それをどうやって」 「ふっ、お前がその『現象』の具現化、象徴……つまりお前をやれば『現象』自体破戒できるはずだ!」  ――嗤う。赤い悪魔は高らかに嗤う。  それは男に対する悲哀と侮蔑が混沌と渦巻いていた。 「たが少々私を見つけるのが遅かったようだ。あと三分で『性の六時間』に突入。喪男は皆行動不能となるぞ」 「三分もあれば――充分だ」  男は懐からしなやかに小箱を取り出す。 「結婚――してくれ」 「なっ……」 「大丈夫、今度はちゃんと戒めのために避妊具を持って来た」 「……ホテル行こっか」  サンタもとい彼女はミニスカートを裾をもじもじとそう言った。  男はそっと彼女の付け髭を外し、優しく口付けをする。  二人の姿は街中にそびえる絢爛な城壁の中へと消えていった。俺は泣いた。 了 **wait~湿気たマッチ~ 作:◆R4Zu1i5jcs お題:内容参照  乾燥した空気が冷たい。息を吐けばその色は真っ白。  ふと小学生の時に怪獣ごっこをしていた男子を思い出して口元が緩む。  誰もいない公園をベンチから見渡す。昼間、子供たちがじゃれあう場所とはまるで違った異世界。  据え付けられたのっぽの時計には約束の時間とは大幅に遅れた時刻が映っていた。  約束――いやもうそれはとっくに無効なのは分かり切っている。  そう、反故ではなく無効。約束そのものがもう無用の長物なのだ。  だから彼はここには来ない。分かっている。分かっているが、待たずにはいられない。  我ながら不思議だ。どうかしてる。身体もだんだん冷たくなってきているのに。  コートにマフラーに手袋。それでもまだ寒い。これは心が寒いのか。身体が寒いのか。それさえも曖昧。  今ならマッチ売りの少女の心境も分かる。こんなにも心細くて寂しくて……とても切ない。  彼に恨みは一切ないが恨み言の真似ならしてみたい。  彼の困り顔が浮かびまた微笑してしまう。  あぁ、眠い。  瞼が重い。  身体は凍えきっている。肩には知らないうちに雪が薄く積もっている。  それにいつの間にか辺りがうっすらと明るくなってきている。  半目で時計を確認しようにも視界がぶれてよく分からない。  そうだ、そういえばアパートの更新がまだ……だっ……た、な。 了 **干支ルロワイアル 作:◆phHQ0dmfn2 お題:内容参照 1/4 「ちょっと殺し合いをしてくれんかの」  神様が、目の前に集まった動物たちにそう告げた。ざわめく一同。  あらゆる種類の動物たちが、神様の命によりこの孤島に集められていた。理由は告げら れず、ただ「一族の中でもっとも優秀なものをつかわせ」という注文があるだけだった。 そんな中、いきなり「殺し合え」と言われ、うろたえる動物たち。 「実はの、そろそろ十二支のメンバーを入れ替えようと思うのじゃ。前回は競争で決めた が、今回はこの島で戦い、生き残ったものに新メンバーになってもらうとしよう」 「しかし、いくら何でも殺し合いなど……」  気乗りしない声が上がる。 「安心せい、『死ぬ』といっても一時的なものじゃ。死して脱落したものは、ワシがきち んと生き返らせてやるわ」  安堵する動物たち。神様は具体的なルールを告げると、「健闘を祈るぞ」と言い残し姿を消した。  参加者たちは方々へと散っていったが、ネズミを始めとする現十二支の動物たちは、そ の場に残った。 「入れ替えだと? 冗談じゃない」 「十二支といえば、我が国の動物の頂点に立つエリートにして、他の者を率いる立場にあ る。我々以外に務まるものか」 2/4 「この座を守るため、我々は血の滲むような研鑽と努力を続けているのだ。のうのうと生 きてる他の動物どもとは、格が違うというものだ」  口々に不平を漏らす。 「まあまあ、落ち着いて」  前回優勝者であるネズミが一同をなだめる。 「ネズミ殿、いかがいたしましょう」  体は小さいが、ずば抜けた知恵を持つ切れ者であるネズミには、みな一目置いていた。 「みなさんのおっしゃる通りです。他の有象無象の輩などに、十二支の座を渡してはなり ません、それには優勝することです。どうです、ここは一つ我々で協力しませんか? 他 の参加者に、目にもの見せてやりましょう」  うなずく一同。  かくして、ネズミ率いる十二支連合軍が結成されたのだが、その進軍ぶりたるや、まさ に破竹の勢い。  長い間、権力の中枢という、生き馬の目を抜く世界に身を置いていた彼らである。平和 ボケした一般動物たちが相手では、最初から勝負は決まっていた、赤子の手をひねるよう なもの。  彼らは情報操作にだまし討ち、ありとあらゆる権謀術数を尽くし、瞬く間に他の動物た ちを殺し尽くしてしまった。 3/4 「どうです神様、これが我々の実力です」  神様の前で、得意げに胸を張る十二支たち。 「うむ、やはり予想通りじゃったな」と神様がうなずく。 「それでは、十二支の役目は引き続き我々が……」 「ならん、そなたらにはメンバーから外れてもらう」  予想もしなかった言葉に耳を疑う一同。 「一体どういうことなのです、我らは勝ち残ったではありませんか?」  納得がいかず、ネズミが思わず詰め寄る。すると、神様は静かに語り始めた。 「今回このような争いごとをさせたのはな、そなたらの適性を見極めるためなのじゃ。長 いこと権力の座におると、どうしても心が汚れてしまう。今のそなたらのように他者を傷 つけ、騙し、蹴落とすことに何のためらいも持たなくなってしまう。残念じゃが、そのよ うなものに、責任ある立場を任せるわけにはいかんのじゃよ」  神様の真意を知り、愕然とする十二支たち。つまり、自分たちのやったことは全て逆効 果だったのだ。がっくりと肩を落とし、その場を後にした。 4/4 「さて、新しい十二支は……」  かくして新たな十二支が選ばれた。面子は想像にお任せするが、いずれも人の……いや 、獣の良い温厚な連中ばかり。 「これで狡猾、残忍な性質を持つ連中は排除された。動物の世も、これから少しはよくな るじゃろ」  そうつぶやくと、神様は満足そうに微笑んだ。  それからしばらくして、動物の世界は……目茶苦茶になった。  新十二支のメンバーは、いずれも世間知らずのお人好し、もとい獣好しばかり。  他者を信じ、敬い、褒め称えることしか知らない彼らは、性善説に基づいた理想論で、 みなをまとめようとする。しかし、そんなものが上手くいくはずもなく、世の中はたちど ころに大混乱。 「こりゃいかん……」  神様は、大慌てで元のメンバーを呼び戻した。  やはり世の中、きれいごとだけではやっていけない。  上に立つ者には、それなりの腹黒さ、したたかさが要求されるのだ。 **十二単衣 作:◆phHQ0dmfn2 お題:内容参照  俺は一枚のTシャツを羽織った。決戦の時が近づいている。  俺は一枚のTシャツを羽織った。絶対に負けられない戦いが、そこにはある。  俺は一枚のTシャツを羽織った。去年は、あと一歩というところで力尽きてしまった。  俺は一枚のTシャツを羽織った。今年こそは、何としても勝利と栄光をこの手に掴む。  俺は一枚のTシャツを羽織った。奴には何度も煮え湯を飲まされてきた。  俺は一枚のTシャツを羽織った。目を閉じると、勝ち誇った奴の顔が浮かぶ。  俺は一枚のTシャツを羽織った。しかし、それも今日までだ。  俺は一枚のTシャツを羽織った。今度こそ、目にもの見せてやる。  俺は一枚のTシャツを羽織った。さすがに、これだけ重ね着をするのは苦しいものだ。  俺は一枚のTシャツを羽織った。まるで拘束具だ、肺が圧迫され呼吸もままならない。  俺は一枚のTシャツを羽織った。だが何だ、このくらい。全ては勝利のためだ。  最後にスリーサイズ上のフリースを羽織った。これで準備は万端だ。  俺は決意を胸に戦場へと向かう、忘年会という名の戦場に。  今年こそは、あの女を脱がせてやる。 **無題(恐らく) 作:◆4c4pP9RpKE お題:「冬」 マンションの三階。 冬の月はどうしてこんなに明るいのだろう。 ベランダへの硝子戸を少し開け、部屋の温みを逃がす。 白い息が細く長い。 ふと、月が融けて滴る妄想に駆られた。 排水口に溜まった、髪と垢の混るぬめりのように、化膿した傷に、滲む膿のように。 途端に月が忌わしくなり、逃した温みが生きて行けるのか、胸が潰れそうなほど心配になった。 大丈夫だろうか。 帰れたのだろうか。 変われるのだろうか。 そのまま布団を頭まで被り、ぐるぐると考えていたら、朝になった。 外から聞える、ごみ収集の音。 九時頃だろうか。 余りの寒さに、まどろみの淵に在った意識が覚醒した。 部屋は、一面の雪景色だった。 窓。 昨日、閉めるのを忘れたんだ。 窓から冬が吹きこんで、吹き溜って、居着いてしまったんだ。 布団に積った雪を払い、素足のまま、くくっ、くくっ、と、雪を踏締める。 スリッパは、カーペット上の雪原に埋まっていた。 やっとのことで煙草を掘り当て、ベランダに出た。 悴んだ手で火を着ける。 私の部屋に冬が引籠ったせいか、外は、夏の陽射が照り付ていた。 暑くなりそうだ。 ベランダで吐く白は、伏流煙の白で、寒さによる白は無かった。 部屋の中に入ると、途端に、寒さの白が口から溢れる。 部屋着のスウェットだけでは寒すぎた。 クローゼットからダウンを取りだし、それを羽織りながら、玄関へ行く。 室内の季節はますます厳冬を窮め、更に積雪を増す。 ファー付の暖いブーツを見繕い、履く。 しかし、外に行くには、ダウンとブーツが暑すぎることに気がついた。 仕方無く、くくっ、くくっ、と、靴のまま部屋を横断し、雪の積った衣装ケースから、ティーシャツとジーンズを掴み出す。 お気に入りは、一番上に置いてあったから、雪が染みて着れそうも無い。 玄関を出る際にサンダルを取り、やっと外に出た。 お隣の奥さんとエレベーターで乗り合わせる。 「おはようございます」 「おはよう、かなこちゃん。なんだか暑そうな格好ね」 「実は、窓を閉め忘れまして」 「あらあら、もしかして、今年の冬は、貴女の部屋に住んじゃったの?」 ええ実はそうみたいなんです、まぁやっぱりなのねフフフ、と話して居るうちに、一階に到着。 白いワンピースと青いリボン付き麦藁帽子の隣りの奥さんは、私より一回りも年上なのに、夏のオジョウサンぶっていた。 歳を知らない男なら騙されそうなものだが、歳を知っている私には、 夏のオジョウサンの向うに隣りの奥さんが見え過ぎるほど透けているのだった。 隣りの奥さんはゴミ収集車を横目に、燃えないゴミ置場に立った。 そういえば、隣りの奥さんの夫には、浮気の噂が起っていた。 ゴミ収集車の荷台に夏のオジョウサンがフワリと乗り込むのを見て、私はクサクサした。 歳を知っていても、隣りの奥さんの細い首は、舐めてみたいほど透き通っているのだ。 あんなに燃えそうなのに、何故隣りの奥さんの夫は、隣りの奥さんを"燃えない"ゴミにしてしまったのだろう。 ラムネのびいだまの味がしそうな、透き通った白い首が、白いワンピースが、青いリボンが。 ……行ってしまった。 私は改めて後悔した。 逃した温みは、きっと死ぬだろう。 おわり **無題2(恐らく) 作:◆4c4pP9RpKE お題:「鐘」 鐘ダッシュを御存じだろうか。 寺の鐘に雪玉を力一杯ぶつけて鳴らしまくり、怒った住職から逃げる、という遊びだ。 5~6人で集まり、一人づつ鐘ダッシュにチャレンジする。 ある日、クラス1の弄られキャラA君が鐘ダッシュにチャレンジすることになった。 これは何か仕掛けねば、むしろA君に申し訳ない。 その年はなかなか雪に恵まれていたので、ゴボりんぐ・ホール(雪の落とし穴)を仕掛ける運びとなった。 A君が雪玉片手に寺の境内の松に隠れているのを一人が監視し、他の4人でゴボりんぐホールを造る。 ちなみにゴボるとは雪にハマッて足を取られる事を言う。 道の除雪用に置いてあったスコップを拝借し、寺の門前の踏み固められた雪を掘る。 深さ30cm、広さ40センチ平方メートル程度の穴をいくつも掘る。 開けた穴に、まだ軟らかい雪を詰める。 硬いと思って踏み込むと深々と足がゴボる、ゴボりんぐホールの完成だ。 ──ボゴーン、ドゴーン 雪玉の鐘撞きが始まった。 「んごるぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!!んにやっとるんじゃぁぁぁぁダラァァァあ!」 なんと老いぼれ住職ではなく、タコヤクザと呼ばれる雇われ坊主のほうが出て来た。 蜘蛛の子を散すように逃出したゴボりんぐホール製作班。 A君監視係も駆け出すが、 ──ズボっ! A君監視係が、見事にゴボった。 A君の監視に夢中過ぎて、落とし穴の位置を確認していなかったのだろう。 A君は監視係をチラリと見やったが、猛然と近付いてくるタコヤクザの雄叫びに気圧されて駆出した。 「ま、待ってよぉ!待ってよぉ~!」 顔面蒼白の監視係。 とにかく足を引き抜こうともう一歩踏み出し、 ──ズボっ! もう一つのゴボりんぐホールを踏み抜いてしまった。 ゴボりんぐホールは緻密な計算の上に製作されており、一歩めの足を引き抜く際に踏ん張るであろうポイントに二つ目の穴が掘られているのだ。 憐れ、監視係はタコヤクザにて寺に連行され、監視係から名前の洩れた鐘ダッシュメンバーは全員学校で叱られた。 ちなみA君は筆者である。 おわり **無題3 作:◆WJ2V5h5zg6 お題:「12」「鐘」「冬」 「最近の者は遠慮という物を知らん!」 「そうですねぇ」 怒っている住職に対して小坊主の俺は適当に相づちを打った。 日本のバブル経済が崩壊し、ウィンドウズ95が発売され、ITブームの時代。 粉雪がハラハラ舞っている冬の話だ。 中小企業経営者の間で、なぜか、この寺で鐘を突くと、資金繰りが楽になるという噂が 広がっていた。風の噂だと、単に「冬賜(とうし)寺-この寺の名前だ-で、鐘を突く」と いうしょうもないダジャレの縁起担ぎが発端らしいのだが、貸し剥がしに弱り果てている 彼らには、藁にもすがりたい思いなのであろう、文字通り、わらわらとくたびれた風貌の オヤジどもがこの寺に押し寄せていた。 もちろん、喜んだのは住職だ。 抜け目のない住職はグッズ販売を始め、順調に売り上げを伸ばしていった。そして、 気を良くした住職は、日ごろの感謝の気持ちを込めて、達筆なのかよく分からない字で 書かれた「冬賜寺で金が付く」と書いた色紙(全く、下品な色紙だが)を百枚、無料配布 することにした。 そして、冒頭の住職の怒りに戻る訳だ。 参拝者が一人で大量に色紙を持って行くため、すぐになくなってしまったらしく、遅く来た 参拝者からクレームが入ったのだ。「大体、人の気持ちを知ることが仏の・・・」眠気を 誘うような住職のバリトンボイスをBGMにしながら、色紙を置いた場所に我々は向かった。 結論から言うと、すでに無くなっているのかと思った色紙は4枚残っていた。住職も、 (まだ残っているではないか!)という不思議そうな顔をしている。が、貼り紙を見て、 俺は原因がすぐに分かった。 「住職、最近パソコン買いましたよね?」 「うむ。これからはいんたーねっとの時代じゃ」 「この貼り紙も、それで作ったんですか?」 「無論。仏の道もあいてぃー時代に適応せねばならないからの」 「漢字変換がうまくいかなかったんですか?」 「い、今勉強中じゃ。あと、後で小さいひらがなの出し方を教えなさい」 「了解しました」 貼り紙には、「じゆうにおとりください」と、ワープロの文字で書いてあった。 後で聞いたところ、俺の推測は当たっていて、中小企業のオヤジ達は、きっちり 12枚ずつ色紙を持っていったらしいとのことだった。 **友よ 作:◆phHQ0dmfn2 お題:内容参照 1/4  なあ、覚えているか? 子供の頃のこと。  色々なことがあったよなあ。目を閉じると、今でも昨日のことのように思い出すぜ。  俺とお前は喧嘩ばかりしてたっけ。と言っても、いつも俺が殴ってばっかだったけど。  でも、お前のことが嫌いだったわけじゃないんだぜ。むしろその逆だ、お前だってそう だろ? 喧嘩ばかりしてたのに、俺たちは不思議とつるむことをやめなかった。  そーいや、ヤバい修羅場に巻き込まれることが何度もあったっけ、そんなときにはいつ も助け合っていたよな。  普段は喧嘩してても、本当に困ったときには協力し合える。お前みたいな奴のことを、 『親友』っていうんだろうな。  ところで、俺が今どこにいるか分かるか?  驚くなよ、紅白だ。そう、あの紅白歌合戦の会場だよ。びっくりしたか?  十二月三十一日、大晦日の最後を飾る一大イベント。その大舞台で、今から俺は歌うん だ。  昔から、俺は勉強は全然ダメだった。ああ、お前もだったな、二人してよく先生に叱ら れたっけ。  そんな俺の、唯一の取り柄が歌だった。歌うことが、好きで好きで大好きでたまらなか った。 2/4  初めてお前らに俺の歌を聴いてもらったとき、お前は涙を流して喜んでくれたよな。そ のうち評判になって、人を集めてリサイタルの真似事なんかもするようになった。みんな 泣きながら褒めてくれて、俺は人前で歌う喜びを知ったんだ。  俺は心に誓った。歌手になり、日本中の人に俺の歌を、心を届けよう。  それから練習を重ね、俺は歌手のオーディションを受けた。結果は知っての通り……ダ メだった。いくつ受けても合格できなかった。  でもなあ、どう客観的に聴いても考えても、俺の歌が周りの連中に劣ってるとはどうし ても思えなかったんだ。俺は思い切って審査員に聞いてみた、俺の歌の何が悪いのか。 「君の歌は……インパクトがありすぎるんだ」  困った顔で答える審査員。  そうなんだ、自分でも薄々気づいていたことなんだが、俺の歌は『上手すぎる』んだ。 もし俺が世に出たら、他の名だたる歌手の歌が霞んでしまう。だから、俺をデビューさせ るわけにはいかなかったんだよ。 3/4  俺は悩んだ。  そんなときに手を差し伸べてくれたのは、やっぱりお前だったよな。 「そう、君の歌は上手すぎるんだ。だから、少しばかり下手にした方がいいんだよ。こん な薬を持ってきたんだけど、よかったら飲んでみて。これにはね、君の声を抑える効果が あるんだ」  そう言って薬を手渡してくれた。  正直、半信半疑だったぜ。でも、だまされたと思って飲んでみたら、それからはオーデ ィションに次々と合格するようになったんだ。まるで魔法だぜ。  そして俺は晴れてデビューを遂げ、今や日本を代表する歌手だ。へへ、自分で言うのも 恥ずかしいんだがな。  俺は忙しいが充実した毎日を送っていた。  そんなときだったよ、お前が結婚するって聞いたのは。あれには驚いたな。まさかお前 が、俺たちのアイドルだったあの子と結婚することになるなんてなあ。  今だから言えるが、実はウチの妹もお前に惚れてたんだぜ? お前はてっきりアイツと くっつくもんだと思っていたから、妹の幸せを願う兄としちゃあ複雑だ。  それでも、心から祝福させてもらうぜ。おめでとう。 4/4  今日の舞台では、俺は薬を使わないつもりだ。本気の自分を出してみたいんだ。  デビューして以来、薬を飲まず地声で歌ったことなんてないからさ、何だかちょっと緊 張しちまうぜ。  全国ネットで、みんなに俺の本当の声を聞いてほしい、そんな気持ちももちろんある。 けどよ、一番の理由はお前だよ。俺はお前のために歌うんだ。  ガキの頃からの親友のために、俺は本気で歌いたい。今日の舞台は、俺からお前に送る 結婚祝いのプレゼントだ。  さて、いよいよ本番だ。舞台袖でじっと待つ。 「さあ次に登場するのは、彗星のごとく現れた大型新人!」  司会者が俺の名前を呼ぶ。さあ出番だ。  じゃあ行くぜ、お前に捧げる歌だ。心の友……のび太。 **無題4 作:◆P6rBQWtf4 お題:「冬」 1/2  土鍋に水を張りコンロにかけ、昆布で出汁をとる。 「北海道利尻産の昆布だ。いい出汁でるぞ~」 「パパ、料理できるんだね、見直したよ」 「はは、お父さんは鍋奉行なんだ、鍋にはちょっとうるさいぞ」  沸騰する直前にサッと昆布を取り出し、白菜を投入。 「はい、あなた、白菜切っておいたわよ。これくらいでいいかしら」 「うむ、上々だ。腕を上げたな、お前」 「もう、あなたったら」  白菜がしんなりしてきたところで、鶏肉の出番だ。もも肉を入れ、中火にして蓋をする。 「秋田産の比内地鶏だ、高かったんだぞ」 「おいしそうだね、パパ。はやく食べたいな」 「まだまだ、我慢だ我慢」  グツグツと煮立ってきたら、吹きこぼれないように弱火にし、しばし待つ。 「あなた、ビールと日本酒、どっちにする?」 「それより君に酔いたいな」 「もう、馬鹿……」 2/2  頃合いを見て春菊、ネギ、えのき、しらたき、豆腐を入れ再び蓋をする。 「お腹減ったよ~パパ」 「あせるなあせるな、あと三分」  さあ、そろそろいいだろう。小皿に取り分けポン酢をかける。 「はい、今日は奮発して、発泡酒じゃなくプレミアムモルツよ」 「おお! さすが我が妻、話がわかるぅ~」  いよいよ待ちに待った瞬間だ。白菜と鶏肉を一緒に口に運び、ふうふうと息を吹きかけ 一気に放り込む。弾力のあるもも肉とみずみずしい白菜、噛みしめると口の中にじゅわっ とうま味が広がる。  うむ、最高だ。やはり冬は鍋にかぎる。  ただ欲を言えば、やはり鍋は大勢でつつきたいものだ。一人三役で一家団欒風に盛り上 げようとしてみたが、むなしいだけだと気づいた。  カヨコ、タカシ、お父さんが悪かった。もう浮気なんかしないから帰ってきておくれ。  プレミアムモルツをぐいと飲んだ、何だかしょっぱい味がした。 -----

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