小説アイドレス090202

Avant


レンジャーは正義心を持つ。

これはレンジャーの訓練終了時、女性長官がレンジャーの条件として、シンボルの入ったバックルとともに合格者に授ける言葉である。

正義。

第7世界での広義、すなわち日常的な意味においては、道理に適った正しいこと全般を意味する。

戦争においては、それぞれの信念だといっても差し支えないだろう。
その譲れぬ信念を通すために、それぞれ戦うこととなる。

味方はもちろん敵には敵の、正義があるのだ。

レンジャー連邦民である自分にとっての正義とは何か。

それは単純なことであった。

愛のために。


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『電脳適応アイドレス』

疫病が連邦を覆う時



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悪夢。

あたり一面の死体、人間の骸。

自分自身の変化。

体中を黒いものが多い尽くしていく。

喪失感、そして違和感。

体の中を、正体不明の何かが蠢く感覚。

暗い闇の中で、決定的な何かが変わってしまうのを確かに感じた。

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何も考えれず、肩で息をしながら空を見上げていた。

どくん。

傷口で何かが蠢き、思わず声を上げる。

しかし、その痛みで我を取り戻す。
自分の姿をみると、暴行を受けたようなひどい有様だった。

その自らの姿を認識した瞬間、理性が警告を上げる。
思い出すなと。

そんな理性とは関係無しに、先ほどまでの悪夢が激しくフラッシュバックする。




活気がありつつも、レンジャー連邦らしい穏やかな雰囲気したオアシス公園。
その穏やかなな雰囲気をを打ち破る激しい悲鳴。
混乱、暴動。
肉をむさぼる、人の群れ、群れ、群れ。

慌てて、人の群れの中に飛び込む。
レンジャーの特訓で覚えた合気で襲い来る人を捌きつつ、ひときわ大柄な男に傷をつけないように関節を決める。
しかし、関節を決められた男はをまったく気にせず雄叫びを上げる。

ごきっ

鈍い音がして、男が振り返る。

そこからはまるで地獄絵図のような光景。

押さえつけられる手。肉を貪ろうと自分に群がる人。

腕に激痛。首を、わき腹を、腿を。

あらゆる箇所が噛み付かれ、服ごと食い破られる。

その痛みに絶叫を上げつつ暴れる。

目の前の男に頭突きをいれ、腕の力が緩んだところで首を打つ。

体が自由になったところで、襲い来る人々に向かって攻撃をする。

しかし、襲いかかる人の群れは倒しても倒しても立ち上がり向かってくる。

人に襲われる恐怖。

その恐怖を振り払うべく、顎をうち、こめかみを殴り、人中を突く。
水月を打ち、金的を蹴り、関節を折り、相手の集団に投げ入れる。

相手の汗と、涙と、血と、涎でべとべとになりつつも襲い来る人々を容赦なく打ち倒す。

人型である以上、関節や急所には変わりない。
動くものが無くなったところで、痛みと疲れ、そして恐怖に気を失ったのだった。




現状を認識。

気を失っていたのは一瞬だったようだ。
悪夢の続き、目が覚めた場所は地獄だった。
辺りには、血と泥にまみれた人の群れがうめき声を上げている。
普段はカップルや、家族連れで賑わうオアシス公園は悲鳴で溢れていた。
親子が、恋人同士が、家族が、人が人を食らう、悪夢と呼ぶにふさわしい光景が広がっていた。
一面に横たわる事切れた人間の骸。
まるで出来の悪いホラー映画のようだ。

マンイーター。

その言葉が脳裏に浮かぶ。
発症すると、人を食らうようになるといわれている、正体不明の病気。
恐らくそのマンイーターが現状を引き起こしたのだろう。
キノウツンで発見されたのを皮切りに、レンジャーでも発見されたのはつい先日のことだ。
それから、たった数日。
病状が変化したのか、爆発的に発症者が増え、現在は発症から1日で命を落とす病気に変化している。
人の肉を貪り、事切れていくのだ。
社会基盤の崩壊は一瞬だった。
他国と連絡が途切れ、交通網が停止する。
そうなると陸の孤島である、レンジャー連邦に逃げ場はなかった。

どくん。

自分を押さえつける手、腕に感じた激痛。
先ほどの悪夢を思い出した瞬間から、傷口が波打ったように感じる。

どくん。

噛み付かれた腕が、熱を持ち痛む。
その痛みは全身へと広がっていく。

胸の奥、内臓から違和感を感じ、耐え切れず吐瀉物を撒き散らす。

どくん。

傷口が波打つたびに感じるのは、自分自身が変わっていく感覚。
そして本能に襲い来る、耐え難い飢餓感。
それを意識した瞬間、そのあまりにも鋭い感覚が意識を覆う。

苦しい、苦しい、苦しい。

目からは涙がとめどなく流れ、うまく息が出来ず、ひゅーひゅーと吐瀉物と血と涎にまみれた息が漏れる。
灼熱でも飲み込んでいるかのように、腸が、喉が激痛を伝える。

痛い、痛い、痛い。

「がっ・・・がああああぁぁぁ」

あまりにもの激痛に、背筋を反り返らせ、喉を押さえて言葉にならない絶叫を上げて転げまわる。

苦しい、苦しい、苦しい。

思考が、その悲鳴で埋め尽くされていく。

苦しい、苦しい、苦しい。
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。

その悲鳴が、徐々にとある欲求へと変化していく。

苦しい、苦しい、苦しい。
血が欲しい肉が欲しい。
血が欲しい肉が欲しい、血が欲しい肉が欲しい、血が欲しい肉が欲しい。

人間の血と肉だけが、自分の中を暴れる飢餓感を満たすことが出来ると直感が訴える。

「・・・!?」

どくん。

痛みの中、何かが聞こえて傷口が、自分の中の違和感がその音に反応する。
視線が離れた場所で泣き叫ぶ、赤ん坊を捕らえる。
自分の中の本能が訴える。
あれを喰らえと、この救いようのない飢餓感を満たすものはあれだけだと。

血が欲しい肉が欲しい。

その欲求に思考が埋め尽くされ、その飢えを満たそうと、まるで夢遊病者のように意識せず赤ん坊に向かって足を向ける。

ずる。

何かに足を取られ、無様に地面に転がる。
足先に目を向けると、そこに転がっていたのはレンジャーのシンボルを模ったバックルであった。
それは服を食い破られたときに、一緒に千切れたであろうバックル。

それを目にした瞬間、霧のかかっていた思考が一瞬だけクリアになり、ある言葉が脳裏に浮かぶ。

「レンジャーは正義心を持つ」

がり。

その言葉を思い出した瞬間、一番大きな傷のある腕に自ら噛み付いていた。
自分を変えようと波打っていた傷口、それを体外に排出するかのように噛み千切る。
その行為は心休めに過ぎないだろう、しかし血と肉を口に入れたことにより耐え難い飢餓感が少しだけ薄まったように感じる。

正気を取り戻し、上着を引き破り傷口を押さえつつ思考するが出血のせいか、複雑な思考が出来ない。
ただ単純な問答。

現状に正義はあるか、否。

この事態を食い止めるべく人を倒すことに愛はあるか、否。

正義を守るべく、自国民と戦うという矛盾した行為。
赤ん坊の声に引き寄せられたのか、肉を貪ろうと人々の群れが集まってきていた。

自分に今一度問いかける、正義心はあるのか。

その答えは出ぬまま、バックルを拾い赤ん坊の前に飛び出す。
幼きころにテレビで見たヒーローの様に、バックルを天に掲げ声も高らかに一言。

『無限・爆・愛!!』

声もむなしく、広場に静寂が満ちる。
大声に驚いたのか、赤ん坊の泣き声はやんだようだ。
どのような構造になっているのか、レンジャー変身機能は正義心を感知するらしい。
この戦いには愛がない、自分でも感じていることだった。
変身できないのも無理はないかもしれない。
『愛』という陳腐ともいえるこの言葉のために、今まで何の迷いもなく戦いを続けられた。
変身できないとなるときついなあ、とこの状況で何故か笑みがこぼれる。
自分の行動がひどく滑稽に感じたのだ。

レンジャーという職業は連邦では廃れてしまった歩兵である。
猫妖精にスターファイターと歩兵には向いていない、非効率なアイドレス。
その真価は、往年の特撮ヒーローのごとく5人揃ったときに発揮されるのであるが、今現実装備しているのは自分しかいないという事実。

どこまでも矛盾している現状に、笑いが止まらなくなる。
ひとしきり笑った後に、自分の中に救っていた黒い感覚が薄まっていることに気づく。
相変わらずの傷に痛みは感じるが、先ほどまでとは違って思考はクリアだ。

確かにこの戦いに、愛はないかもしれない。
ただ、ここで戦わないのは自分の正義心に反する。
理論立ても出来ないその回答がどうしようもなく正しいと感じた。

先ほどの声と笑いを聞きつけたのか、赤ん坊からターゲットを変えた人の群れが近づいてくる。

ホープだったころから愛用しているサングラスを胸ポケットから取り出す。
ひびは入っているものの、この騒動でも原形はとどめていたようだ。
泣きそうな表情を隠すように眼鏡の代わりにサングラスを装着する。

レンジャーとホープは似ているのかもしれないと、ふと思う。
ヒーロー。希望。絶望への反逆者。
とりとめのない単語が次々と思い浮かぶ。
そして浮かぶ、時代がかった台詞で相手を小ばかにする友の顔。
こんなところで戦うのをやめたら、また馬鹿にされるんだろうな。
その友から勇気を貰うかのようにバックルを天に掲げ、もう一度台詞を高らかと上げる。

『無限・爆・愛!レンレンジャー!!』

当然のように反応しないバックル。
しかし、それも気にせず道化のような時代がかった台詞を張り上げる。
小さいころ憧れ、考えた自分のヒーロー名を。

「レンレンジャー・バーミリオンサンダーレッド推参!」

絶望に負けるものかと、無理やりに相手を小ばかにしたような笑顔を浮かべて叫ぶ。
今は力も持ち合わせていないが、絶望の反逆者は、ヒーローはここにいるぞと。

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マンイーターのワクチンが散布されるのはこの出来事からもう少したってからのこととなる。
最終更新:2009年03月11日 17:03