小説アイドレス090414

目の前に出されたのは、真っ赤な液体の入った丼。
その中身は地獄の釜もかくやと、ぐつぐつと煮えたぎっている。
その光景に冴木悠は息を呑むが、覚悟を決めて一気に目の前のそれをかきこむ。
飲み込んだ少し後、喉に感じたのは痛みだった。
辛さを通り越した痛み、それが気管で暴れまわる。
あまりの痛みに、机の上に突っ伏し、弱々しい声で一言。
「・・・水のお代わりお願いします」
情けないことこの上ない姿だった。


/*/



『電脳適応アイドレス』

黒い日の一幕




/*/


そこに広がるのは異様な光景だった。
冴木悠同様に、一人陰鬱な表情で黙々と炸醤麺をすする姿が店内のそこかしこに広がっている。
「それで、何なのこの状況は?」
冴木悠を探して現れた恋妖精ラヴが、その光景に声を抑えて問いかける。
「今日は第7のとある国での記念日なんだよ」
辛さにも慣れてきたのか、炸醤麺を啜りつつ答える冴木悠。
その答えに納得いかないのか、眉をひそめるラヴ。
「とても、記念日とは思えない雰囲気なんですけど」
「今日が何日か覚えてるか?」
「えっと、4月14日だっけ」
「そう。そして2月と3月の記念日と同じ日だ」
「14日って言うとバレンタインデーとホワイトデーよね。それと今日が何の関係があるのよ?」
「・・・」
問いに答えず、炸醤麺の汁を飲みほしにかかる冴木悠。
その態度に気分を害したのか、少し大きめの声で聞き返すラヴ。
「今日は何の日か聞いてるんですけどー!」
大きな声にうつむく冴木悠。
(ちょ、ひでえな)
(本人に聞くかよ)
その光景に回りで聞き耳を立てていた人たちに、ざわめきが広がる。
「答えろって言ってんのよー・・・って、ちょっと何泣いてんのよ」
うつむいて震えている冴木悠。
泣きそうになりながら怒鳴るも、予想外のリアクションにたじろぐラヴ。
「泣いてなんかないわー!これは、そう、炸醤麺が辛(から)かっただけだ」
「えーと・・・うん。辛(つら)いことだったのね、いろいろごめん」
「違ーう、辛(つら)いじゃなく辛(から)い。字面同じだからって、うまいこと言ったつもりか!」
「いや、全然そんな含みを持たせるつもりはなかったんだけど。それで、結局何の日なのよ」
このままでは埒が明かないと感じたのか、もう一度聞き返すラヴ。
「4月14日、ブラックデー。先月、先々月のイベントで恋人ができなかった奴らが一人寂しく炸醤麺を啜る日だよ」
興奮してきたのか、うがーと叫びつつ立ち上がり続ける冴木悠。
「そうさ、俺らは愛の国と呼ばれるレンジャー連邦でも愛にたどり着けなかった哀れな独り者だよ。哀れで悪かったな、こんにゃろー!!」
「うわあ・・・」
あまりの内容と剣幕に一歩引くラヴ。
「憎い、カップルが憎い。いちゃいちゃしやがって、おのれ~」
冴木悠の睨む方に顔を向けると、多数のカップルの姿が見える。
向かいの喫茶店では『オレンジデー!愛を確かめよう、カップル限定オレンジフェアー開催中』との垂れ幕がきらびやかに吊ってある。
「これは、何の嫌がらせだ。一人寂しく麺を啜る奴らの目の前で、愛を確かめる日だあ。なめんなよー!!」
おもむろにトレードマークのサングラスをかけて、雄叫びを上げる冴木悠。
その雄叫びに店の中で同様に麺を啜っていた人たちが立ち上がり呼応するように叫び始める。
(そうだ、よく言った)
(俺らに見せ付けるようにいちゃいちゃしやがって)
(憎い、奴らが憎い)
(俺たちだってチョコを貰ったり返したり、いちゃいちゃしたいさ)
なぜか立ち上がった人に、サングラスを配る店長のおっさん。
「うわあ・・・あれ」
先ほどより離れた位置にいたラヴが、一人の台詞に反応し声を上げる。
「そういえば私、悠にチョコあげたわよねえ」
その一言に店中の視線が、悠に向けられる。
冷たい視線に少々怯える悠。
「え、ああ、あれか。あれ全部ちょこに食われちゃったんだよなあ」
「なんですってー!あのー、げっ歯類めー!!」
この場にいない、大喰らいの同居人に怒りの声を漏らすラヴ。
「しょうがないわね。もう一回作ってあげるから、次はちゃんと食べなさいよね」
照れながらしゃべるラヴのその姿を見て、悠に向けられる視線がさらに冷たくなる。
「あの大きさのチョコ作るのは大変なんだからね、感謝しなさいよ。私の体よりも大きいのよ」
真っ赤になりながらも、その大きさを自慢するラヴ。
体よりも大きいという台詞にざわつく面々。
「ちょっ、体よりも大きいって。元々お前の体自体が・・・」
『がたん』
悠の台詞を遮るように、店中に椅子の倒れる音が一つこだまする。
音の方向を見ると、店長の札を付けた禿げたおっさんが一人。
その頭が、店の照明を浴びてきらりと光る。
うわー見事な頭だと冴木悠が気を取られた瞬間に、無言で悠の脇を押さえる2人のブラックメン。
「え、あれ・・・」
事態についていけず、店長の方に顔を向ける冴木悠。
店長は好々爺といった人のよさそうな笑顔をにっこり浮かべ、
「わしらの前でいちゃいちゃするとはのー」
首を切るジェスチャーをして、親指を下に向ける。
「Death!!」
以外に流暢な英語と共に、表情一変。これ以上ないくらい、憎悪に満ちた表情に変わる。
「え、ちょっと、ちょっとまてえええぇぇぇーーー」
店長の合図と共にサングラスをかけたブラックメンに厨房の方向に連行される冴木悠。

「それでね、あんたが甘いものが苦手って言うからね、かっしーの同窓生の陽菜ちゃんに甘くないチョコの作り方をね・・・」
その場に残されたのは連行された悠に気がつかず、あいも変わらず照れながらしゃべるラヴ。
そんなレンジャー連邦の黒い日のある一幕。
最終更新:2009年04月30日 17:01