百万人。
レンジャー連邦において発表された、夢の剣事件の被害数である。
先日のマンイーター事件に続いての惨状。
ある人物が言ったように、人々の心は折れていた。
第七世界人である冴木悠も、猫士もしかり。
雲ひとつない青空。
本来なら絶好の子供の日々よりであろう快晴。
レンジャー連邦南部、王城前広場。
人気のない広場では、大きなこいのぼりが寂しそうにたなびいていた。
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『電脳適応アイドレス』
夢の傷痕
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冴木悠は、広場中心にて空を見上げる。
雲ひとつない青空。
大きなこいのぼりが空をたなびく。
天気、光景にそぐわない不自然なまでの人気のなさ。
王城前の広場にでありながら、閑散としたその光景に冴木悠は薄ら寒いものを感じた。
国中が喪に服しているようである。
後日、藩国としても国葬を行うようだ。
目を瞑り、被害者に黙祷をささげる。
マンイーター事件に、夢の剣事件。
自分にも何か出来ることはあったのではないか。
後悔と自己嫌悪が身を振るわせる。
ある種天災に近いような事件ではあったが、それでも防ぐことは出来なかったのだろうか。
やるせない。
普段気ままな生活を送っている分、こういうときにはいつも後悔をする。
ぎゅ
腰をつかまれる感覚。
目を開き視線を向けると、そこにいたのは一人の少女だった。
小さな身体に、ボブカット。
そこにいたのは、ナツメというなの猫士の少女であった。
表情は悲しみに彩られている。
少し離れた場所には、一匹の黒猫。
ヒスイという名前の通り、翡翠色の眼で空を見上げていた。
言葉もなく、空を見上げるその姿には哀愁が漂っている。
彼らは、現在警察署に詰めていたはずである。
次々と報告される被害を直接受けていたのであろう。
2人の姿には疲れが見える。
精神的にも子供なナツメには相当こたえたのだろう。
普段の快活な様子は見る影もない。
今自分に出来ることは何だ。
悲しいのは自分だけではない
子供を不安がらせるなどもってのほかだ。
自分らしく、自分らしく。
深呼吸をして、気分を入れ替える。
ナツメの頭をわしゃわしゃとなでる悠。
「交代の時間だろ、飯でも食いに行くか。今日は特別にお兄さんがおごってやろう」
不安げにこちらを見るナツメに向かって、にっこりと笑顔を見せて言う。
「うん、ありがと」
いつもの快活さには、程遠い。
それでも先ほどよりは幾分かましな様子で返事する。
「よし、いくか。ヒスイも来るよな」
ナツメを抱きかかえ、先ほどから一声も発していないヒスイにも声をかける。
こくりと頷き、悠に寄るヒスイ。
彼は相変わらず、一言も発していない。
悠の急な行動に降ろしてーと言いながらも、嬉しそうに騒ぐナツメ。
性別も性格さえも、まったく違う2人の猫士。
この2人、同じ番で警察署に詰めてどんな会話をしてるのかとふと疑問に思う。
飯でも食いながらそこらへんを聞いてみるか。
「何か食いたいもんある?」
「えっとねえ、【バタフライアイス】でジェラート食べたい~」
「昼からデザートは勘弁してくれ」
悠の後ろでこくこくと、いつもより大きめのリアクションで頷くヒスイ。
なんとなくだが、仕事時間もナツメに振り回されるヒスイを幻視する。
「お前も大変だな」
後ろを歩くヒスイに声をかけると、分かってくれるかと言った具合に大きなため息をつく。
「それじゃあねえ、【Friendship&Love】でもんじゃ食べる~」
「よっしゃ、久々に俺のヘラさばきを見せてやるとするか」
「えー、『悠のヘラさばきはまだまだ素人だね』ってこの間空が言ってたよ」
「ぐっは、確かに彼女とは比べ物にはならないけどな」
「そんなことより、『ホームメイドオレンジジュース』頼んでもいい?」
「そんなこととは何だ、これでもこの間ついにヘラランクが金色にだな」
「金色って凄そうだけど、普通に焼けるレベルじゃなかったけ」
そんな会話を聞きつつ、冴木悠の後ろを歩くヒスイ。
子供が悲しむ姿だけはいただけない。
絶望が世界を覆うとする中。
今この場だけではあるが、笑顔が戻ったことに感謝しよう。
冴木悠を見上げるヒスイ。
そこには何故か、肩車をしているヒスイに頬を引っ張られている姿で言い争う悠の姿があった。
その光景に、もう一度大きなため息をつくヒスイであった。
最終更新:2009年05月25日 12:59