小説アイドレス090516

雲ひとつない五月晴れ。
レンジャー連邦は今日も快晴である。



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『電脳適応アイドレス』

ナツメとの休日




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先日の一件で懐かれたのか、冴木悠の下には猫士のナツメが遊びに来ていた。
「ねーねー、ゆ~う~。ナツメ今日非番なんだから遊びに行こうってばー」
「んー、ちょっと待ってくれ。むう、この手があったか。」
冴木悠の背中に乗っかりながら遊びに誘うナツメ。
しかし、冴木悠の反応はそっけないものであった。
目の前のマグネット盤を見て、本を読んではうなっている。
読んでいる本は『将棋定跡集』。
最近将棋でこっぴどく負けたらしく、勉強中なのである。
「ふむ、これでどうだ」
ぴしゃ。
マグネット盤上の駒を一つ動かし、本をめくる。
「よっしゃ、正解」
「きゃー」
悠が急に立ち上がり、ナツメが振り落とされそうになるがそれが存外に楽しかったらしい。
「悠終わった? 遊びに行こうよ」
「いや、後1問待ってくれ」
「えー」
乗ってきたのか、冴木悠はマグネット盤の上にあぐらをかき考え込んでいる。
「もー暇だよー」
ナツメは数年前にはやった、とある動物のように悠の背中で垂れる。
見事な垂れっぷりである。

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ナツメは暇をもてあまし、悠の背中から部屋の中を観察している。
やがて悠の背中から降りて部屋漁りを始める。
「あんまり荒らすなよー」
「はーい」
本棚もなく部屋の隅に積み重ねている本の束。
ジャンルには統一性がなく、小説から料理本、漫画に童話に参考書と様々だ。
棚の上には、たくさんのサングラス。
冴木悠は、ホープとして掛け始めたサングラスが気に入ってファッションとして常備しているらしい。
ナツメ、これをいくつかかけては鏡を見て騒ぐがすぐに飽きる。
少し離れたところには筋トレグッズの数々。
ハンドグリップにエキスパンダーにダンベル。何を考えて買ったのか鉄下駄が見えたりもする。
一緒においてあるダンボールの中には、大量のサプリメントにプロテイン。
ナツメはその中から、縄跳びや巨大なゴムボールを取り出して遊びだす。
自分の体ほどありそうなダンベルを持ち上げようとして、気づいた冴木悠に止められる。
ある一角にはお酒の瓶が並んでいる。
旅行が趣味らしく、壁の一面には貼ってあるペナントの数々。
これに何の意味があるのだろうと首をひねるナツメ。
悠の方を見るとお茶を飲みながら、相変わらずマグネット盤の前であぐらをかいでうなっている。
自作だろうか、茶飲み茶碗は不恰好でひらがなで自分の名前が入っている。
その後ろには、立派な盆栽が並んでいる。
「悠ってさー」
「うーん」
生返事を返す悠。
「趣味が結構渋いよね、おっさんくさい?」
「ぶ」
飲んでいたお茶を噴出す。
「そ、そうか」
「うん」
「・・・」
子供の素直な答えに返す言葉がなく、沈黙が部屋に満ちる。
「そういえば、筋トレのグッズがいっぱいあるよね」
「あ、ああ。最近お腹まわりの筋肉が落ちてきたんで筋トレに力を入れてだな」
「太ってきたんだ、実際に体を動かすのが一番じゃないの?」
「・・・」
再度、部屋に満ちる沈黙。
「さて、そろそろ外に遊びに行くか」
「わーい」
悠は沈黙に耐え切れず、おもむろに立ち上がり外出準備を始める。
時に子供の素直な言葉は、どんな言葉よりも痛烈である。

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「天気もいいことだし、王城前広場でもいくか。」
「おっけ~だよ」
手をつなぎ王城前広場に向かい歩く二人。
この男意外と面倒見がいいのである。

「おーい、兄さん。こっち、こっち」
悠は呼ぶ声に辺りを見回す。
カフェテリアの中から手を振っていたのは、線の細い少年。
連邦大学生で冴木悠の弟分の勅使河原龍之介である。
同じ席には、同じ学部の学生だろうか数人の男女が見える。
その中の何人かは見覚えがあり、軽く手を上げると会釈で返してくる。
仲間に一声かけ、店を出てくる龍之介。
「よっ、龍」
「よっと兄さん、こんにちは~」
悠に挨拶をして、ナツメと目線を合わせるために膝をおとし話す。
その表情はにっこりと、この辺女の子にはやさしくと冴木悠の教育の成果が見える。
「こんにちは~」
元々人懐っこい正確のナツメ、元気に挨拶を返す。
「ナツメ、こいつ勅使河原龍之介。通称てっしー、俺の弟みたいなもんだ」
「よろしく、てっしー」
「てっしーは勘弁してよー、兄さんにナツメちゃん」
「んじゃー、龍ちゃん」
愛想をよくしすぎたのか、いきなりちゃんづけである。
「まあ、てっしーよりはマシか。よろしくね、ナツメちゃん」
「ところで、友達はよかったのか?」
「うん、集まってレポート作成してたんだけど、ちょうど上がったとこだったからね。それよりも兄さんたちこそ、どこに行くの?」
「うん、子守・・・じゃなくて遊びにな」
子守の答えに、頬を膨らませるナツメ。それに気づき、すぐさま言い直す悠。
「天気がいいから王城前広場まで向かうつもりなんだけど、お前も行くか」
「うん、僕も行く。いけない、レポート提出期限今日までだから先に出してきてから向かうよ」
言うが早いか、大学方面に向かって走り出す龍之介。
「じゃ、また後でねー」
遠くなっていく声。
「おー、元気だなー」
「やっぱり、おっさんくさいよ」
「ぐ、このがきゃー」
両拳をナツメの頭にあてぐりぐりと制裁を加える冴木悠。
きゃーと声を上げつつも嬉しそうなナツメ。
結構楽しそうである。

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連邦南部王城前広場には数組の家族連れの姿があった。。
それでも夢の剣事件前と比べると、だいぶ静かである。
やはり、事件が人々に与えた痛手は大きい。
「こいのぼりは片付けられたんだねー、いい天気なのに残念」
「あれ、レンタル品だったからな。期限で返さなきゃいけなかったんだよ」
レンタルに加わっていた身には寂しい限りである。
こいのぼりの件は残念ではあるが、雲ひとつない快晴。
この陽気を楽しまないのはもったいないと散歩を楽しんでいると、噴水の辺りには人だかりが出来ていた。
人一倍好奇心旺盛なナツメは、人だかりの原因を確かめようと人ごみの中に入っていく。
冴木悠も背伸びして除いてみると、噴水の前には大勢の子供にたくさんのダンボールが積んであった。
ダンボールから出てきたのは大量の水鉄砲。
「へー、水鉄砲か。そういえばむつきさんがこどもの日に合わせて買い込んだって言ってたな」
「覚悟ー!」
その声に反応し、反射的にその場から飛びのく。
ぴゅー
声の大きさとは反した微妙な勢いで、先ほどまで冴木悠のいた場所に水しぶきがかかる。
攻撃してきたのは、もちろんナツメである。
手に入れた水鉄砲で、さっそく攻撃してきたようだ。
冴木悠はそんなナツメを見て、にやりと笑い大きく声を上げる。
「奇襲をする際に声を上げるとは馬鹿なやつめ。俺がそんな攻撃に当たると思ったか」
ぴゅー、ひょい。
ぴゅー、ひょい。
水鉄砲を大げさなリアクションで避ける。
「ふははは、こんな豆鉄砲を避けるなど造作もないわ」
だんだん楽しくなってきたのか、ナツメが笑いながら声を上げる。
「にゃははは、みんな掛かれー」
回りで見ていた子供たちが、その掛け声を皮切りに一斉に冴木悠に水鉄砲を浴びせる。
「ちょ、さすがにこの人数は」
たかが水鉄砲とはいえど、さすがにその量は避けきれず水浸しになる冴木悠。
「にゃははは、戦いは数だよ兄貴ー」
ナツメはどこで覚えてきたのか、随分と立派な台詞をはく。
「ちょ、その台詞はいろいろまずいから自重しろな」
「おーい、兄さん。うわ、大丈夫なの」
遅れてやってきた龍之介は、水浸しの冴木悠の姿を見て驚いている。
「お、龍いいとこに来た、ほら」
冴木悠は、子供から水鉄砲の一つをくすねて龍之介に投げる。
その水鉄砲を、空中でキャッチして冴木悠を撃っている子供に発射。
そのまま流れるような動きで、銃をくるくると回転させズボンに挟み込む。
「兄貴を蜂の巣にしようたあ、ふてえガキどもだ。兄貴をやろうっていうならこの勅使河原龍之介が相手だ。死ぬ覚悟が出来たやつからかかってきな。」
先程までとは違った雰囲気で話す龍之介。その違いようは、まるで2重人格のようである。
『おおー』
まるでTVの時代劇のような立派な名乗りに、子供にそれを見ていた親も一緒に歓声を上げる。
中には拍手をしている人までいる。
「よっし、盛り上がってきたな。ほれ龍」
冴木悠は予備のサングラスを懐から取り出し龍に渡し、自らもサングラスをかける。
二人揃ってサングラスをかける。
冴木悠は腕を組み、意地の悪そうな笑いを上げる。
その様は、どこから見ても悪党のそれである。
「それじゃ龍、やっちまいなー!」
「がってん、兄貴」
きゃーきゃーと騒ぐ子供の中に、水鉄砲を乱射しながら突っ込む龍之介。
高笑いを上げる冴木悠。
この人物面倒見がいいと言うよりも、まるで子供のようである。

雲ひとつない五月晴れ。
世界には悲しみが満ちているが、レンジャー連邦は今日も快晴である。
最終更新:2009年05月25日 12:58