小説アイドレス外伝 真夏の夜の夢1a

夢の剣事件における国葬の場においても、私は母の死について特別な感情が浮かばないことに驚いた。
藩王による献花、遺族代表による弔辞が実際に目の前で行われているのに、それについても特別に悲しいとは思わないのだ。
皆がうつむいて話を聞く中、私は一人空を眺めていた。
雲ひとつない快晴だった。
式は進み、追悼の鐘の音に合わせて1分間の黙祷に入る。
周りの人にならって、目をつむり母のことを思い浮かべる。
次々と流れる母との思い出。
やがて黙祷が終わり目を開けた時、ここで初めてもう母に会うことはできないのだと実感した。
突然襲い来る悲しみに、堪えることもできず涙と泣き声がこぼれでる。
今まで身近な人の死に触れてこなかった自分にとって、この別れはあまりにも突然すぎたのだ。



『電脳適応アイドレス外伝』
真夏の夜の夢1a



マンイーター事件に、夢の剣事件。
立て続けに起こった悪夢のような事件。
その被害は国中を襲い、そして例外なく私にも訪れた。
母の死である。

80509002

その日、夢の剣事件の国葬が南都イカーナ岬慰霊碑にて行われた。
一度出た涙と泣き声は止めることができず、国葬後も私は幼子のように慰霊碑の前にて一日中泣き続けていた。

国葬が終了し人々が家路につくと、あたりには人気がなくなる。
連続して起こった事件の影響だろう。
最近ではまるで国中が喪に服しているかのように閑散とした状況が広がっている。
日が落ちて世界が赤から黒に変わろうという時間、泣き腫らし声も涸れ、私は放心状態で空を見上げていた。
雲ひとつない空。
夜に変わろうとする紺色の空の色がどうしようもなく不吉なものに感じる。
「世界は、かくも悲しみに満ちているか。」
生気を感じない乾いた声。
いつの間にそこに立っていたのだろうか、全く人気を感じていなかったので急に聞こえてきた声に驚き体を硬くする。
視線の端にいつの間にか現れていたのは、黒ずくめの男性の後姿だった。
男性は私には見えない何かが見えているかのように、まるで雨や雪を掴むかのように上に向けた手のひらを眺めてこぶしを握る。
「異常なリューン、これ以上集まるようだと大変なことになるな。いやすでに、僕がこの場に現れたことが異常か」
こちらの様子に気づいていないのか、自嘲気味に笑いをこぼす。
あたりは完全に日が落ちてしまい、人気も全くない状況。
肌をさらすレンジャー連邦の服ではない、まるで自らを隠すかのような黒いマントにフードを羽織った男性。
闇の中に浮かぶ黒い影、まるで幽霊のようである。
私はその異様さにおびえ、恐怖に後ずさる。
男性はそこで初めて私に気づいたのだろう、体を私のほうにむける。
そして男性の放った一言は予想外のもの、あまりにも平凡なものだった。
「こんな時間に一人は危険ですよ」
「え…なに」
「いや、女性がこの時間に一人は危ないかなと思うんですが」
そのあまりにも平凡で当然な言葉がつぼに入り、笑いがこみあげてくる。
「え、あれ、そんなに変なことを言ったかな」
ひどく人間臭い、慌てたような恥ずかしいような、そんな声。
その男性のフードからのぞく顔は真っ赤になっている。
物腰の柔らかい、優しそうな男性。
先ほどまで、その姿におびえていた自分が滑稽に思えて声をあげて笑う。
真っ赤になって慌てる男性の様子に、そんな男性に本気でおびえていた自分に、突然すぎる母親の死に。
いろいろな感情が混じり合い、泣きとも笑いともつかない状態で私は声を、そして涙を漏らした。

男性はそんな私の様子を見て、特別なことをするわけでもなくそばで見守ってくれた。
「ごめんなさい、何かつぼに入っちゃって」
「ひどいなあ」
そう言いつつも男性はにこやかな笑顔を浮かべる。
私はその笑顔を正面から見つめて、姿を正し礼の言葉を言う。
「ありがとう」
「え?」
「思いっきり泣いて、思いっきり笑ったらすっきりしちゃった。あなたがいなかったら、こうは笑えなかったわ」
「ああ、僕みたいのがお役に立てたのなら何よりかな」
「ええ、とっても役に立っちゃいました。ただ近くにいてくれる。そのことがとても心強かったわ」
「そうか、よかった」
和やかな雰囲気で話す二人だったが、男性のほうが何かに気づき表情を強張らせる。
一度眼を閉じた後、ゆっくりとあたりを見回す。
「これは、・・・やばいかな。これだけのリューンが集まると、よくないモノもあらわれるか。」
「なにかあったの?」
私はその様子にただ事ではないものを感じて、聞き返す。
「ああ、すぐにでもここから移動したほうがいい。」
急かされるように肩を押されて、私はとっさに聞き返す。
「あ、あの・・・私の名前はハーミア。あなたの名前は?また、ここに来ればあなたに会うことはできるの?」
口に出たセリフは、ずいぶん大胆な質問だったと思う。
それは母が死んで初めて安心できる人に会った故か、それともそれ以外の感情故か…今となっては思い出すこともできない。
それでも、その場で聞かなければもう彼に二度と会えないように感じたのだ。
私は必死だった。
その必死な思いが伝わったのだろうか、彼は少し考え込んだ後
「ごめん、最初の質問だけど僕の名前を教えることはできないんだ。」
「…そう。」
しかし、彼は私の顔を見てにっこりと笑い、
「僕のことは、ライサンダーとでも呼んでくれないかい」
私はその言葉に驚き、また笑いがこみあげてくるのを感じた。
「ふふ、ハーミアにライサンダーか。まるでおとぎ話ね」
「ライサンダーは言い過ぎたかな、立場から言えば物語をひっかきまわすパックの方があってる気もするが」
「うん、どういうこと?」
「いや、気にしないで。あと、ここに来るのはもうよした方がいい。明るいうちはいいが、暗くなってからはここは危険だよ」
「そう…」
確かに、慰霊碑のある場所は電灯も少なく日が落ちると異様な雰囲気がある。
女性の私にとって危険というのも無理はないだろう。
「僕の都合で明るいうちは用があって無理だけど、日が落ちるくらいからなら会うことはできるよ。ただし、危なくない場所ならね」
「本当!それじゃあ…えーと、南部王城前の広場とかはどうかしら。あそこなら広いし、ライトアップもされてるから安全だと思うんだけど」
「そうだな、そこなら大丈夫だと思う」
「うん、わかったわ。じゃあまた」
私は、ライサンダーのことを考え少しだけほほを染めてその場を後にした。
最終更新:2009年10月06日 11:27