小説アイドレス外伝 真夏の夜の夢2b

少し離れた位置から、一生懸命に手を振ってくるハーミア。
その姿に苦笑しつつ手を振り返す。
やがて、ハーミアの姿が見えなくなりあたりが静寂に包まれる。

日が落ちてしまい、街灯の少ない慰霊碑近くは完全に闇に包まれる。
「ぎりぎりだったな」
そう呟き、一度大きく深呼吸をして目を閉じる。
鋭敏になった感覚が、自分の周りを囲む気配をとらえる。
目を開くと、あたりにいたのは黒い塊としか形容できないモノであった。
形を持たないはずのものが形作り動いている、ファンタジーでいえばスライムとでも言えばいいのだろうか。
そういったものが、そこかしこに存在しているのが分かる。
感覚的にその正体を感じ取る。
自分と同じ存在。
リューンが作り出した、未練を形にしたもの。
なりそこない。
いろいろな言葉が浮かんでくる中、背後に気配を感じてとっさに身を投げ出す。
がっ!
自分が先ほどまで立っていた場所を、一際大きな黒い塊が飲み込む。
「こりゃ、やばいかな。」
立ち上がり、ファイティングポーズをとってシャドーボクシングをするように、2,3度腕を突き出してみる。
素人そのものの動き、傍目から見ても弱そうである。
「前と変わらず…か。そう都合よく格闘の達人には生まれ変われないか」
自分の存在を考えると、そういう奇跡があってもいいかなと考えもしたが、そういうことは起こらないらしい。現実は残酷だ。
「それじゃ、出来ることは精一杯逃げるのみ」
黒い塊は徐々に包囲を狭めてきている。
「余裕はないか」
黒い塊の間を一気に駆け抜ける。
しかし、抜けた先には今までで一番大きな塊があった。
「だけどハーミアと会う約束をしたからな、ここでお前達に捕まるわけにはいかない」
そういったはいいが、今走り抜けてきたところもすでに黒い塊がいて逃げ場がない。
黒い塊の一体が、襲いかかってくる。
衝撃は一瞬、体が冗談のようにはじけ飛び地面にバウンド。
逃げようと立ち上がろうとするも、足腰が震え力が入らない。
とどめを刺すためか黒い塊は、徐々に近づいてきてるのをみて声が漏れる。
「やば…」
目の前に迫ってきた黒い塊がこちらを攻撃する寸前で、真っ二つに割れ崩れ落ちる。
真っ二つに崩れ落ちた向こう側にいたのは、黒衣の老人。
長い白髪を束ねて三つ編みにした老人はこちらを一瞥し、にやりと笑うとあたりの黒い塊を一刀のもとに切り伏せていく。
その外見からは想像もつかない、圧倒的な力。
やがて、老人はすべての黒い塊を切り伏せて、最後の仕上げにとばかりに僕に向かって日本刀の切っ先と殺気を向ける。
「…え」
「わかっているだろう、お前もこの黒い塊と変わらない。本来ここには存在しないはずのモノ、リューンが与えた束の間の存在。未練の塊、なれの果て。」
「わかってる、そんなことわかってるよ。何もなしえず、終わってしまったことぐらい!!ここに現れたのは偶然だと。未練の塊が、たまたま大量のリューンによって再生されているだけだって。ただ、それでも僕は…」
「世界は異物を、お前を認めない。修正される。やがてお前は自身の未練に食われるだろう。力を持たないお前に何ができる。いっそここで朽ちた方が潔いとは思えわいか」
放たれる殺気に体が震える。刀をうっすらと覆う青い光。自分を確実に殺しきる、絶対的な力。老人が少し力を入れるだけで、この世に残った未練の塊である自分も完全に消滅するであろう。
「自身が世界にとって異物だというのは理解している。時が来れば消えるのも辞さない。ただ、今は駄目だ。確かに僕にはあなたのようにあの塊を倒すような力はない。だけど僕みたいのを待ってくれている、孤独に悲しんでいる女の子がいる。その女子を見捨てて消えることはできない」
力は及ばずとも意志は負けないと老人をにらみつける。
「僕はまだ消えるわけにはいかない!」
老人に怒鳴りつけるように言い放つ。
その様子を見て、老人がにっこり笑う。
「これは、私の負けだな。確かに力が強ければ人を救えるというわけでもない。あのお嬢さんは君でなくては救えないだろう。」
殺気が消えたのを見て、全身の力が抜ける。
「あ、ありがとうございます…って、見てたんですか」
声をあげて笑う老人。
「なかなかに初々しい光景だったよ。まあ、意識があるとはいえ未練の塊が人と会うのは見過ごせなかったからね」
「すいません、ご心配をおかけしたようで」
「ところで君の名前は?」
「僕の名前は…ライサンダーと言います」
「よろしい、ルールは理解しているようだ。君は既に、この世からこぼれおちた存在。君の真名を知るものが出れば、世界の排除が始まるだろう。また、彼女と会うのにリューンの活発になる夜を選んだのもいい判断だ。残念だが、明るいうちは君は存在できないだろ。」
「まあ、なんとなくですが理解しています」
「ただ、リューンが活発になるということは先ほどのような存在が現れることに繋がる」
「え、そうなんですか。てっきり国葬が行われ慰霊碑のある場所だから出たのかと思ったんですが」
「普段なら、そうなんだろうが。今世界は病んでいる、レンジャー連邦もしかり。どこかしこもリューンに溢れている。また、愛を冠する優しいこの国だからこそ救いを求めて集まる未練もいるだろう。」
「夜にしか会えないけど、夜は危険か…」
「ふむ、会うのは南部王城前の広場だったか。よし、いいだろう。人通りがない場所ではないし、私が浄化しておこう。それで強い意志を持たない未練の塊、真の意味でのなれの果てを防ぐことはできよう」
「すみません、ありがとうございます」
「ただ、これは一時しのぎにしかならんだろう。浄化の効果が切れるまでに未練を晴らしなさい」
「僕の未練か…」
脳裏に浮かぶのは、はにかむように笑うハーミアの顔と、意地悪そうに笑う兄の顔。
「兄さんに直接会うのは無理か…」
先ほどの制約を思い出し、呟く。
「まあ、折角与えられたチャンスだ。悔いの残らぬようにな」
そう言うと老人は用は終わったとばかり振り返ることもなく去って行った。
「ありがとうございます」
その後ろ姿に礼を言い、深く頭を下げるライサンダー。
「当たり前のことだけど、時間は有限か」
最終更新:2009年10月06日 11:36