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しほゆき(みずしほ)ランチ」(2014/12/20 (土) 18:42:04) の最新版変更点

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&bold(){&sizex(3){しほゆき(みずしほ)ランチ}} 3月の風の中を光に透けるベージュブラウンを揺らして間宮紫歩は歩く。 今日は高校の同期とのランチだ。何ヶ月ぶりか、以前会ったのは夏だったように記憶している。 時間に遅れているわけではないものの、彼女の方がいつだって早く待ち合わせ場所に佇んでいた。 その様は陽だまりの中でまどろむ猫のようで、銀の鮮やかな髪は高校の時より短く、内巻きのボブになっている。 柔らかそうながら暖かいだろう生地の白いAラインのコートに、ベージュのブラウス、赤いチェックのタイトスカート、少しだけデニール値の低いタイツに、ショートブーツ。150cmもない小柄で華奢な体躯のせいもあって、さながら絵本から飛び出てきたかのような印象を受ける。 「お待たせ」 「待ってない」 「そう? じゃあ、行きましょうか」 日曜の昼間。ここらへんで一番の繁華街。さすがに人通りは無数の人で蠢いている。 キャメルのトレンチコートに、真っ白なスキニーパンツ、黒のニットにぺたんこのパンプス。白いハイブランドのトートバッグ。これは恋人からのクリスマスプレゼントだ。誕生日には揃いの長財布をもらった。 喧騒の中を歩く。周りがうるさいから、今は話しかけても隣の彼女の声は聞こえないだろう。 無言で連れ立ってゆく。 少し歩幅の狭い彼女に合わせ、努めてゆっくり歩いた。 とことこと音を鳴らすように歩く彼女は、永遠の少女のように、髪型以外に15歳の時から姿を変えていない。 黒猫と白猫だよな。当時、今の恋人にそうやってたとえられたのは納得がいく。美術室をさながら憩いの場のように二人とも使っていた。 白猫−−鍋島雪恵は、口達者ゆえの反撃を恐れ、誰も咎める内容を言うのを避ける紫歩に、面と向かって正論を突きつける強さがある。だからこそ小気味好い会話ができて、卒業から7年は経っていても関係が続いている。 紫歩のことを嫌いだからではない。三年間、同じクラスで、何かと噂という人の好奇心に愛され、時には憎まれる彼女の本当の姿を間近で見てきたからこその友情があるためだ。 紫歩が選んだのは以前、他の友人に紹介された雑居ビルの二階のカフェだった。カフェオレ好きの紫歩がにっこりするほど美味しいコーヒーに、若い女性が好きそう、を詰め込んだお洒落な場所。料理も見栄えと味を両立させている。 紫歩がメニューを見て、チーズリゾットとサラダとカフェオレのセットに即座に決めたのを見て、じゃあ同じのを、と静かに伝えた。 「で、どうなったの」 「何から話したら良いかしら……えっとね、わかりやすく言うと瑞生と付き合ってます。無事にね」 「いつから?」 「11月の頭から!」 「今日は?」 「3月」 「もっと早く報告してくれても良かったのに」 小さく溜息をつく。またとないルビーの目が紫歩を見つめる。彼氏ができて以降の惚気話には一切、興味を示さなかったが、相手が雑賀瑞生となれば話は別だ。 「ごめんってば。瑞生との時間も大事にしたいし、仕事も立て込んでて」 「写真、ないの」 「へ?」 「瑞生と紫歩の写真。最近のもの」 「あー……ある! 2月に温泉旅行行ってきたやつの」 「見せて」 カフェオレとアイスティーが運ばれてくる。 紅茶を見ると、何度も良くしてくれて世話してくれた高校の生徒会長を思い出す。 今は今で、仕事の先輩の恋人でもあるので、そこまで遠い存在でもないが。 スマホの写真アプリを開き、律儀に分けている瑞生とのアルバムを開く。 二人で運転できるなら、と少し遠くの温泉街に出かけた。夕朝食付きで、少し値が張るところに。 雪が降り積もる中、風呂付きの離れというなかなかの日常とは一線を画した雰囲気ある旅館での二泊三日は楽しかった。 −−まるで新婚旅行だよな。 そうやって笑いながら、お互いの薬指には宝石がきらめく指輪が光っていた。 「にやけてる」 「……うるさいわね」 「本当のこと。ほら」 小さな手でひらひらと、こっちに寄越せとジェスチャーしてくる。 隠し撮りの恋人の寝顔も入っていることに気づいてしまったが、彼女なら見なかったふりをしてくれるだろう。 他人が見て、ギョッとするような怪しい写真はないはずだ。 雪恵に手渡し、スワイプしながら、ほんの少しだけ嬉しそうにしている。 「……良かった。瑞生の気持ちは知っていたから」 「そうなの」 「……これ、首輪」 意味深な発言と共に、とある写真が開かれたままスマホが返ってくる。 何の写真だ、と見れば、三日目の朝、荷物をまとめてから、楽しかった! と、二人で撮った自撮りである。 向こうも珍しいくらい、にこりと笑ってくれているが。 「首」 冷静な声で呟かれ、二人の首を見る。 「あ……」 「幸せなのはよくわかった」 「恥ずかしい……」 髪の毛を右に寄せていたせいで、露わになっている紫歩の首筋に赤い花が咲いていたのだ。 「紫歩と瑞生が幸せなら、私は充分」 雪恵が微笑む。羞恥に顔を赤らめていたが、その顔に癒される。 「そうだ、雑貨屋は順調なの?」 「うん。佳菜子も文佳も楽しそう」 「へえ……あんたは休みの日の店番なんだっけ」 「そう。瑞生が作ってくれたフライヤーと名刺、役に立ってる。評判良かった」 「あ、マーガレットの! そりゃ瑞生の仕事だもん。ベストのものが来るに決まってるじゃない」 運ばれてきた二つのチーズリゾットに、紫歩は目を輝かせる。 「紫歩は私に訊きたいことがあるんじゃない」 お互い舌を火傷しないように、冷ましながら食べる。美味しい! と嬉しげにする紫歩に対し、相変わらず雪恵はおとなしい反応だ。 紫歩よりずっと猫舌な雪恵はしばらく冷やしていた。 「……あんた、あれ、私が瑞生にあげたの見てたでしょ。卒業式の時に。何年も経ってから、わざとマーガレットの花言葉、瑞生に教えたわよね」 「にゃあ」 「猫真似でごまかさないで」 「彼氏を作った紫歩が悪い」 「それは……そうだけど……」 「瑞生、何も言ってきてないなら、もう責めなくていい。上手く行ってるなら。その指輪がすべてだと思う」 うん! と元気よく頷いて、にっこりと笑う。それに雪恵が嬉しそうにする。 紫歩と雪恵が、高校時代、特に痴話喧嘩に巻き込まれたペアである和音と佐知子が大学生の時に周囲を巻き込む大喧嘩を経てくっついてからの話だとか、西城るりと佐倉絵未も暗雲立ち込めた時期もあったが何とかなっているとか。 何かと紫歩と雪恵にセクハラを働いてきた如月初実と古木春奈が相変わらず仲睦まじく同棲していることだとか。佳菜子と文佳の雑貨店に訪ねてきて、あいも変わらずのオーラを見せつけて帰って行ったらしい。雪恵はその場にいたものの、セクハラされたくない、と店裏に逃げ込んだらしいことも。 雪恵が特別に気にかけていた朝美と、その恋人である伊織のカップルは渡米してしまって、たまにポストカードが来るらしいこととか。 伊織とは紫歩の方が近しい仲だ。事あるごとに紫歩にネット通話を求めてくる。 朝美さんがいるのに、寂しがりやよね、あんた。と、紫歩でも笑ってしまう。 −−あんたの顔見やんと不安なんよ、紫歩。元気しとる? 遊んでない? 雑賀さんと仲良うしとる? ばか言わないで、瑞生がいるのに遊んだら、どんなおしおき食らうやら……。 −−なんて? おしおき、食らったん? 聞かせてぇや。 時差の壁を乗り越えて、向こうの早朝、こちらの夜に声をかけてくれる。 校内で、時折、水不足で倒れていた伊織に水をあげた機に懐かれていた。なんでも、好みど真ん中、だなんて、こちらの顔が真っ赤になることを言われて、仲良くなった。 気がつけば伊織のそばには鮮やかなオレンジとブルーのセーラー服の彼女がいるようになり。解剖させて! と最初はぞっとすることを言っては伊織を追いかけていた。校内で騒がしいカップルの一つだった。今でも思い出されては、話の種になっている。 朝美の話をする時、普段よりも柔らかい表情をする雪恵に、紫歩も穏やかになる。無表情だと言われていたが、紫歩からすれば、かなり顔に出るタイプだよなあと見つめて思う。 「そんなに熱く見つめないで。今日、夜は瑞生とご飯なんでしょ」 「あ、うん。でも雪恵は気にしなくても」 「今度は、二人と食べたい。邪魔じゃないなら。私、喋らないし」 「いや来るなら喋ってよ? そうね、三人で集まりたいわ」 「瑞生が、他の子と仲良くする紫歩に嫉妬しないなら」 「え? あの子、そこまで嫉妬深かったっけ……」 「うん」 「なんで、あんたが」 「高校の時から、変わらない。瑞生は紫歩のこと、独り占めしたくて仕方ない」 「まさか〜! 愛されてるわね私」 「わかってあげて」 「……うん。今までの中で一番、今が幸せよ」 あっという間に時間は過ぎてゆく。紫歩は17時には帰ると告げていたから、断って席を立つ。 「それにしても、お盛んなこと」 にたぁと機嫌をよくした猫のような三角の目で言われ、紫歩は面食らう。 「紫歩は、話しながら髪をかきあげる癖があるし、首筋が出る服が好きだから、わざと。瑞生は、わかってやってる」 は? と素っ頓狂な声をあげ、だが雪恵はしれっと聞こえないふりをした。 別れてから、瑞生が迎えにくる間まで。 駅ビルのお手洗いで、鏡を見て、息を呑んだ。 −−あの、ばか! 昨晩、寝ぼけている間につけられた痕が、紫歩の首の側面にはっきりとあった。

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