5-829氏 無題

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次の日、私は午前中の殆どの授業を睡眠学習で受けた。 あの女の子に優しく出来なかったもどかしさを紛らわせてようと、ちょっと夜遊びに力を入れすぎたのだ。 そのせいで、すっかり寝不足になり、瞼が重かった。 誘惑に負けて閉じていたその瞼が開き、寝ぼけていた頭が漸く正常に回り始めたのは、もう昼休みに入ってから。 別に午前の授業を潰したからといって何の感慨も沸かない程、すっかり投げやりな態度が身についている私が席を立ったところで 「お、ようやく起きたか?」 一人の男の子が声を掛けて来た。 「昨日も夜更かししてたのか?」 黄色い頭に物怖じしない態度、中学時代からの知り合いの、京ちゃん。 この京ちゃんだけが、私が自分の周囲に張り巡らしている無言のバリアを越えて、私の領域に入ってくる。 他のクラスメイトは学校生活を重ねるにつれて誰も私に声を掛けなくなったけど、 それもこの古い馴染みには効果がないみたい。 誰かと深く付き合ったことがない私は、こういう風に躊躇無く近付いてくる奴の扱いが苦手だ。 しかもこの京ちゃんという男は何かというと、 「咲って本当は結構優しい奴だよな」 なんて言ったりするから、正直面倒臭い。 でも、この古い馴染みといる時だけは、不思議ともどかしい思いをしないで済むから、こうして 「いい加減、夜は早く寝ろよ」 なんて言われても、そこまで悪い気もしなかったりする。 昨日麻雀を打ったのも、この京ちゃんに誘われたからだった。 何となく断り切れないまま、その押しの強さに負けて『麻雀部』なるものに顔を出し、そしてそこであの女の子に会ったのだ。 今こうして京ちゃんに声を聞きながら、無意識にうちにあの時の彼女の顔が思い出されたのは、 やっぱり優しく出来なかった心残りが胸にわだかまっているからだろう。 そんな風に感じていたら、 「昨日麻雀を打った原村和って子を覚えてるか?」 なんて、丁度思い浮かべていたその子の名前が挙がって吃驚した。 急に大きくなった胸の高鳴りを抑えつつ京ちゃんの方を伺うと 「あの子がさ、もう一度お前と麻雀したいんだと、考えてみてくんねえかな」 と、そんな言葉が聞こえてきた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ こんなに落ち着かない帰り道は、初めてだと思う。 私は結局京ちゃんの押しの強さに流される形で、もう一度あの女の子と麻雀を打った。 そして、今一緒に帰り道を歩いているんだけど、どうしてそうなったか思い出せない。 「咲は夜歩きに慣れてるんだから、和を送っていってあげろよ」 と、京ちゃんに言われた気もするけど、私の記憶違いかも知れない。 とにかくそんな風に頭がこんがらがってしまう程、私は原村和という女の子と並んで歩いているというこの状況に混乱している。 それで、少し落ち着こうといつもの癖で煙草を加えて火をつけたんだけれど、 「駄目ですよ、宮永さん!」 一口も吸わないまま、原村和によってその煙草を取り上げられてしまった。 その一方的な態度にちょっとむっとして 「そんなの私の勝手。あなたに何か関係あるの?」 私は咄嗟に彼女に毒づいた。 毒づいてから、少し後悔した。 (こんな風に言いたいわけじゃないのに) 思ったけれど、謝ることが出来ずに私は視線を落とすだけだった。 本当は優しくしたい。 でもやり方がわからなくて、結局他人に対してこんな風な言い方しか出来ない、 そんな自分が、本当は嫌いだ。 いつもそれで失敗してきたのに、 (またやっちゃったな…) こうして同じことを繰り返している。 そんな自分を振り返って、乾いた笑いが浮かべていたら 「関係あります」 って、そんな言葉が聞こえた気がした。 自分の耳が信じられなくて振り返ったら、 「関係ありますよ」 今度ははっきりと彼女の声が耳に届いた。 お父さんからも、そんな風に言われたことなかった。 今まで誰も私に対してそんな風に言う人はいなかったから、驚きつつ原村和を見つめていると、彼女は続けて 「煙草は健康に悪いんですよ? 私はこれからも宮永さんと麻雀を打ちたいんです。  だから健康に悪いことはやめて下さい」 真直ぐな瞳でそんなことを言った。 私とまた麻雀をしたいと言ってくれたことが嬉しくて、 真直ぐ向き合って叱ってくれたことが嬉しくて、 私は小さく笑った。 それを聞き逃さなかった彼女が 「どうして笑うんですか!?」 と詰め寄るのに背を向けて、 「何でもない」 精一杯、誤魔化しの言葉を口にした。 背後で原村和が納得いかないように溜息を吐くのを聞きながら、 (悪くないな) 私は生まれて初めてのそう思った。 顔を上げると、都会の明るい空に月が浮かんでいた。
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