4-473氏 無題

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全国大会の個人戦も終わり、団体戦の後で一足先に帰っていた部長達に遅れること四日、
私と和ちゃんも清澄高校へと帰ることになった。
本当なら激戦を終えてようやく一息つける筈だったんだけど………。

「それじゃあこれ、帰りの分の電車のチケットよ。大会まではちゃんと集中しなさい。
 終わってから開けるのよ」

団体戦が終わった日の別れ際に部長から渡されていた封筒を開けると、そこに入っていたのは

「ふぇ、寝台列車?」
「二人部屋、みたいですね……」

和ちゃんと同部屋の寝台列車のチケットで、

(えっと、ていうことはつまり……)

心の準備なんて勿論出来ていなかったから、二人きりで夜を過ごすということを意識した途端、
頭が沸騰しちゃったみたいに熱くなった。

試合が終わったその足で泊まっていたホテルをチェックアウトして、
取り合えず上野駅に着いたのはいいけれど、列車の出発時間まではまだ大分時間がある。
相変わらず頭は熱いし、おまけに地元の駅では見たことも無いような人だかりに目が回って、
どう暇を潰せばいいかなんてさっぱり思いつかない。
圧倒されるまま立ち尽くしていたら、

「ここに居てもしょうがないですから、御飯でも食べに行きませんか?」

と、和ちゃんの声がした。

「う、うん。そうだね」
「じゃあ、行きましょう。咲さんは迷子癖がありますから、はぐれないで下さいね」
「気をつけるよ」
「それじゃあ、はい」
「え?」
「手を繋ぎましょう」
「えぇ!?」
「嫌ですか?」
「い、嫌じゃないよ! 嬉しいんだけど……その、えっと……」
「行きましょうか」
「うわ!? の、和ちゃん」

言葉を待たずに手を握られて、ずんずん引っ張られる。
ドキドキして、恥ずかしくて、繋いだ手がくすぐったい。
でも、

「はぐれないように」

って注意された手前、離すわけにはいかなくて……。
人混み中で必死にその背中を追い続ける。
だけど、中々いいお店は見付からなくて、暫く歩いて構内のお蕎麦屋さんの前で和ちゃんの足が止まった時に、
ようやくジェットコースターに乗っているような気分がおさまった。

「他に手頃なお店も見当たりませんし、ここにしましょうか?」
「うん……」

溜息を吐いてからテーブル席に腰を下ろした時、一気に疲れが出てしまった。

「どうしたんですか?」
「ちょっと人混みに疲れちゃって」
「東京は凄いですね」
「うん…(本当はそれだけじゃないんだけど……って駄目駄目)」

心配そうに見つめる和ちゃんの視線を感じて、

「どれも美味しそうだね。何を食べようか?」

メニューを広げながら殊更明るく空元気を出してみる。
そんな気持ちになるのは、やっぱり笑顔でいて欲しいから。

(心配させちゃってごめんね)

あれこれ悩んで、私はかき揚げ蕎麦、和ちゃんは山菜蕎麦を注文し、

「「頂きます」」

やがて運ばれてきたものに、それぞれお箸をつける。
熱々の蕎麦を冷ましながら口に運ぶと、ご馳走ってわけじゃないけれど、
500円でおつりが来ることを考えたら十分美味しい。
自然と笑顔が浮かんで、かき揚げを割って半分を和ちゃんにあげる。

「いいんですか?」
「うん」
「それじゃあ私も」

お返しにくれた山菜が何だかとても美味しく感じられ、和ちゃんと二人で向かい合う内、
旅を前にして逸った気持ちが少しずつ落ち着いていくのがわかった。

スーツ姿で全力疾走する男の人、
忙しなく乗客を誘導している駅員さん、
携帯電話に向って真剣な顔で話し掛けているOLさん、

窓越向こうは東京らしい忙しない時間が刻まれていて、それを見ていると、
あまり混んでいないこの店を選んだ和ちゃんの判断が大正解だった気がする。

店員のおばちゃん達は笑顔を向けてくれて、
全国各地の夏祭りが書き込まれた観光協会発行のカレンダーは湯気にふやけて浴衣の女性の輪郭が覚束なくなくなっていて、
天井近くに置かれたラジオから流れて来る古い曲が何だか耳に心地いい。

「寝台列車なんて初めてだよ」
「私もです」
「どんな感じなんだろうね」
「チケットにはB寝台の二人部屋と書かれていますが」
「他に相席の人がいなくて良かったね」
「そうですね。知らない人と一緒だと緊張しますし」
「二人きりでも緊張するけど……」
「そうですか?」
「だって、相手が和ちゃんだから//////」
「咲さん………//////」

自分の言葉が恥ずかしくなって、照れ隠しのためにグラスを取る。
一息に傾けたらその水が思いの他ぬるくて、思わず咳き込む。
それを見た和ちゃんの口から笑い声が漏れて、なんだかバツが悪くなったけど、
でもなんだかとても幸せだなって思えた。

「何だか麻雀部に入ってから色々あった気がするよ」
「まだ一年も経ってませんよ?」
「そうだけど、でも初めてのことばっかりだったから」
「初めてのことって何ですか?」
「えっと大会に出たり、合宿をしたり、他校の人とも知り合えたり……」
「他には?」
「あの、その……和ちゃんと……」
「………//////」

思ったことを言えないでいると、

「そ、そろそろ行きましょうか?」

慌てた声と共に和ちゃんが席を立った。
その瞬間目が合って、いつもなら恥ずかしそうに視線を反らされちゃうのに、ずっと私を見つめてくれたから、

「うん。楽しみだね」

心の底からそう答えて、私も立ち上がった。

お店を後にして上野駅の混雑を歩き出して自然と手が繋がれる。
途中何度か駅員さんに尋ねつつ、和ちゃんは寝台列車のホームまでずっと私の手を引いて導いてくれた。
その横顔を見ているうちに、

(大好きだよ)

という想いが胸に膨らんだ。

「寝台列車ってこんな風になってるんですね」

チケットに書かれた部屋のドアを開けて、和ちゃんが弾んだ声を上げた。
そこには二段ベッドが一つと小さな簡易テーブルが備えつけられていて、
車窓の向こうに上野駅のホームが広がっていた。

荷物を下ろしてベッドに腰を落ち着けようと思ったら、シーツの上に浴衣が置いてあるのが目に入る。

「浴衣があるよ、和ちゃん」

思わず声を掛けたら

「折角ですから着替えましょうか?」

という返事があって、少しドキドキした。

(合宿で一緒に寝た時も浴衣だったっけ)
(あの時はみんなも居たけど)
(でも今日は二人きり)

そう思うと緊張しちゃう。
でも名前で呼び合うようになってから、ずっとこんな日が来ないかなって心の隅で思っていた。
寝台の二人部屋には私達以外誰もいないし、和ちゃんを独り占めできる。
ずっと温めて来た願いが適うんだって、その瞬間なんだか凄く嬉しくなった。

「そうだね」

って返事して、窓にカーテンを閉める。
誰も邪魔する人がいない二人部屋の中で制服を脱いで、浴衣に着替えて、向い合う。

「あのね」

勇気を出して声をかけて、

「和ちゃんのことが好きなんだ」

ずっと胸の内にしまっていた気持ちを口に出した。
最終更新:2010年04月24日 22:58
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