晴れ渡った小春日和。
澄んだ青地のキャンバスにはまだ何の色も描きこまれていない。
その空模様を多くの人が歓迎する中、
清澄高校の生徒達は深い溜め息を吐いていた。
今日は年に一度行われる全学年合同の持久走大会。
雨天中止を期待していていた生徒達は、それを見事に裏切った青空を恨めしそうに見上げていた。
小春日和とはいっても、季節はまだ凍てつく空気が肌にしみる盛り。
校庭のスタート位置に並んだ生徒達の口からは、緊張と不安で冷たく強ばった白い息が流れている。
ジャージ姿で号砲を待つ彼らの中で、宮永咲と原村和の二人も寒さで耳を赤くしながら、互いに身を寄せ合っていた。
「雨が降ってくれたら良かったです」
ぽつりと口にした和を見つめ、咲が口を開く。
「和ちゃんも持久走苦手なの?」
「はい。あの…」
「ん?」
周りの生徒達のざわめきが和の言葉を飲み込み、一筋の声を手繰るように咲が耳を寄せる。
「私の場合は大きいので、走っていると痛くなってしまうんです」
「痛くなるって、何が?」
「えっと、胸です」
かじかんだ頬を更に赤くしながら和がうつむいた横で、咲は事態が飲み込めていないらしく、きょとんと隣の彼女を見つめていた。
「大きいと、揺れてしまって……」
空には相変わらず雲ひとつない。
その真っ青なキャンバスに小さな声を散らしながら、和はいよいよ恥ずかしそうに呟いた。
身を寄せ合って彼女と温もりを分かち合っていた咲は、その言葉を聞いて自分のまっ平らな胸を見つめた。
ピストルを携えた体育教師が校庭に現れ、朝礼台へと近づく。
それに従って生徒達の表情も固くなる。
張りつめた緊張感と心臓の鼓動、そしてざわめきの中に
「きゃっ」
という小さな声がかき消える。
その声の主は、桜色の長髪を冬の澄んだ空気になびかせた原村和。
「何してるんですか咲さん!」
声を押し殺して叱るように言った彼女の視線の先で、その大きな胸に宮永咲の手が添えられていた。
「こうしてれば痛くならないかなって」
「そんなんじゃ走れません!」
「それじゃあ始めるぞーーー!」
持久走の開始を告げる号砲が響き渡り、それに応えて生徒達が一斉に走り出す。
無数の足音に混じって、宮永咲もまた隣の少女にちろりと舌を出してから走り出す。
頬を膨らましていた原村和だったが、すぐに先を行く彼女に追いつくべくスタートをきった。
おしまい
最終更新:2010年04月24日 23:06