4-664氏 無題

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だるま………
それは仏教の1派である禅宗開祖の達磨の坐禅姿を模した置物、または玩具であり、
現在では禅宗のみならず宗教、宗派を越え縁起物として広く親しまれている。
多くは張子で製作され、目の部分は書き入れずに空白のままに残す。
そして何らかの祈願を行い、祈願が叶うと目を書き入れるという習慣がある。

日本では、江戸時代に中国から長崎の黄檗宗の寺院に伝来したのが起源とされている。
その後、商人に信仰されて日本各地に普及していき、
だるまを販売する市がだるま市として毎年各地で開催されようになった。


その日原村和は急いでいた。
というのも、群馬県の高崎市内にある少林山達磨寺で毎年1月6日~7日に開催される少林山七草大祭
――通称「高崎だるま市」――
から始まった露店巡業が、彼女の暮らす長野県の清澄にやって来ていたからである。
だるまに願をかける時は右目を塗って生き目とするの慣わしだが、その有効期限は一年。
去年の同日、巡業してきた露天商から購入した和は、見事彼女の願いを叶えて役目を終えただるまを奉納しようと、
市が行われている寺への道を走っていた。
といっても、息を上げているのは和ではない。

「すいません咲さん」
「ううん。全然いいよ。気にしないで」

和を自転車の後ろに乗せてペダルを漕ぐ宮永咲が、彼女の代わりに額に汗を滲ませていた。


二人が一路車上の人となったのは午後六時。
所属する麻雀部の練習を終えた後のこと。
部員揃って終礼をしてから、落ち着かない様子で早々と部室を後にしようとした和をいぶかしんで、

「どうしたの、和ちゃん?」

咲が声をかけたのがそもそものきっかけ、

「実は今日のだるま市にだるまを奉納したいんですが、もう時間がなくて」

浮かない顔をしてそう答えた和のために咲が部員の片岡優希から自転車を借り、和をステップに乗せて漕ぎ出してから、今に至る。

「和ちゃんが願かけなんて珍しいね」
「そんなことありませんよ。合同合宿の時も一緒にお参りに行ったじゃないですか。
 もしかして忘れてしまったんですか?」
「ううん。勿論忘れてないよ。ただ『そんなオカルトあり得ません』っていつも言ってるから」
「私にだって神様にすがりたくなる時くらいあります」
「例えばどんな時?」
「そ、それは………」
「あ、見えてきた」

咲の言葉を聞いて和が向けた視線の先、寺へと続く参道の両脇に露店が列をなしている。
その提灯にまだ灯が入っているのを認めて、

「どうやら間に合ったみたいですね」
「うん。良かったね和ちゃん」
「はい。これできちんと奉納出来ます」

二人は安堵の溜息を漏らした。


市は終わり間近らしく、最後の賑わいに包まれており、自転車を止めた二人が手を繋いで歩き出すと、
すぐに売り子達が様々な誘い文句をかけてきた。

「可愛いお嬢ちゃん、サービスするよ」
「うちのだるまに頼めば大願成就間違いなし」
「私のステルスだるまは絶対に見えないっすよー」
「そのだるまとる必要なし。槍だるまはどうですかー」
「わははー」
「衣の二分の一回生きただるまを買ってくれー」
「客入りが悪いな。鳴いて流れを変えてみるか」
「さあ次はどなたですの?」
「キャプテン、売り子はいいから特打ちして下さい」
「私がだるまを売るから、みんなは麻雀を楽しんで」

色とりどりに提灯の明りが揺らめく中、その声を楽しげに聞きながら、咲と和は「納め所」を目指した。
間もなく辿り着くと、一年の務めを終えただるまが奉納されるその「納め所」には既に大小様々なだるまが納められていた。
和は鞄から取り出した小さなだるまを大事そうにその中に納めると、両手を合わせて礼をした。

「あ、ちゃんと両目が書かれてる。願い事が叶ったんだね」
「はい」
「何を御願いごとしたの?」
「全国大会で優勝出来ますようにと」
「そっか」
「最初は、優勝出来ればそれでいいと思っていたんです」

喧騒の中、和が小さく呟いて空を見上げた。
夜の帳が降り始めた空で星々が瞬くのを、咲もまた同じように見上げた。

「咲さんと出会って、それから、ずっと一緒に居たくなって。
 そのためには全国大会で優勝するしかなかったので、ずっとこのだるまさんに御願いしていました」
「そうだったんだ。ありがとう和ちゃん」

その言葉を最後に、二人は静かに向かい合った。
提灯の光に照らされながら彼女達の顔が少しずつ近付いていき、やがて唇が合わさる。
客引きの声が飛び交う中、咲と和は暫くそのまま動かなかった。


だるま市からの帰り道。

「あのね、和ちゃん」

前を向いたままペダルを漕ぐ足を止めずに、咲が声をかける。

「はい」

和の返事が車輪の音にかき消されずに夜空に響く。

「今日、うちお父さんがいないんだ。だから、もし良ければ止まりに来ない?」
「いいんですか?」
「うん。誰もいないと寂しいから」

二人の乗った自転車は夜気を割いて走り抜けて行った。
最終更新:2010年04月25日 23:28
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