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“どうか、この手を離さないで”


いつもの夕暮れ時。
手を繋いで歩いた帰り道、別れ間際にいつもそう思ってしまう。
明日、またこうして会えるはずなのに。


「じゃあね、和ちゃん」

「ええ・・・咲さん」


なんとなく「さようなら」とは言わなかったけれど、
願い通りにはいかず、左手のぬくもりが途絶えてしまった。
それだけで私はものすごく寂しい気持ちになる。
さっきまでは身体中が熱かったはずなのに、今はそれをあまり感じない。


―――明日また、会えるはずなのに。

―――会えるはずだけど、でも、それでも。


もっと貴女と一緒にいたい。
片時も離れたくない。
・・・ああ、何を考えているのだろう、私は。
我ながら情けない。
いつかきっと訪れてしまうだろう別れの時や、彼女のことを想うだけで
こんなにも胸が張り裂けそうになるなんて・・・!
こんな感情、今まで経験したことなんてなかった。



「―・・・かちゃん、和ちゃん!どうしたの?」



はっとして顔をあげ、最初に目に映ったのは彼女の心配そうな表情。
「なにかヤなことでもあった・・・?」、と。

私はいつから彼女に呼ばれていた?

一度物思いにふけってしまうと何も聞こえなくなってしまうのは私の悪い癖だ。
それにしても、私はそんなに暗そうな顔をしていたのだろうか。
心配までかけてしまって・・・
・・・だけど、少し嬉しい。
そして、相変わらずどこまでも優しい人だと思った。

だからこれ以上彼女に心配をかけさせないために、できる限りの平静を装って笑った。
「何でもないですよ」、と。
なのに、返ってきた返事はまたしても私の心を揺さぶるようなもので。



「・・・・・・ホントに?」



――――いいえ、ウソです。

と言えたら。

――――貴女のことを考えていました。

と伝えたらどう思われるか。

私にはわからない。
それゆえ、とても怖い。


例えば
100人の人に嫌われるより
たった1人、
貴女に背を向けられてしまったら
私はいとも簡単に
生きる意味を失ってしまう。


・・・・・そんな気がして。


「ホントです。ただ、ちょっと疲れてしまいまして」

「・・・そっか!今日も部活がんばったもんね!」


一間空けて笑う彼女。
どうやら私の[ウソ]を[ホント]のことだと思ってくれたらしい。

(気付いてもらえないかな。)

少しだけ、そんなことを考えた。
だけどそんなものはただの贅沢。
だいたい、気付いてもらったところでどうする?
それこそ彼女を困らせてしまうのではないか?

だから今はきっと、これが最善。

いいんです。
誰だって、愛しい人にはいつも笑顔でいてもらいたいものでしょう?


*


自宅に着き、すぐさまベッドに倒れこむ。
このままでは制服にシワがついてしまうのはわかっていたけれど、
どうしても着替えるような気分にはなれなかった。
そして、ため息ひとつ。
脳裏によぎるのは 先ほど別れたばかりの彼女のこと。


(・・・・・咲さん)


思い出すたびに、想い出すたびに、胸がいっぱいになる。
恋とは実にやっかいなものだ。
ほんのささいなことで一喜一憂してしまう。
彼女のことが好きなんだと、自覚した時からそれは始まっていた。
・・・それ以前からあったかもしれないけど。

でも、彼女はそんなことはないのだろう。
彼女にとって、私はただの部活仲間。よくて親友・・・だと思うから。
きっと私のようにここまで考えてくれることなんて、ない。

ないんだ。

少し考えてみれば当たり前のことなのに、思わず涙があふれ、エトペンを強く抱きしめた。
胸が、苦しい・・・っ。
伝えたくとも伝えられない自分のふがいなさと、
永遠に叶うことはないであろうこの恋に、私は泣いた。

普段からあまり泣かない私が
ただ、彼女が好きなだけで泣いた。


「・・・くっ・・・・・!!」

ぽろり。
涙が一粒、零れ落ちる。


――――そんな時だった。

私のケータイが、鮮やかなイルミネーションとともに震えだしたのは。



――


「・・・はあ・・・・・・。」

人生というのは、どうしてこうもタイミングが悪い?
誰だか知らないけど、なにもこんなときにメールなんて寄越さなくても。
あいにく私は今そんな気分じゃない。
申し訳ないが無視させてもらうことにし、誰からのメールなのかも確かめないまま放置した。

ヴー、ヴーと部屋中に響くバイブ音。
その無機質な音に背中を向け、うずくまる。


ヴー、ヴー、ヴー、ヴー


「・・・・・・。」


ヴー、ヴー、ヴー、ヴー・・・


・・・おかしい。
着信時間が長すぎる。
こんなに長い時間鳴るように設定した覚えはないのに・・・


ということは、これはメールじゃない?

だとしたら・・・・・電話?

誰が?なぜ?


お父さんならこの時間は自宅にかけてくると思うし、友達?
誰かが私に何か早急な用でも伝えようとしているのだろうか。
それともただ単に文字を打つのがめんどくさくて・・・とか?

まあなんにせよ、今は相手にしたくない。それが電話ならなおさらだ。
文字だけのやりとりなら、何もかもを誤魔化せるというのに。


だけど、少しだけ疑問が残る。

私は誰にも用事を頼まれるようなことはしていない。
何か約束をしているわけでもない。
委員会の予定もないし、部活やクラスの連絡もちゃんと覚えている。
文字を打つのがめんどくさいという・・・その可能性は低いだろう。
少なくとも、そんな人はゆーきしか知らない。
彼女も今日は帰ってすぐ寝るとか言っていたし、きっと違うはず。

じゃあ、誰なんだろう?
見るだけ見てみようかな・・・

私は好奇心に負け、つい鞄から半分はみ出ていたケータイを取り出して開いてしまった。
そしてディスプレイに映った名前を確認した次の瞬間、私は通話ボタンを押してしまっていた。
理由などない。単なる衝動による行動。
その勢いでベッドから起き上がる。さらに直立する。
本当は誰であろうと気にしないつもりだったのに。



―――『ただ一人』を除いては。



「もっ!もしもし!!」



自分の中ではありえないことだったから、あえて何も考えなかった。
期待する気持ちが大きいほど、それが叶わなかった時のことを知っていたから。

だけど今さら気付いた。
私に対する着信方法がなぜメールではなく電話だったのか、そのワケを。
それは、“電話の方が都合がよかったから”・・・ではなく――――――




『ぅわっ!も、もしもし和ちゃん!?ゴメン今私変な時にかけちゃった!?』


   . .
“電話しか、方法がなかったから”―――――?



「い、いえ!あの!まさか電話だとは思わなくて・・・」

『うう、ホントに突然ゴメンね。私もケータイ持ってたらメールできるのに』

「いいんです、気にしないでください!ちょっと出るのに手間取ってしまっただけですから」

『ほ、ホントに?迷惑だったりしない?』

「そんなことありませんっ!」


つい大きめな声で否定してしまった。
2人の間に少しの沈黙が流れる。
意味もなく部屋中をうろつく。
恥ずかしさで顔が赤くなっていくのがなんとなく自分でもわかった。


『・・・えへへ、そっか。よかったあ・・・』


そうつぶやくように言った彼女は、本当に安心しているようだった。
私にしてみれば、彼女のことが迷惑だなんて思ったことは一度もないし、
これからも一生ないと断言できるのだが。
あれ、いつのまにか涙が引っ込んでいる。

「・・・あ、それで・・・あの、私に何か・・・・・?」

『あ、うん。あのね・・・?』

自分から尋ねておいて、今さら怖くなった。
わざわざ彼女が電話をかけてきてまで私に言いたいことって何なんだろう?

『・・・心配だったんだ。和ちゃんのこと・・・』

「・・・え?」


心配?貴女が?・・・私を?


「心配ですか・・・?」

『う、うん!さっきお別れしたときのことがどうしても気になって・・・!』

「き、気になるって、何を」

『だ、だって和ちゃん!何か無理してるよね!?』

「・・・・・!!」


驚いた。
今にも泣き出してしまいそうな、それでいて訴えかける声。
まさか悟られていたとは思わなかった。どうしよう。

私はなんて答えればいい?


『私の勘違いかもしれないんだけど、和ちゃん、いつもと違うような気がして・・・
だ、だから、私にできることなら何でも力になるよ!
悩みがあるならいつでも聞くし!
だからね、あのっ・・・あ、でもやっぱり、私じゃ・・・・・・』


―――ああ、ダメだ。また、涙が。


「いっ・・・いいえ・・・っ


―――私、お願いだから、まだ泣かないで。


う、嬉しい、です・・・すごく・・・っ!!」


―――お願いだから。



(今泣いてしまったら、もう何も隠し通せない。)



だけど、とめどなく流れるそれを止める術を私は知るはずもなくて。
あっというまにうまくしゃべれなくなってしまった。



『・・・和ちゃんっ・・・・・・・』

「ご、ごめ、ごめんなさぃっ・・・!でもちが、うん、です・・・!これはっ・・・」

『・・・・・・これは・・・?』

「う・・・嬉しくて・・・・・・・!!」


貴女の声を聞けたことが。
貴女に気付いてもらえたことが。
貴女に思ってもらえたことが。


もう、すべてが。


*


『・・・・・・そっか。』

「・・・う、はい・・・・・」


また沈黙が始まってしまった。
でも、それはある意味しかたのないことだろう。
私だって、電話の相手が急に泣き出したらきっと返答に困ってしまうはず。
だから私は今現在、彼女を困らせているに違いないのだ。

泣き止まなければ。
そして謝らなければ。
なにか、気の利いたことを言ってこの空気を破らなければ―――


『ねえ、和ちゃん』


そんな私の思考を一瞬で止める彼女の声。
この状況で名前を呼ばれたことに少し戸惑いながらも、
まだうまく声を出せないなりにしっかりと返事をした。


『例えば、の話なんだけど』

「? ぐずっ・・・はい」

『例えば、100人の人に愛されるとしても、
たった1人、
とある誰かに愛されることのほうが、難しいことだと思わない?』

「・・・ ・・・ ・・・。」

『知らない人たちから100回“I Love You”を言われるよりも、
たった1分、とある誰かのそばにいたり
たった1秒、抱きしめてもらうことに
どんなに深い愛を感じるんだろう?って、考えたんだ。』


私の頭が、少しだけ時間が止まったような感覚に陥った。


『ど、どう・・・?やっぱり、変?』と、電話越しからでもわかる彼女の自信なさげな声。

―――変じゃない。ちっともおかしくなんかない。

むしろ、そのとおりだと思った。
だって私もついさっき、似たようなことを考えたから(マイナス思考でしたが)。


「変だなんて・・・全然。そんなことありませんよ。
私も、そう思います」

『え、和ちゃんも?』

「はい・・・」

『ホント?なんか嬉しいな!』

「そ、そうですか?」

『うん!和ちゃんと一緒ってだけで、すごく嬉しい!』

「っ!」


ま、またこの人はこういう・・・
人の気持ちを乱すようなことを・・・・・!

いったいこれで何度目になるんだろう?
少し考えてみるだけで相当な数になるのに、
毎回毎回私は振り回されっぱなし!
私も含めて・・・!も、もういい加減に・・・・・!


「・・・・して、・・・たは・・・そう・・・・・」

『え?』

「ど・・・して、いつも、・・・・・なのに!」

『ご、ゴメン和ちゃんもうちょっとおっきい声で』

「どうしてあなたはいつもそうなんですかっっ!!」

『ぅええぇ!?』

「いつもいつも!そうやって私を喜ばせるようなことばっかり!
普段はよく転んだり泣いたりで頼りないところがまるで子犬のようなのに!」

『えぇ!?そんな風に思ってたの!?』

「それなのに!いざという時になると凛としてて!
麻雀も強くて!かわいくて!かっこよくて!すごく素敵で!!」

『えっ、ちょっ!?』

「とても素直で!面倒見もよくて!文学少女で!そばにいるだけで安心できて!!」

『いや、あの・・・の、和ちゃん?』

「すぐ抱きついてきたり!」

『あぅ・・・!そ、それは・・・・・』

「そ、それに・・・っ。今この時だって・・・・・!」

『・・・・・・え・・・?』


ああ、私の声が震えている。
声だけじゃない。
身体中が。
私の全てが震えている。

それに構わず、私は今から何を言い出そうとしている?


「ちゃんと、ちゃんと隠し切ったつもりだったのに・・・
それを貴女は見抜いて、こうしてわざわざ電話まで・・・。

優しすぎるんです、咲さんは。
どうしてこんなに優しくしてくれるんですか?
どうしてさっきの私に気付いてしまったんですか?

おかげでもう・・・止まらないじゃないですか・・・・・。」


涙じゃない。
貴女への想いが。

だけどそれはまるで涙のように、あふれてあふれて止まらない。
止められない。
それは涙と同じように、涸れることを知らない。


『和、ちゃん・・・』

「いつもは鈍感なのに、どうしてこんな時だけ・・・」

『あっ、そ、それはね!?』

「咲さん」

『私が――・・・はいっ?』


「今から、会えませんか?」



*



や っ て し ま っ た 。


待ち合わせの公園のベンチに一人、頭を抱えて座り込む。

いったい何をしてるんだ、私は。
感情に流されるまま彼女を呼び出してしまうなんて・・・はあ。
私が私じゃないみたい。
どうして・・・どうしていつも、彼女を相手にすると冷静な判断ができなくなるんだろう。
麻雀の時はなんとかうまく立ち回れるようになってきたのに。エトペンのおかげで。

「はあ・・・」

数えてはいないが、恐らく今日1日だけで結構な数になると思われるため息をつきながら、
紺色が混じりつつある茜色の空を見上げた。
・・・咲さん、まだかな。


――

結局、だいぶ待ったんだと思う。
1分1秒ごとに焦りと心配が募り、さすがに限界を越えた私は
近くを探しに行こうと急ぎ足で公園を一歩踏み出した・・・――その時に出くわした。
慌てて自転車から降りる彼女の、めったに見ることのできない私服姿に一瞬ドキッとしたのを覚えている。
そんな私がまだ制服姿なのをおかしいなと思っただろうか。


「ゴメン和ちゃん!待たせちゃったよね!?」

「私から呼び出しておいて何ですけど・・・遅かったです」

「うう・・・ゴメン」

「いえ、そうではなく・・・心配しました」

「・・・!
あ、あのね?前に来たときよりも暗くて、道がよくわかんなくなっちゃって・・・それで・・・」

「・・・なるほど」


それは100%私が悪かったですね・・・
彼女はここに私と一緒に3日ほど来たことはあるのだけれど、よく道に迷うことを忘れていた。
私としたことが。

「の、和ちゃん・・・心配かけてゴメン」

「いえ、今度から私も気をつけます」

「え!何に!?」

「こちらの話です。
・・・・・そ、そんなことより!あの、実は私!咲さんにお話があって・・・!」

「・・・・・・うん。なにかな?」


神妙な面持ちにさすがの彼女も何かを感じ取ってくれたのか、
私が話しやすいように笑顔でいてくれる中にも、何らかの静けさを漂わせている。

目を閉じて、深呼吸を1回。
高鳴る胸の鼓動を少しでも沈めようと努力してみるが、焼け石に水とはよく言ったもので。

「・・・はぁ・・・・・・」


ああ、とうとう切り出してしまった。

―どくん。

もう、今しかない。

――どくん。

全く迷いがないわけではないけれど、

―――どくん。

でも、今伝えなかったら・・・!

――――どくん!


(絶対に、後悔する。)


イマ、ゆっくりと目を開けた。



*



「咲・・・さん」

「ん?」

「・・・っ。あの、そのお話というのはですね、あの、どうしても咲さんに伝えたいことがあって」

「・・・うん」

「突然こんなこと言ったら変に思われるかもしれないんですが、というか確実に変なんですが」

「そんなことないと思うけど・・・」

「そ、そんなことありますっ!・・・で、でも、それでももう伝えないでいることに耐えられなくて・・・!」

「・・・ ・・・ ・・・」

「・・・咲さん。私がこれから言うことに、ウソ偽りや同情は一切含めず、本音で返してください」

「・・・わ、わかった」

「・・・ ・・・! ありがとうございます・・・すぅ、はぁ・・・

・・・・・・さ、咲さん!!私・・・実は私、貴女のことが―――――!!」






「よ~し!マル!取って来ーい!」

ぽーん。




―――は?





――




一体、何が起こったのか。
結論から言うと、お察しのとおり邪魔が入りました。
この公園の近くに住んでいるらしい綺麗な女性の方と、その飼い犬さん。

いつも散歩コースの途中にある公園でボール遊びをしているらしい。
それで今日は私たちが公園内にいることに気付かず、早く遊びたそうにしている飼い犬さんのために、
公園に入る前からボールを投げ入れたとのこと。(ちなみにリードは直前で外したとか)

「ご、ごめんね!ここってこの時間帯めったに人いないから、つい!」
・・・だそうだ。


(ごめんなさいじゃないですよ・・・)


『・・・実は私、貴女のことが―――――!!』

前代未聞のタイミングで足下に飛んできたボールとかわいらしい柴犬。
怒るべきなのか、戸惑うべきなのか、落ち込むべきなのか・・・いや、怒るべきか?


「あ・・・いえ!大丈夫です!私犬好きですから」

と、苦笑しながらもフォローを入れる咲さん。
その隣ではしっかりとボールをくわえた柴犬がしっぽを振って座っている。

「いや、でもなんか今ハヤリのKYってヤツだったんじゃ・・・」

「ぁ、あはは・・・そ、そんなことないですよ。ね、ねぇ?和ちゃん?」

「あ、はい。気にしないでください」

「「・・・っ!?」」

・・・あれ、2人とも固まってしまった。
変に感づかれないように笑顔で言ったつもりだったのに。

「そっ、そ、そっかあー!それならよかった!じゃ、じゃあ私は帰りますんで!」

「え?あ、はい!さ、さようなら!」

「サヨナラー!ほら、マル!帰るよ?」


なぜか逃げるように急いでリードを手に持つお姉さん。
しかし、まだ全然遊び足りないらしいその柴犬は、そんなお姉さんから逃げるように隠れてしまった。
私の、後ろに。
途端に咲さんとお姉さんが青ざめたのが今でも謎である。


「・・・・・・・。」

「の、和ちゃん!そのコに悪気はないから・・・っ!」

「ご、ごめんね君!うちのマル あ、いや犬ホントばかだから!私に似てKYでっ!」

「・・・マルちゃん、というんですか?このコは」

「え?う、うん」


そっと、しゃがむ。マルちゃんと目が合う。
さっきまでパタパタとさせていたしっぽに元気が見られない。耳までたれている。
そっと、頭をなでる。マルちゃんが目を細める。


「・・・ふふ、かわいいですね」

「「・・・・・!」」


ここで2人が安堵のため息らしきものをついたのもいまだに謎のままだけど、
私にはとある誰かさんを思い出させるこのコを責める気なんて、少しも起きなかったとだけ言っておこう。



*


お姉さんも反省してくれたことだし、今や誰にも罪はなくなった。
というわけで、私たちもマルちゃんと遊ぶことに(正直言って心中もやもやしたままでしたが)。

だけど、楽しかった!
第一印象はお世辞にもいいとは言えないあのお姉さんも、気さくでいい人だったし、
マルちゃん(本名:マルゾネス)もおりこうさんでとても愛らしくて。
それに何より、咲さんがすごく楽しそうにしていたから。
そんな彼女の様子を見ているだけで、だんだんと穏やかな気持ちになってくるから不思議なものだ。


「じゃっ!今日はホントうちのマルと遊んでくれてありがとう!またいつか!」

「はい!さようなら~!」


あれから数十分後。満足したらしいマルゾn・・・マルちゃんを引き連れて、お姉さんは去っていった。
思えば、犬とボール遊びしたのはこれが初めて。
なんだかいい経験ができた気がする。また遊べたらいいな。


「楽しかったね♪」

「はい!」

「また会えたらいいなあ~」

「ふふ、そうですね」


にこにこと笑いあう。
・・・?? はて。何かとてつもなく大事なことを忘れている・・・ような、―――。

(――ハッ!そ、そうでした・・・!)

ち、違う!私はなにも、彼女と一緒にボール遊びをするためにここに呼び出したんじゃない!
もっと、もっともっと重要な用があったんだった!

・・・どくんっ・・・!
思い出した途端に復活する我が胸の鼓動。
緊張感が半端ない。
言い出すタイミング?そんなのはもう関係ない。
勝負を途中で投げ出すことはしたくないだけだから。
たとえその結果が、“最悪”なものであったとしても。

私は軽くうつむきながら、彼女の左手のすそを控えめに握った。


「あ・・・あ、あの、さ、ささ咲さんっ」

「?」

「さ、さっき・・・色々あって言いそびれちゃいましたけど、あ、あの・・・つまりですね?
その、私・・・・・・! きゃっ!」





――私が彼女に抱きしめられていることを認識するまで、5秒強。

・・・なにがなんだかわからない。
が、これは現実である。私を包み込んでいる大好きな匂いと暖かさが証明してくれる。
けれど、そんな彼女の予期せぬ行動のせいで私の思考回路はパニック寸前。
驚きのあまり声が出せなかった。
一瞬の内にまたもや訪れた静寂。それを振り払うのは・・・・・



「私から言う。

・・・大好きだよ。」



「―――・・・!!

・・・うっ、うぅ・・・さ、さきさん・・・!ぐずっ、咲、さっ・・・」



それは、抱きつき返すというよりはあまりに強い力だった。
しがみついた、という方がきっとしっくりくるだろう。

私にとって彼女のその一言は、今まで生きてきた中で1番嬉しくて、1番響いた内容だった。

《自分が好きな人から同じように好かれていた》
確かに、ただそれだけのことかもしれない。でも、

こんなに短い人生なのに?
星の数ほど人がいるのに?

とにかくうれしくてうれしくて、
その胸を借りて気が済むまで泣いた。泣きはらした。


その間も優しく包み込んでくれていた貴女のあたたかさを、私は一生忘れない。



*



例えば100人に嫌われるより
たった1人、
貴女に背を向けられてしまったら
私はいとも簡単に
生きる意味を失ってしまう。

例えば100人に愛されるより
たった1人、
貴女に愛されることの方が
とても難しい様に思う。

例えば100回の「I Love You」より
たった1秒、
貴女に抱きしめてもらう事に
どんなに深い愛を感じるだろう。



――


ヒト気のないとある公園。
ここは2人のかけがえのない場所となった。
いや、2人にとっては場所や時など関係ないのかもしれない。
貴女がいて、私がいる。
それだけでもう十分。

次に言う言葉はもう決めていた。


「咲さん・・・」

「あ、和ちゃん。落ち着いた?」

「はい・・・あの、」

「なあに?」



「ありがとう、ございます・・・」

「・・・ううん、こちらこそ。ありがとう。」



声にしなくともわかってくれた貴女。
何よりも大切な貴女。

そんな貴女がいるこの瞬間に、感謝します。



「私も、大好きです!」


~FIN~

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最終更新:2010年04月25日 23:37
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