4-873氏 無題

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修学旅行二日目夜

〈和視点〉

何が変わったのかと言われると、自分でもよくわかりません。
ただ、何もかもが変わってしまったような、そんな気がします。

彼女の姿を追いかけている内に、ふと目が合ってしまった時、
以前の私なら、恥ずかしくて目を背けてしまっていたでしょう。
でも今は、その視線を真正面から受け止めることが出来るんです。
嬉しくてつい顔が綻ぶそばから、彼女も同じように笑っているのが見えて、
まるで時間が止まってしまったみたいに幸福感に包まれます。

(咲さん)

心の中で彼女の名前を呼んでも、もう心苦しくなることもありません。
咲さんも同じ気持ちで私の名前を呼んでいるとわかったから。

(あなたが好きです)

どれだけ想っても、報われることはないと思っていました。
彼女にとって私はただの友達でしかない。
たった一人の恋人になんてなれるわけがない。
そう言い聞かせて諦めようとしていた私を彼女は抱きしめてくれたんです。

『ずっと好きだった。和ちゃんのことが。友達だなんて思ってなかった』

そう言いながら。
その時の感動は言葉になんて出来ません。
想いが届いたことがどんなに嬉しかったか。
吐息と共に伝わってくる彼女の体温がどんなに温かかったか。
あれ程強く

(人を好きになって良かった)

と感じたことなんて、今までありませんでした。

昂ぶった気持ちは伏見稲荷から京都に帰って来た後もおさまらず、
宿舎で食事を取っても、お風呂に入っても、布団に横になっても

(咲さん……)

彼女の姿を絶えず瞼に浮かび上がらせました。
一日歩き回って疲れている筈なのにちっとも眠気が起きなくて、
それどころか咲さんへの想いが溢れて目が冴えてしまう始末。
宵闇の中、微かに見える時計は午前一時を指していて、その時初めて
私はかれこれ三時間以上も熱に浮かされたように彼女のことを考えていたことを知りました。

「はぁ…」

エトペンを胸に抱きながらもう何度かわからない寝返りを打ったその時、

(あれ?)

隣に寝ていた筈の咲さんが徐に体を起こしているのが視界に飛び込んで来ました。

(どうしたんでしょう?)

そう思っている間に布団から立ち上がり、扉の方へと足音を殺して歩き出した咲さん。
目を離すことが出来ずにその姿を見守っていると、
彼女はノブに手を掛けてそっと空けるや否や、扉の向こう側に見えなくなってしまいました。

(こんな時間に一体どこへ?)
(またお手洗いでしょうか?)
(でも、お手洗いなら部屋の中にあるのに…)

少し気になった私は布団から抜け出し、咲さんを追って部屋の外へと出ました。

宿舎の廊下はすっかり静まり返り、非常灯の明りがぽつりぽつりと散らばっているだけ。
右を見ても左を見ても咲さんの姿はありません。
私は取り合えず自販機コーナーのあるロビーの方へと歩き出しました。

気が小さい彼女のこと、こんな暗がりの中にいたら不安になる筈に違いありません。
そう思うと知らず知らず歩く速度が速まります。
昼間とは全く違った様子の廊下を歩き、幾つか角を折れ、そうやって少し息を上げながらロビーに辿り着くと、
果たして自販機コーナーの前に置かれたベンチのに座っている咲さんの姿が見えました。

「咲さん?」

そう声を掛けると、彼女は予期していなかったのかびくりと体を震わせましたが、
私の姿を認める否やすぐに緊張を解いて、人懐っこい笑顔を浮かべました。

(甘えん坊の子犬みたい)

真直ぐ私を見つめる視線が可愛くて、私もつられ笑いをしながら隣に腰を下ろします。
もう遠慮する必要も無いのでその手を握ると、彼女は困ったように微笑みかけてきました。

「どうしたんですか?」

という私の言葉が無人のロビーに響き、ややあって

「眠れなくなちゃって……」

咲さんの声が再び静寂を震わせました。

「咲さんもですか?」

驚きと嬉しさに包まれながら彼女を見つめると、照れくさそうな表情が返って来て、
月並みな言い方かも知れませんが、

(同じ気持ちでいてくれたんですね?)

私は少し感動してしまいました。けれど、

「うん。和ちゃんのことを考えていたら、目が冴えちゃった。
何だか千本鳥居でのことがずっと頭の中に残ってて、明日になっちゃうのが少し悲しくなったんだ」

という言葉が続けて紡がれたので、少し意外な気がします。それで思わず

「どうしてですか?」

と尋ねた私に向って、咲さんは益々恥ずかしそうに俯きながら言いました。

「あ、あのね。折角恋人になれたんだから、もっと話がしたかったなって。二人きりで、もっと……」

その瞬間握っていた手が強く握り返されて、心臓が高鳴ると共に体が熱くなりました。
最終更新:2010年04月25日 23:54
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