〈和視点〉
それから一ヵ月後のホワイトデーに咲さんからお返しを貰いました。
それは、シンプルではあるけれどとても美味しい手作りチョコレート……
ホワイトデーにチョコレートなんて、少しおかしいかもしれません。
でも、咲さんが私と同じ気持ちで居てくれたことがわかってとても嬉しく思いました。
そしてその年から、バレンタインデーに私がチョコを送り、ホワイトデーに咲さんチョコを返すのが私達二人だけの特別な行事になったんです。
二年生のホワイトデーは冬休みを利用して咲さんの家にお泊りをし、その時、初めて咲さんとキスの先に進みました。
恋人として以前よりももっと深い絆で結ばれた私達は、同じ大学に進学することを決め、
やがて高校生活最後のホワイトデーを迎えた頃、丁度その大学への推薦入試が終わり、合否を知らせる通知が届来たんです。
結果は、二人揃っての合格。
受話器越しにそれを聞いた私は居ても立ってもいられずに部屋を飛び出しました。
急ぎ過ぎてコートを羽織るのを忘れ、走り出してすぐに寒さに包まれましたが、
それでも、取って返す気には到底なれませんでした。
まだ残雪の残る田舎道を飛び越えられないのがもどかしくなる位、早く咲さんに会いたくて、仕方がなかったんです。
やがて冷たい空気に喉が傷んで呼吸がままならなくなっても、それでも所々咲いた梅の花を横切って走り続けたのは
(息が苦しい)
会いたかったから。
(胸が張り裂けそう)
一秒でも早く会いたかったから。
やがて、真直ぐ伸びた道の向こうに私と同じように肩で息をしながら走ってくる人の姿が見えました。
見覚えのあるショートカットは他でもない私の恋人のもの。
その下の両目が嬉しそうに細められたのが見えて、私も嬉しくてたまらなくなりました。
残雪を蹴って、手を伸ばして、その上気する体を抱きしめて、キスをして、、、
「これからもずっと一緒ですよ?」
「うん。ずっと一緒だね」
確かめるように頬に触れて、またキスをして、、、
この瞬間はもう二度と訪れないけれど、でもこれからもずっとこんな瞬間を二人で積み重ねていける、
そう思うと何だか涙が出る位幸せでした。
ふとした拍子に全部夢じゃないかと不安になって、確かめるために咲さんの体を抱きしめます。
汗の匂いと、吐息の匂いと、咲さんの匂いが鼻をくすぐりました。
紛れもない本物の温もりに安心していた私に、その時咲さんが言ったんです。
「あのね、和ちゃん。ホワイトデーのプレゼントがあるんだけど、受け取ってくれないかな?」
「はい、勿論」
「返事はいつでもいいの。気持ちが固まったら、その時に答えを教えて」
「は、はい」
私は突然の申し出に少し驚きつつ、頷きました。
その時、視線の先の咲さんがいつになく真剣な顔をしていることに、ようやく気付いたんです。
思わず気が引き締まり、自然と言葉が出なくなります。
一瞬の間を置いて、張り詰めた沈黙を破るように咲さんがポケットから取り出したもの…………
それは………
「これね、大学の近くに借りた私のアパートの合鍵なんだ……」
銀色に輝く真新しい鍵でした。
一体何と答えればいいのか……。
驚きと感動で言葉に詰まりました。
(嬉しいです。とても……とても……)
緊張のためか、鍵を持ちながら咲さんの手が微かに震えているのがわかります。
それが愛おしく思えたからぎゅっと手を包み込んで、でもそれだけでは足りない気がしました。
もう答えなんて決まっていて、私は躊躇うことなく彼女の唇に自分の唇を重ねました。
最終更新:2010年04月26日 20:42