5-387氏 無題

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「おやすみ、和ちゃん…」

宮永咲がそう呟いた時、時刻は既に夜の十一時を回っていた。
場所は清澄高校が所有する、生徒のための合宿所。
訪れていた清澄高校麻雀部の部員達は特打ちの疲れから、すっかり寝入っていた。
ただ、『お休み』の挨拶を呟いた宮永咲と、その言葉を聞き届けた原村和の二人を残して。

勿論、朝から続いた対局でくたくたになっているのは二人も同じこと。
宮永咲の声音には疲労の色が濃く、畳敷きの部屋に満ちる部員達の寝息の輪の中に、
間を置かず入っていくかに思われた。
しかし、彼女の言葉が夜のしじまに消えて行こうかというその間際、

「待って下さい」

もう一人の少女、原村和が遮るように呟いたのである。
それは懇願するような切実な響きを帯びていたおり、
布団に横になっていた宮永咲の体を起こして

「どうしたの?」

と、慌てた様子で尋ねさせるのに十分だった。

部屋にはそれまで他の部員達の寝息が微かに響くだけであったが、
その間延びした空気に、にわかに緊張感が漂った。
暗闇の中で流れていた時間の速度まで、変わってかに思われる程……

少しの沈黙の後、返事を待っていた宮永咲の耳に聞こえて来たのは

「お、お休みのキスをして下さい」

という、原村和の恥ずかしそうな声だった。

思いも寄らない御願いだったのだろう。

「お、お休みのキス!?」

尋ね返した宮永咲はひどく驚いていた。
それに対して

「駄目ですか?」

と懇願を重ねる原村和は、いよいよ恥ずかしそうに声を小さくしていく。

「キスって、そんないきなり…」
「………」

言葉にならないやりとりをしながら、それから少しの間、二人の意志はぶつかり続けた。
周りを包むのは、相変わらずの宵闇と静寂。

それが再び動き出したのは、宮永咲が一つ大きく深呼吸してからのこと。
彼女は自分の布団から脱け出ると、

「お、お邪魔します……」

酷く落ち着かない様子で、原村和の布団へと潜り込んだ。
そして、掛けてあった毛布からちょこんと頭をのぞかせると、
鼻先が触れ合いそうな程近付いた原村和に向って

「お休みの……キスをするね」

相変わらず落ち着かない調子でそう宣言した。


一瞬の沈黙の後、重なり合う二つの唇。
それはぎこちなくとも、友情の延長線上には決して生まれない、心の篭もったキスだった。
近付いた宮永咲も、受け止めた原村和も、触れ合った唇を通して同じものを分け合っていた。

しかし、少女にとってそれはあまりに鮮烈なものだったのかも知れない。
宮永咲はすぐさま唇を離し、原村和もまたそれを追いかけるようなことはしなかった。

それでも、二人はもうそれまでとは違う一歩を踏み出し始めていた。

「お休み、和ちゃん」

二度目の挨拶を次げた宮永咲は自分の布団に戻らず、

「お休みなさい、咲さん」

初めて同じ挨拶を返した原村和も、自らの布団にもう一人の少女を受け入れたのだった。
一つの布団にくるまって、二人はその瞬間から恋人としての一歩を共に歩み始めたのかもしれなかった。
最終更新:2010年04月26日 20:55
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