〈竹井久視点〉
ずっと夢に見ていた。
全国大会の舞台に立つことを。
けれど進学した高校の麻雀部は人がいなくて、
団体戦に出場することすら出来なかった。
それでも諦めなかった私に、三年目、ようやく神様が微笑んでくれた。
初めて参加した予選大会で優勝して、全国大会への出場資格を勝ち取ったのだ。
勿論、ここでおわりなんかじゃない。
むしろ逆で、ここから全てが始まる。
全国大会の本戦が。
ずっと恋していたようなものだから、本戦でも優勝したい。
絶対優勝するんだって、それしか考えていない。
でも願うだけでは駄目だってことも、当然わかってる。
だから、みんなにはもっと強くなってもらわなきゃいけない。
その中でも咲…
……あなたには特に。
ねえ、咲。
あなたはまだ知らないと思うけど、恋ってね……人を強くするのよ。
私が今まで全国への夢を諦めなかったのも、ひとえに恋をしていたから。
全国への想いに焦がされて、忘れることなんて到底出来なかった。
もし恋をしていなかったら、今というこの瞬間も無かったって、はっきり言い切れるわ。
残念だけど、私達の中で全国クラスの魔物と闘えるのは、咲、あなたしかいない。
だから、あなたにはもっと強くなって貰わなきゃいけない。
『そのために、まほちゃんを呼んだのよ』
そう言ったら、咲、あなたはなんて答えるかしら?
『人は自分の領域を侵すものを恐れるもの』
まほちゃんの牌譜を見た時、その言葉が頭を過ぎったわ。
だって、和や優希にそっくりな打ち筋なんだもの。
まるで本人をコピーしたみたいにね。
咲は当然知らないわね。
『もしこの子をあなたと戦わせたら、あなたはきっとかつてない恐怖を感じるだろう』
私がその時そんな風に思っていたなんて。
自分の最大の武器である嶺上開花で、逆に打ち取られることほど屈辱的なことはない。
まるで自分の存在を否定されたみたいな喪失感に包まれるはず。
悪いかなって思いつつ、シナリオは頭の中でどんどん固まっていった。
更に都合が良いことに、まほちゃんは和の後輩だった。
しかも、優希に聞いたら、まほちゃんは和を尊敬していて、和もまたまほちゃんを可愛がっていたって言うじゃない。
『人は自分の領域を侵すものを恐れるもの』
ねえ、咲。
あなたの最大の武器である嶺上開花を奪われて、
しかもその相手があなたの大好きな和と仲良く話していたら、あなたはどう思うかしら?
そうね。
あなたはきっと、失いたくないと思うはず。
だって、黙って笑える程、あなたはもう無垢じゃないもの。
自分では気付いていないけれど、あなたは和に恋をしているわ。
そして、そのことを、まほちゃんとの勝負で思い知ることになる。
嶺上開花が奪われ、和まで奪われたその時にね。
『嫌だ』
『失いたくない』
あなたの心はその想いに貫かれる。
そして血が出るような激しい心の痛みに包まれた後で、きっと気付くわ。
自分が和に惹かれていることに。
友達以上に想っていることに。
恋は人を強くする。
だから、あなたはきっと強くなる。
和を失わないために、今までよりずっと………ね。
最終更新:2010年04月26日 21:03