5-480氏 無題

〈竹井久視点〉

ずっと夢に見ていた。
全国大会の舞台に立つことを。
けれど進学した高校の麻雀部は人がいなくて、
団体戦に出場することすら出来なかった。

それでも諦めなかった私に、三年目、ようやく神様が微笑んでくれた。
初めて参加した予選大会で優勝して、全国大会への出場資格を勝ち取ったのだ。

勿論、ここでおわりなんかじゃない。
むしろ逆で、ここから全てが始まる。
全国大会の本戦が。

ずっと恋していたようなものだから、本戦でも優勝したい。
絶対優勝するんだって、それしか考えていない。
でも願うだけでは駄目だってことも、当然わかってる。
だから、みんなにはもっと強くなってもらわなきゃいけない。
その中でも咲…
……あなたには特に。


ねえ、咲。
あなたはまだ知らないと思うけど、恋ってね……人を強くするのよ。
私が今まで全国への夢を諦めなかったのも、ひとえに恋をしていたから。
全国への想いに焦がされて、忘れることなんて到底出来なかった。
もし恋をしていなかったら、今というこの瞬間も無かったって、はっきり言い切れるわ。

残念だけど、私達の中で全国クラスの魔物と闘えるのは、咲、あなたしかいない。
だから、あなたにはもっと強くなって貰わなきゃいけない。

『そのために、まほちゃんを呼んだのよ』

そう言ったら、咲、あなたはなんて答えるかしら?

『人は自分の領域を侵すものを恐れるもの』

まほちゃんの牌譜を見た時、その言葉が頭を過ぎったわ。
だって、和や優希にそっくりな打ち筋なんだもの。
まるで本人をコピーしたみたいにね。

咲は当然知らないわね。

『もしこの子をあなたと戦わせたら、あなたはきっとかつてない恐怖を感じるだろう』

私がその時そんな風に思っていたなんて。

自分の最大の武器である嶺上開花で、逆に打ち取られることほど屈辱的なことはない。
まるで自分の存在を否定されたみたいな喪失感に包まれるはず。

悪いかなって思いつつ、シナリオは頭の中でどんどん固まっていった。

更に都合が良いことに、まほちゃんは和の後輩だった。
しかも、優希に聞いたら、まほちゃんは和を尊敬していて、和もまたまほちゃんを可愛がっていたって言うじゃない。

『人は自分の領域を侵すものを恐れるもの』

ねえ、咲。
あなたの最大の武器である嶺上開花を奪われて、
しかもその相手があなたの大好きな和と仲良く話していたら、あなたはどう思うかしら?

そうね。
あなたはきっと、失いたくないと思うはず。
だって、黙って笑える程、あなたはもう無垢じゃないもの。
自分では気付いていないけれど、あなたは和に恋をしているわ。
そして、そのことを、まほちゃんとの勝負で思い知ることになる。
嶺上開花が奪われ、和まで奪われたその時にね。

『嫌だ』
『失いたくない』

あなたの心はその想いに貫かれる。
そして血が出るような激しい心の痛みに包まれた後で、きっと気付くわ。
自分が和に惹かれていることに。
友達以上に想っていることに。

恋は人を強くする。
だから、あなたはきっと強くなる。
和を失わないために、今までよりずっと………ね。

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最終更新:2010年04月26日 21:03
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