5-724氏 無題

<咲視点>
全国大会の開会式。
その晴れの舞台で選手宣誓をしたのは前年度の個人戦優勝者、白糸台高校の宮永照。
つまり私のお姉ちゃんだった……

壇上に立って片手を上げたお姉ちゃんは、一緒に暮らしていた頃と少しも変わらない声で、
滔々と誓いの言葉をのべていった。
それを聞いているうちに、何だか胸が痛くなった。
一緒に過ごした日々の懐かしさと、離れ離れになった後の寂しさ。
記憶の中に焼きついている色々な思い出が一度に沸き上がってきて、居てもたってもいられなくなったんだ。
それで、開会式が終わるのと同時に、弾かれるようにして白糸台高校の選手達が並んでいた場所へと走り出していた。

開会式が終わったばかりの会場はオモチャ箱を引っ繰り返したみたいになっていた。
いたるところに人だかりが出来ていて、何度も行く手を遮られた。
その度に

(置いていかれちゃう)

って焦る気持ちと

(行かないで、お姉ちゃん)

って願う気持ちが大きくなった。
大きくなるその二つの気持ちで心を一杯にしながら、私は何度も何度も、必死で人混みを掻き分けた。
ぶつかって、つまづいて、それでも必死に掻き分けて……
どれくらいそうしているのかわからなくなった時、
ようやく開会式の会場を後にしようとする白糸台高校の選手達の背中が見えた。

息はもうすっかり荒くなっていたけど、それでも無理矢理声を振り絞って呼びかけた。

「お姉ちゃん!!」

って。

その背中が一瞬立ち止まるのが見えて、色々な想いが胸を駆け巡った。

(お姉ちゃん)
(私、お姉ちゃんに会うために頑張ったんだよ)

でも、返事はなかった。
お姉ちゃんは私の気持ちなんてまるで興味がないみたいに、
次の瞬間にはもうさっきと変わらぬ調子で歩き出したんだ。

代わりに白糸台の人達が振り返った。
そして、私とお姉ちゃんを交互に見て、不思議そうに首を傾げた。
けど、それも長くは続かなかった。
会場を後にするお姉ちゃんを追うように、みんな行ってしまった。
一人取り残されて、その時なんとなく

(一生懸命頑張ってここまで来たのに、駄目だったよ…)
(どうしてかな、原村さん)

原村さんのことが思い浮かんだ。



<和視点>
宮永さんの心の中にはお姉さんがいる。
宮永さんは、お姉さんと会うために麻雀をしている。

それはわかっていました。だから、

(何があっても受け止めよう)

そう思っていたんです。
宮永さんが私の隣からいなくなってしまっても傷付かないように、覚悟しておこうって。

でも、全国大会の開会式でお姉さんを追って走り出して、でも振り向いて貰えなくて、
悲しみに打ちひしがれている宮永さんを見た時、胸に悲しみが溢れるのを止められませんでした。

(いい気味ですよ、宮永さん)

そんなこと、とても思えなくて

(どうしてですか?)
(どうして私じゃ駄目なんですか、宮永さん……)

気付くと涙が溢れていました。

あの日、

『一緒に全国に行こう』

宮永さんがそう言ってくれたことが、とても嬉しく感じられました。
(一緒に全国に行きたい)
そう思えたんです。

(一緒に全国に行きたい)
という気持ちが
(いつまでも一緒にいたい)
という気持ちに変わって、それで気付いたんです。
宮永さんのことが大好きなんだと。

だから、彼女の心の中心にお姉さんがいることをとても辛く感じるようになりました。
(そこに私はいないんですね)
(あなたは私と同じ気持ちを抱いてはくれないんですね)
そう思い知る度に、胸が張り裂けるくらい悲しくなりました。

お姉さんに振り向いて貰えず、やがてその場に崩れ落ちるように屈みこんだ彼女を見ながら、
私の目にも涙が溢れました。



<咲視点>
どれくらい呆然としていたかわからないけど、ふと気がついて振り向いたら、原村さんが泣いているのが見えた。
その瞬間、居ても立ってもいられなくなった。
どうして泣いているのか、その理由はわからないけれど、

(とにかく原村さんの涙を止めなくちゃ)

強くそう思ったんだ。
それで、急いで原村さんに駆け寄った。
駆け寄りながら、

(ずっとこうしたかったんじゃないかな)

って、不意に気付いた。
いつも励ましてくれた原村さんをいつか私が励ましてあげたい。
そう思っていたんじゃないかなって、目が覚めるみたいに…。

とても大切なその人の横に立って、

「原村さん、どうしたの? 大丈夫?」

肩に手を乗せたら、彼女が涙に濡れた顔を上げて、ドキっとした。
その涙を拭ってあげたくて、無意識のうちに手を伸ばしていた。そしたら

「私じゃ駄目なんですか?」

かすれた声が聞こえたんだ。

「私じゃ駄目なんですか?」

振り絞るような、小さな声が。
いきなり過ぎて、なんのことかわからなかった。でも

(駄目じゃないよ)

何でもいいから原村さんの悲しみを晴らしてあげたかったんだ。

(駄目なわけないよ)

だから、その手を強く握った。そして

「あのね、この会場の近くに勝負事にご利益のある神社があるんだって。ちょっと行ってみない?」

って、少しでも励ませればいいと思って原村さんを誘ったんだ。

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最終更新:2010年05月02日 01:06
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