私と彼女は恋人だった。
彼女は私のライバルでもあった。
ライバルだったのは出会ったときから。
恋人になったのはつい最近だった。
新学期も始まってひと月を過ぎて、だんだんと涼しくなる毎日。
私は毎朝、待ち合わせをしている。
ほら、今朝も。
「…おはよう、和ちゃん」
「おはようございます」
登校中、取り留めのない会話が続く。
「今度の土日、何か予定ある?」
「いえ…そういえばうちの両親が出かけていませんね」
私の両親が旅行に出かけることになった。
私の家には誰もいなくなる。
兄弟姉妹いないから、当然私は一人きりだ。
「そうなの!?独りぼっちじゃ…寂しいんじゃ…」
「…実は…あの…少しだけ…」
す、少しだけです。はい。
…ふいに名案がよぎった。
いや…これを名案と呼んでいいのかわかりかねる。
だって、それは…。
「…もし迷惑じゃなければ…一緒に、いてもらえませんか…?」
…だめ、ですか?
「…不思議だね。私も…それ言おうとしていたの…」
「……じゃあ…!」
「うん。土曜日、お泊まり会だね…」
私と彼女は恋人だった。
彼女は私の憧れでもあった。
容姿端麗、頭脳明晰。
私には眩しい存在だった。
そんな彼女の家に土曜日、遊びに行くことになった。
今から楽しみで。
ワクワクとドキドキが止まらない。
胸が弾む、まさにぴったりの言葉。
部活の真っ最中にもそうなのだから、他は尚更だった。
「はーい、注目ー。次の休日の部活は…土曜日が午前中、日曜日が休みね」
部長がそう言って、私とあなたは目を合わせる。
…朝からは無理になっちゃったね。
部活が終わってから、私のワクワクは始まるみたい。
ついにその日はやって来た。
午前中で部活が終わった。
昼食は私と優希と彼女の三人で、タコスのお店へ行くことになった。
「優希ちゃんはタコスばかりで飽きないの?」
「飽きるわけないじょー♪特にここはお気に入りの店なのだ!さあさあ、皆、食べたまえ~」
「…優希と勉強した場所でもありますけどね」
「うう…!今嫌な記憶が……こーなったらタコスを食べて記憶をけすしかないじぇ…!」
相変わらずの食いしん坊さんは、瞬く間にタコスを食べきった。
その中私と彼女も食べ始める。
「美味しいね、和ちゃん…」
「そうですね♪」
そう言うと…さっきまでとは違って、何か…不満?でもあるかのような表情に、彼女はなった。
「…何か?」
「…………」
どうしてか答えてくれない。
私が何かしてしまったのだろうか。
「…なんで名前を呼んでくれないの…」
「え…」
「…私が、和ちゃん、て言ったんだから……」
「あ……」
何があなたが言いたいのかわかりました。
…それは、私が意識的に避けていたことでもあった。
だって…恥ずかしい!
名前で呼ぶと、なんだかやたらと鼓動が高鳴ってしまうから。
でも…あなたが呼んでほしいのなら。
「…ずっと、あのとき以来…呼んでくれないから……我が儘、言っちゃったよ…ごめん」
「…謝らないでください…咲、さん…」
そう言うと、満面の笑みになる。
……可愛かった。
「私をおいてイチャイチャするなー!む~!」
「わぁ!ゆ、優希ちゃん…」
「…ごめんなさい、優希…」
「人前ですぐに2人の世界に入るのはよくないじょ…?」
…最もです。ごめんなさい。
昼食後、優希ちゃんとは別れて、和ちゃんと2人で行動する。
一緒に夕飯を作るから、スーパーに行って食材を買うことになった。
「和ちゃんは何食べたい?」
「さっきお昼食べたばかりだから…あまり考えられませんね」
「そうだね…でもこうゆうときだとあまり買いすぎないで済むよね」
「…そうなんですか?」
「うん。ほら、お腹が空いた時に夕飯の食材を買おうとすると、ついつい買っちゃうものとか出てくるし…」
「咲さんは家庭的ですね♪」
「そんなことないよ…!でも料理はよくするよ」
うちにはお母さんがいないから、私がよく作る。
少し寂しいけど、もう慣れた。
「……寂しかったら…私がいますから…あの…」
もしかして、顔に出ていたのかな。
そうでなくても、嬉しかった。
以心伝心、とでも言うのかな。
「うん…ありがとう。今は…和ちゃんがいるから寂しくなんてないんだよ?」
「…嬉しいです…」
「えへへ…」
思わず、笑いあった。
「カレーにする?簡単だし」
「そうですね…」
カレーはうちではあまり食べない。
ラーメンしかり、世間知らずに思われてしまいそう。
店内を2人で回る。
買い物かごは2人で持った。
私は左手、彼女は右手。
…間接握手。
こんなわずかなことながら、また心は満たされる。
「…なんか…」
「…?なんですか?」
「こうゆうこと、和ちゃんとしてると…新婚さんみたいだね」
「…!」
いきなり、そんなこと言わないでください!
顔が赤くなるのがわかる。
あなたといるとすぐ赤面してしまう。
…嫌じゃ、ないですが。
「もう…恥ずかしいこと言わないでくださいよ」
「えへへ…ごめんごめん」
「…どっちがお嫁さんですか?」
「え?」
「い、いや!なんでもないです…」
つい聞いてしまった。
いったいあなたは、私をどっちで見ているのかな。
でも、女同士だからどちらもお嫁さん?
「和ちゃんかな…可愛いから!」
…ドキッとした。
「か、可愛くなんてないです…さ、咲さんの方が…可愛いですよ…」
「えぇ~?そうかな…和ちゃんの方が…」
「いえ…咲さんです!」
「和ちゃんだよ…」
「……じゃあ…どちらも、お嫁さんってことで…♪」
「…そうだね…♪」
これではバカップルですね…。
一旦自分の家に行き、予め用意しておいた旅行用の鞄に着替えなどを詰めた荷物を持って、和ちゃんの家に向かった。
その間、ずっと彼女と一緒で。
「おじゃましまーす」
和ちゃんの家に着いたのは夕日が沈みかけた時で、初めて見た彼女の部屋を紅く照らした。
「荷物はその辺に適当に置いてください」
「…………」
「咲さん?」
「あ…ごめん。この部屋、和ちゃんのいい匂いでいっぱいだね…」
「~~~!?!?」
和ちゃんの部屋は素敵だった。
別にふつうの部屋には変わりなかったけれど、好きな人がここで毎日を過ごしているんだ、そう思うとドキドキした。
「あ、じゃあここに置いておくね」
「もう…咲さんたら…」
「え?」
「いえ…あ、リビングに行きましょう」
和ちゃんは夕日に照らされてか、顔が紅かった。
和ちゃんに連れられてそこに行き、お茶にした。
テーブルに椅子の洋服なそこは、三人用で、私は相向かいに座った。
左側には大型のテレビがあって、それは付けず、2人で喋りあった。
「いい匂いだね…」
「はい…」
目の前でぐつぐつといっている鍋。
カレーのいい匂いがあたりに広がっていて、食欲を誘う。
「味見してみようよ」
「いいですね…」
小さなお皿に少しだけ移してすする。
…美味しい。
「どう?」
そう聞くあなたの唇にそっと、今使った小皿を押し当てる。
「…美味しいね」
「咲さんが作ったんですから当然ですよ」
「和ちゃんが手伝ってくれたからだよ…」
「…そんなことないですよ」
「…もう、謙遜しちゃって…」
「あなただって…」
などとくだらない、でも甘いやり取りをしていたものだから…。
「「ぷ…くすくす……っあははは!」」
つい、どちらともなく笑ってしまった。
「なんか…こうして2人で台所囲ってると」
「…?」
「夫婦みたいだね」
…頬が熱くなる。やだな、もう…。
さっきまでは新婚で、今は夫婦だなんて。
「…大好きです、咲さんっ」
本当に…大好き。
最終更新:2010年05月02日 01:21