6-106氏 無題

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思ったことをちゃんと言葉に出来ない。
昔から人に気を使ってばかりで、自分の気持ちを表現するのは苦手。
それが原因で原村さんを

「今の打ち方を続けるなら、退部してもらえませんか」

って、怒らせちゃったこともあるくらい。
根が気弱なせいか、ついつい人の顔色を伺ってしまう……

そんな私だけど、ちょっとずつ自分の気持ちに正直になれている気がする。
きっかけは、原村さんに怒られたこと。
あの時は、まさか自分が原村さんに嫌な思いをさせているなんて思っていなかった。
そんな風に言われたことなんてそれまで一度もなくて、ちゃんと人に気を使えてるって、自分では思っていたから、
本当にびっくりしたのを昨日のことのように覚えてる。

あの時から原村さんが他の人とはちょっと違う、特別な存在になっていった。
お年玉を巻き上げられないように負けないことを覚えて、勝っても怒られるから勝たないことを覚えて、
そうやってずっと自分を殺すことばかりに一生懸命になっていた私に、原村さんは

「本気を出して下さい」

って言ってくれたんだ。
他の人がどう思うかじゃない。
自分はどうしたいのか。
それが大切なんだって、教えられた気がした。
なんだか、

「自分のことをもっと大事にして下さい」

って言われたみたいで、凄く嬉しかった。


あの時から、私は変わったんだと思う。
変われたのは、原村さんがいたから。
気が弱くてすぐに諦めそうになる私を、隣で原村さんが励ましてくれたから、強くなれた。
カツ丼さんに負けた時も、県大会の決勝で負けていた時も、

『全国大会に行かなきゃダメって言ってたのはあなたでしょう』
『この十日で誰よりも強くなればいいんです』
『あの日のあなたはどこに行ったんですか?』
『あの自信に満ちたあなたは…!』

原村さんがそう言ってくれたから、自分を信じることが出来た。
もし一人だったら、きっとどこかで諦めていたと思う。
しょうがないよって自分を慰めて、そんな自分が嫌になっていたと思う。
自分を信じられるようになったのは、いつも隣にいてくれた原村さんのお陰。
原村さんがいたから、自分を大切に出来るようになった。

時間が経てば経つ程、その思いは強まっていく。
どんどん原村さんが大切な存在になっていく。
これからもずっと隣に居て欲しい。
隣に居て、励まして欲しい。
そしていつかは、私が原村さんを励ましてあげられるようになりたい。
私は……
私は、いつの間にか原村さんが大好きになっていた……。

この気持ちを打ち明けるのはやっぱり怖い。
今の関係が壊れてしまいそうで、凄く怖い。
でも、

『本気を出して下さい』

自分に正直になることを教えてくれたのは原村さんだから、嘘をつかずにこの気持ちを伝えたいって、そう思った。


私が暮らす長野県には、七夕人形の風習がある。
清澄からは少し離れた松本地方の風習だけれど、着物を着せた彦星様と織姫様の人形を飾るというもの。
これは貸し小袖の言い伝えがもとになっていて、織物の神様である織姫様に着物を貸して

「着物が上手に縫えますように」
「着物を着せてもっと良い着物が返ってきますように」

って、願をかける意味があるみたい。
七夕はこういう風に棚機つ女(たなばたつめ)の信仰があったりもするけど、勿論、織姫様は織物の神様というだけじゃない。
源氏物語の「七夕の逢瀬」の歌にあるみたいに恋の神様でもある。
だから、

「この恋を打ち明ける勇気が着物と一緒に返ってきますように」

って願をかけて、私は七夕人形の着物を織ることを決めた。

それで、七夕の前日に織姫様と彦星様に着せる小さな二つの小袖を縫い始めたんだけど、
裁縫はあまり得意じゃないから何度も針で指を刺しちゃって、すぐに絆創膏だらけになってしまった。
翌日、登校途中にそのことに気づいた原村さんから

「どうしたんですか?」

って聞かれて、ドキッとした。

「うん、ちょっと」
「指は大切にして下さいね。麻雀が出来なくなったら大変ですから」

心配そうに言ってくれた原村さんに笑いかけながら、

(七夕が終わったら、この気持ちを伝えるね)

心の中で呟いて、空を見上げた。

(この青空が夜空に変わったら……)
(天の川が瞬いた後で朝日が昇ったら…)
(原村さんに、大好きだって、打ち明けよう)

私にとって誰よりも大切な原村さんに、この想いが届きますように。
最終更新:2010年07月13日 14:42
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