みなさんこんにちは。宮永咲です。
突然ですが私たちは今、原村さん家から少し歩いたところにある広めの公園に来ています。
初めて来たけど、意外と人通りが少ないんだね。夕方だからかな?
「宮永さん…お願いですから、絶対に離さないでくださいね?この手を…!」
…え?だから公園だってば。
放課後の屋上でも体育館裏でもなければ、
2人の思い出の場所でも伝説の桜の木の下でもないよ!
っていうか伝説の桜ってなに…?
「うん!大丈夫、何があっても離さないから!安心して、原村さん!」
「宮永さん…!」
「だから、これから一緒にがんばろう?
自転車の練習!」
私は笑顔でそう答え、原村さんが乗っている自転車の荷台の部分を、さっきよりも力を込めて支えた。
「はい!よろしくお願いします!」
「まかせて!」
というわけで私は今、原村さんの自転車の練習に付き合っているところで…――ってはい?
え?き、期待したって…。な、何に!私、何か変なこと言いました!?
『私たちの日常~Let's Challenge Day!~』
事のきっかけは…先週の水曜日。
さっぱりとした天気で、少し風がある日のことだった。
いつものように部室に集まった私と原村さんと優希ちゃんは、
部長たちが来て面子がそろうまで、ガールズトークに華を咲かせていた。
それで、…あれ、なんだったっけ?どうしてああなったんだっけ。
最初は確か「今日はなんだかあったかいね」って話だったんだけど、
いつのまにか「今度の日曜、駅前にできたタコ焼き屋に行こうじぇ!」ってなってたんだよね。
今思い返すと話が飛躍しすぎなような気がするけど、そんなことは案外ふつうのことだったりする。
「タコ焼き?いいね!行きたいっ」
「私も聞きました。おいしいらしいですよ」
「うぬ!これはもう行くっきゃないじぇ!」
この後優希ちゃんの“タコ”への情熱を淡々と聞かされた私たちだったけど、それは割愛するとして…。
「じゃあ、今週の土曜か日曜だな!」
「あ…私は日曜日のほうがいいなー」
「では日曜日に。集合場所は直接駅前でいいとして…あとは時間ですね?」
「早めのほうがいっぱい遊べていいよ?」
「そんじゃあ…!―――」
―
――
「日曜日の11:30、駅前に決定だじぇ~!」
「はーい!」
ということになりました。
週末にも原村さんたちと会える、遊べると思うと自然と頬がほころんでくる。
それは2人も同じみたいで、私の目から見てもウキウキしているのがわかるくらい。
みんな同じ気持ち。
たったそれだけのことがとっても嬉しくて…
「あっ…そういえば、当日は自転車だったりしますか?」
そんな原村さんの意味ありげな質問の真意に気付くことができなかった。
…でも、それは仕方のないことだったんじゃないかなあと今では思う。ちょっぴりね。
だって、みなさんは考えたことありましたか?
『あの原村さんが自転車に乗れない』…だなんてっ!
*
それを知ったのは遊ぶ約束をしたまさにその日。
自転車(ていうかマウンテンバイク?)に乗って颯爽と走り去っていく優希ちゃんを見送って、
2人で帰ろうとした矢先の私を原村さんが呼び止めたのでした。
「あの、宮永さん」
「ん?」
「宮永さんは、いつ頃から自転車に乗れてましたか?」
「え…自転車??」
「あっいえ、別に、ただなんとなく気になっただけで…!深い意味はないですよ!」
「う、うん…?
えっとぉ…確か小学1・2年生くらいのときだったかな?よく覚えてないや」
「……。どのくらい練習したんですか…?」
「うーん、たぶん2日くらい?いや3日だったかも。転ぶたびに泣いてた気がする。あははっ」
「はあ……」
「…? 原村さんは?」
「えっ!わ、私ですか?私は…その…」
あちらこちらと目が泳ぎまくる原村さん。
そのあまりの慌てっぷりに、質問した私のほうが心配になってきた。
(で、でも別におかしなこと聞いてない…よね?)
「…宮永さん…」
「な、なに?」
「質問の答えになってなくて悪いんですが…例えばの話、もし、自分の身近にいる誰かが
小学生でもできることを高校生になった今でもできないでいる――なんてこと、どう思いますか?」
「ど、どうって……。そのできないでいることにもよるけど、そこまで悪いことじゃないと思うよ…?」
「そ…そうですか?」
原村さんの表情が少し明るくなるのを確認した私は、無難に答えておいて正解だったと思った。
というのも、きっとこの例え話はただの例え話ではなく、原村さん自身の話なんじゃないかとなんとなく感づいていたからだ。
でも、いまいち確信が持てないのもまた事実。
もしその仮説が正しかったとすれば、原村さんは“小学生にもできる何か”ができないということになるのだから。
「そうだよ!優希ちゃんだって九九につまづいちゃってるんだし!」
なんて、誰から見ても冗談で言ってるとわかる、そんなフォロー(?)を入れてみた。
きっとすぐに「もう、それは言いすぎですよ?」という彼女の半笑いのツッコミが飛んで―――
「…で、では!九九もできない優希にさえできることができないわたっ…人は!どうですか!?」
…来なかったねー。あはは…
うん。なんかゴメン、優希ちゃん。
―
――
「つまり、原村さんは自転車に乗れないと」
「……はぃ…」
聞こえるか聞こえないか。
そのくらい小さい声で返事をした原村さん。
あれからいくつか問答を重ねた後、やっと正直に教えてくれた。
それにしても、「…別に私は原村さんに何かできないことがあっても、カッコ悪いとか思わないよ?」
って言ったときの原村さんの「どうしてわかったんですか!?」みたいな顔!
かわいくて少し笑ってしまった。
「さっきから言おう言おうとは思ってたんですが、タイミングが掴めなくて…!それに…」
「バカにされちゃうって思ってたの?もぉ、私が原村さんにそんなことするはずないでしょ?」
「そ、それはわかってます!宮永さんはそんな人じゃありません!」
「あ、うん…(面と向かって言い切られるとなんか照れるな…)
じゃ、じゃあなぁに?」
「……もし幻滅されてしまったら、と思うと…」
……。
え?そ、そんなこと??
「あ~もうそれこそないないっ!よく言うでしょ?“完璧な人間なんていない”って」
「それでも…!宮永さんの前では“完璧”な私で在りたかったんです!」
「私の前では??」
「あ」
「…?」
「~~……」
「どうして私の前では―――」
「そっ、そんなことより!自転車に乗るコツを教えてください!練習したいので!」
なぜか急に話を変えられてしまったので質問することができなかった。
っていうか、さっきからこんなことが続いてるような気がする。なんなんだろ?
「自転車のコツかぁ…」
自転車のコツ。突然そんなことを聞かれても、上手に説明なんてできない。
幼少時代のことを必死に思い返してみるも…ダメだ。
自転車に乗る練習をしてた時の記憶なんて、そんなに鮮明に覚えているわけでもない。
よって、アドバイス不可能。
そもそもそういうことって、口で説明しただけでなんとかなるものなのかな?
…だったら、だったらさ!ここは思い切って……
「ねえ、もういっそのこと一緒に練習しようよ!私が先生になってあげる!」
「えぇっ!?い、いいですよ!悪いです!」
「悪くないって♪私だって原村さんの力になりたいし、きっと2人の方が楽しいよ?」
「ですけど…」
「…もし日曜日に間に合わなかったらどーするのかなー?私はヤだなー?原村さんと一緒に遊びたいな~?」
「う…。大丈夫です!絶対間に合わせてみせますから!」
…ありゃりゃ、やっぱり原村さんらしい答えが返ってきちゃった。
でもね、私が1番心配してるのはそこじゃないんだよ?
私は少しだけ息をついて、笑いかけながら原村さんの両手を取った。
「そうじゃなくて、慣れないことをいきなり1人だけでやるのって危ないでしょ?
原村さんもそれはわかってるよね?…ってアレ?原村さん、聞いてる?」
「…あ、あぁ!スミマセン、危ないです、ハイ」
「でしょ?だから心配なの。原村さんがケガしたとこなんて見たくない」
「宮永さん…」
「だからお願い、私にも手伝わせて?私だって原村さんの力になりたいんだよ」
「…宮永さん」
「ダメ…かな?」
「……いえ、ダメじゃないです。宮永さんがそこまで言ってくれるのなら…」
「ほ、ホント!?」
「ええ。むしろ、私のほうからよろしくお願いします。宮永…先生?」
「ふふ、うんっ!じゃあ早速明日からがんばろうね!」
「はいっ!」
…というわけで、私と彼女の挑戦の3日間が始まったのでした。
*
翌日の部活終了後。
麻雀部のみんなに変に悟られないよう、そそくさと学校を後にした私たち。
そのまま原村さんちに直行し、持参したジャージに着替えたら、練習場となる公園へGO!
一応ある分にはあったらしい自転車を取り出してきた原村さんは、目に見えてヤル気満々だ。
その公園へと向かっている最中、昨日の夜からずっと気になっていたことを聞いてみた。
「でも、よく今までずっと乗らないでこれたね?自転車。
あっ、ば、バカにしてるわけじゃないよっ!あの、不便じゃなかったのかなーって…!」
「いいんですよ、気にしなくて。私も昨日不思議に思ってたんです」
「そ、そうなんだ?」
「はい。…それで、私なりに考えた結果なんですけど、
たぶん、事あるごとに両親に送り迎えしてもらっていたからではないかと」
「……要するに、自転車に乗る機会がなかったから、ってこと?」
「…ええ」
そ、そうだった…!ついうっかり忘れてたけど、原村さんはイイとこのお嬢様なんだった…っ。
普段あまりにも自然に接しているもんだから、時々こんなふうにカルチャーショックを受けてしまうことがある。
それと同時に、ある種の距離や壁を感じてものすごく切なくなるのだ。
…そう、今のように。
(…やっぱり、原村さんは遠いなあ)
「あの、何か?」
「…ううん、なんでもないよ。
ね、なんで優希ちゃんは自転車の話になったときに何も言わなかったんだろうね?いぢわる?」
「あぁ…実は優希も知らないんですよ、私が…その、乗れないことを」
「えぇっ!そうだったの!?」
「は、はい…あの子には確実にバカにされると思ったので」
「ぁ、あはは…なるほど…」
中学のときから一緒だった優希ちゃんでも知らないことを、私は知っている。
中学のときから仲良しだった優希ちゃんにも教えなかったことを、私は教えてもらった。
――ふわりと、胸が暖かくなった。
「…えへへ」
「……?」
「なんでもない♪」
―
――
公園へ到着!
でもいきなり原村さんが乗ったそれを私が押す、なんてことはいくらなんでも危なすぎるから、
最初はまず自転車に慣れることから。でも、
「私の場合、最初は補助輪からだったし、お姉ちゃんが乗ってるの見てなんとなくイメージできてたんだけど…」
始めっから補助輪なしでがんばるとなると…ねえ?
とりあえず跨ぐだけ跨いでもらって、地面を蹴って進んでもらおうかな。うん、それがよさそう。
「補助輪なしで自転車に乗る練習で大切なのは、
『ペダルを漕ぐ』という練習と『バランスをとる』という練習を分けて考えること、だそうです」
「え?へぇ~そうなんだ!」
「そのためには、ペダルを外して練習するのがいいとも言われています」
「すごーい!よく知ってるね和ちゃん!」
「予習してきました」
予習!?
「宮永さん。宮永さんのお姉さんは、最初から補助輪なしで練習に臨んだんですか?」
「え?(なんでそんなこと聞くんだろ?)
ううん、お姉ちゃんも最初は補助輪だったよ。たぶんだけどね」
「…そうですか」
「??」
なんかよくわからないけど…まあいっか。
私は、今、原村さんに言おうとしていた練習法と
原村さんが教えてくれた練習のコツがだいたい一緒だったことを伝え、ようやく練習に踏み切った。
―
――
「そうそう!下向かないで!腕固くしないように…!はいそこでゆっくりブレーキ!」
「は、はいっ!」
「…わぁー!すごいよ和ちゃん!もうだいぶ慣れたみたいだね!」
「そ、そうですか?」
「うん!じゃあそろそろ本格的に漕いでみよっか?原村さんならイケると思うんだけど」
「…やってみます!」
ここらでようやっと冒頭部分に繋がるわけなんです。
なので省略させてもらい(ry
「よし…じゃあ行くよ?」
「お願いしますっ」
……まあ、いくらあの原村さんでもさすがに一発目からうまくいくなんてことはなくて。
「きゃあぁっ!」
「ぅわっとっとっと」
バランスを崩して倒れかけてしまった。
私がとっさに踏ん張ったからセーフだったけど…(まぁそのためにいるんだけどね私)
「だ、大丈夫?」
「はい…」
「よかったぁ。じゃあもう1回!あのね、もうちょっと勢いよく漕いでスピード出したほうがいいと思うよ。
ゆっくりすぎると今みたいにグラグラしちゃうから…」
「…はい」
「あ…、…怖い?」
「…。…少し、だけ」
後ろから話しかけていたせいもあってか、気付けなかった自分を悔いた。
「……そっか」
怖いと、認めてくれたのだ。彼女が。
上品なプライドを持つあの原村さんが、肩をわずかに震わせながら。
――ねえ、原村さん。今何を考えてる?
初めてのことだ。失敗したらケガだってする。
不安なことには変わりない。
でも、そんな弱みを決して表に出さないのが“原村和”であったはずなんだ。
『“完璧”で在りたい』と言った私の…1番大切な友達。
そんな貴女が、今初めて――……。
「ちょっと待っててね?」
「え?あ、はい」
小走りでベンチに向かい、適当に置かれた荷物の中からアレを手に取りUターン。
「み、宮永さん?それって…」
「うん、エトペン♪」
「で、ですよね…その子をどうするんですか?」
「この子をね~、こう!」
ぽふっ。
自転車の籠に入れる。
入り切らなかったエトペンの瞳が、原村さんの行く先を見据えているように見えた。
「えっと……??」
「おほんっ。
『和はペンギンを抱きながら打ってちょうだい』」
「えぇっ!?」
「えと…『ペンギンを抱くと自宅と同じように眠れるのなら、ペンギンを抱けば自宅と同じように打てるかもしれないわ』
…だったかな?」
「あ、ああの…!宮永さん!?」
「よー・する・に、リラックスしようってことだよ♪」
何がなんだかわからないといった原村さんに、覚えている範囲の物真似で説明をする私。
原村さんもきっとわかっているように、この言葉はすべて部長が言ったことだ。
麻雀の延長線で、少しでも緊張が解けてくれれば…
「大丈夫。だいじょーぶだよ、原村さん!ほら、エトペンも一緒!」
「ですが…」
「大丈夫!」
「だ、大丈夫って…!どうしてそんなに――」
「私がずっとそばにいるから」
――守ってあげるから。
心から、そう思ったんだ。
さっき、貴女が初めて私に弱みを見せてくれたあの時に。
「まだ2日もある。そんなに焦らなくてもいいんだよ?」
「……っ」
「さっきみたいに危なくなっても、絶対私が守るから。それこそ下敷きになってでも!」
「ふふっ…もう、宮永さん」
「(あ、笑ってくれた…)えへへ。でも、本気だからね」
「え…」
笑顔をくれた君が泣いてる時――
ほんの少しだけでもいい、君の支えになりたい。
頼りのない私だけど、君のことを守りたい。
私が泣いてしまった日に、君がそうだったように。
「だから、大丈夫。…ね?」
「…はいっ!」
―とくん―
……ひっそりと生まれたこの感情に、この時の私は気付くことはなかった。
*
後日。約束の日曜日。
ウワサのタコ焼き屋の前では、肩を並べて笑う私たちがいた。
傍らには自転車が3台。そう、3台。
やはりさすがと言うべきか…原村さんの自転車の上達ぶりは凄まじいもので、結局2日ほどでマスターしてしまった。
うん、やっぱりすごいよ原村さんは!
というワケで一切事故を起こすこともなく
どちらかと言えば優希ちゃんのほうが危なっかしかったけど、それでもめいいっぱい楽しめた。
またいつか、みんなでどこかへ遊びに行けたらいいなっ♪
…と思っていた時期が私にもありました。
「宮永さん!ゆーき!あそこのタコ焼き屋さんに行きませんかっ?」
「え…ま、また?」
「のどちゃん…これで連続何回目のお誘いか覚えてるかい…?」
「じゃあタコスはどうですか!?あ、学校の裏の方にある雑貨屋なんかは…!」
「タコスなら…!タコスなら学食のでいいじぇーーー!!」
「あっちょっと!待ってくださいゆーきー!」
「ぁ、あはは…原村さん…」
よっぽど嬉しいみたいです、自転車に乗れるようになったのが。
……けど、お願いします。…そろそろ誰か止めてください。
~FIN~
最終更新:2011年04月27日 10:37