Sweet Dream Day!<>




「ん~…どれがいいかなあ」

自分のわかりやすいように整理整頓されている本棚の中から、一冊を取り出しパラパラとめくる。
誰かに本を貸すことはたまにあることだけど、
「オススメを貸してほしい」と頼まれたもんだから、悩まないわけにはいかない。

いや、ホントはすぐに思い浮かぶのだけど、
それが相手の好みのものではなかったら色々と申し訳ない。だから、悩む。


「あっ、これ!…はやめとこ…」

背表紙を見てこれだと思い手に取るが、残念。思えばファンタジーものなので却下。
彼女なら本は本だと割り切ってくれそうだけど、
少しでも読書を楽しんでもらいたいから、また新たにオススメを探す旅に出る。
でも、なかなかイチオシが決まらない。
…困った。
だけど決してイヤな時間じゃない。それどころか、逆に楽しんでいるぐらいだ。
だって他でもない、彼女の頼みなのだから。

(あーあ、やっぱりあの時ちゃんと聞いておけばよかったなあ。
和ちゃん、どーいうのが好きなんだろ?)


――そう、あの時。
ほんの数時間前のことを思い出してみる。



――


『咲さん、これ見てください!』

『なになに?…え、これって…!』

『はい、あの時頂いたクローバーです。せっかくなのでしおりにしてみました』

『へぇ~かわいい!こんなこともできるんだ!すごいね和ちゃん!』

『い、いえ!道具さえあれば誰にでもできることですから…!』

『そーなの?でもこれホントにかわいいよ!
これならきっとこのクローバーも幸せだね♪』

『そ、そうでしょうか?…あ、それで咲さんにちょっと、お願いがあるんですけど…』

『お願い?』

『はい…しおりを作ったのはいいものの、実は今あまり興味のある本がなくて』

『あらら…』

『なので、よ、よかったらなんですけど!咲さんに何か貸して頂けないかなって…!』

『! もちろん!私でよかったら何冊だって貸してあげるよ!』

『ほ、本当ですか!?』

『うんっ!じゃあどういうのがいーい?』

『え?あ…では…咲さんのお好きなもので』

『私の?』

『はい!』

『うーん…と言われてもなあ、いっぱいあるから迷っちゃうかも』

『あ、でしたら――…』


――


「『これに似合いそうなものをお願いします』…か」

なんだかもっと難しくなっちゃってるような気がするよ、和ちゃん。
手渡されたクローバーのしおりを片手に、ベッドへ寝転んだ。
パステルピンクの紙を土台に綺麗にラミネートされていて、黄色の紐が通されている。
それにしても、ホントに綺麗だなあ。左右対称なんじゃない?さすが和ちゃん。
なんて、ふふっと笑いながら裏返してみた。
そこにはものすごく丁寧な字で
「2/14 St. Valentine's Day」の文字が。

バレンタイン。
そう、今年のバレンタインは大変だった。
今となっては笑い話だけどね。…ちょっと、複雑だけど。

「それにしても和ちゃん、黄色好きなのかな?
 確かケータイも黄色だったよう、な…ふぁああ…」

あぅ、なんか眠くなってきた。。
まだ晩御飯作る時間あるし、少しだけ…寝ちゃおうかな……。


少しだけ仮眠を取るなんて芸当、できるわけないことをなんとなくわかっていながらも、
睡魔にあっけなく負けた私はそのまま…しおりを手のひらに乗せたまま、夢の世界へと向かうのでした。



『私たちの日常~Sweet Dream Day!~』



*


日にち的には今日は日曜日。数日後には聖なるバレンタインデーが控えている。
色々と準備をしてきたのはいいものの、ここにきて私は少し悩んでいた。

その議題は「和ちゃん宛てのチョコをどうするか」、ということ。

あげるあげないの問題じゃなくて、中身。
さて、何をあげようか?
一応渡そうと思っている人たちの数以上の生チョコは作ってあるけれど、
和ちゃんにもそれらと同等のものを渡すのは、なんとなく違うように感じていた。

――彼女には、もっと気持ちを込めて贈りたい。

その結論に至った真の理由をその時の私は知るはずもなく。
いつもすごくお世話になっている感謝の気持ちだと思い込んだまま、クッキーを焼き終えた。

完成!和ちゃんにだけの“特別”!
オーブンから取り出した途端キッチン中に甘い香りが広がる。
ちょっぴり焦げちゃったりしたのはあとで私が食べよう。あ、お父さんにもあげよう。
…でも、なんかまだ…足りないような気もするんだよね…。


そんなこんなでお菓子作りを終えた私は、クッキーを常温に冷ますついでに
外へ散歩に出ることにした。もちろん、片手にはしおりが挟んである本を持って。

「冬なのに外で読書?」って思われるかもしれないけど、私は前から外で本を読むのは好きだったし
何より今日はとても暖かいから。
たまにあるよね?冬なのに暖かい日とか春なのに雪が降ったりだとか。

寒いのがあまり得意じゃない私はそんなお天気が続いて嬉しかった。でも、それも今日でおしまいらしい。
なんと明日からは飛び切り寒くなるそうだ!
こんなにいいお天気なのにと空を見上げるも、天気予報のお姉さんがそう言っていたんだから信じる他ない。
(天気予報はあれから見るようにしてるからね!)

バレンタインの日には雪まで降るかもしれないとか何とか…。
何はともあれ、今日は外で読書をするには絶好の、それでいて最後のチャンスというわけだ。
逃してなるもんかっ!

「行ってきまーす!」

部屋の奥で寝ているお父さんに書置きを残して、外に飛び出た昼下がりのことでした。



*



そしてここは、近くにある広場。今はそこにあるベンチに座って読書の真っ最中。
広場って言ってもちょっと大き目の公園みたいなとこだから、
小学生くらいの子どもたちとかそのお母さんとか犬の散歩ルートに使っている人とか、人数はそれなりにいる。

和やかな雰囲気に包まれながら読書を続けていると、
ふと、ベンチ脇の茂みにサッカーボールが転がって行くのが目に入った。
さっきも言ったようにここにいるのは私だけじゃない。
だから、それは今きっと、こっちに駆け寄ってくる男の子のものなんだろう。
そう解釈した私は、一旦本を読むのを止め、茂みに隠れてしまったサッカーボールを取ってあげることにした。


「んっと…あ、あったあった。―――ん?」

「すみませーんお姉さん!今ここにボール…」

「あ、これだよね?はいどうぞ!」

「ありがとう!」

「どういたしまして!」


手を振りながら走り去る男の子を見送りながら、私はベンチに戻――らない。
茂みを探った際、視界の端にとても気になるものを見かけたような気がするのだ。
そう…あれはたぶん…きっと…!

(や、やっぱり!四ツ葉のクローバー!)

パアァっと目が輝いているのが自分でもわかる。
だって、すごいよ!四ツ葉のクローバーだなんて、小さい頃に一度見つけたっきりだもん!
驚きと喜びで胸の中がいっぱいになる。

――今すぐ和ちゃんに教えてあげたいっ!

無意識に、そう思った。


見た目の大きさで言うならそれは小さい。
けれど、確かに立派な葉を4枚持っているそのほのかな幸せを、早速摘もうとして手を伸ばす。
指先が触れたその時、わずかに違和感を感じてその手を引っ込めた。
…あれ?クローバーって今の時期の花だったっけ?
手持ち無沙汰になってしまった手を頭に当てて考えてみる。

…いや、春夏あたりの花だったはず。
入学シーズンに咲いてるイメージもあるし、きっとそうだ。
じゃあ、なぜ今ここに誇らしく芽吹いているのだろう?
まだ2月なのに。…確かに最近はずっと暖かかったけど、でもまだ冬……


『森林限界を越えた高い山の上、そこに花が咲くこともある。
 おまえもその花のように――強く―――』


「……そっか」

ふとよぎった尊敬する姉の言葉。
なるほどね。
出てくる時期こそ間違ってしまったものの、このクローバーは不慣れな環境にも負けず
こうやって、強く咲いているんだ。すごい。
だからこその四ツ葉なのかな。少しでも日光を浴びられるように。

色々と想いを馳せていたら、このクローバーを摘むことに躊躇いが生まれた。


(こんなに強く咲いてるのに、私が邪魔しちゃってもいいのかな…)


四ツ葉のクローバーを摘むことに躊躇する人なんてあまりいないだろうが、私は例外だった。
うーん…と悩んでいたその時、はっと思い出したのは今朝見たばっかりの、例のあの天気予報。
そうだ、明日からは…!
そんないきなり寒い日が続いたら、このクローバーもさすがに参ってしまうかもしれない。
でも、もしかしたらそれすらも耐え忍ぶかもしれない。

…だけど私は見過ごすことが出来なかった。
“あの時ちゃんとわかってたのに、どうして何もしなかったんだろう?”
…はたまたその逆を、人は「後悔」と呼ぶ。


――私がこのままにしておいたせいで、枯れちゃったらイヤだ!


やらない後悔よりやる後悔!思い立ったが吉日!
私はそっと、なるべく根元の方からそのクローバーを摘み取った。

押し花にして、ずっと姿を残してあげるからねっ。



*



と、ヤル気満々で我が家に帰ってきた私が1番最初に思ったのは、
「あ、まだ途中なんだった…」ということ。
あらかた片付けは済ませてあるものの、肝心の生チョコやクッキーを包んでいない。
クッキーもいい感じに冷めてることだし、まずはこれからかな。



――


淡々と作業を進めていき、最後の小箱に取り掛かった。
これにはクッキーも入れるから、しきりを置いてっと…あ。

「なんか変な隙間が空いちゃったなあ」

もうひとつ入れるとギュウギュウ詰め。かと言って入れないのもなんだかもったいない。
そんな微妙な隙間が出来てしまったのだ。
こんなことならもう一回り大きいの買って来るんだったや、入れ物。
どうしたものかと首をひねる。

…まさにその時だ。閃いたのは!
――あのクローバーを添えるというのはどうだろう!?

思わず大きな音を立てて手を合わせたら、手に付いていたココアパウダーや粉砂糖が宙に舞い、こほっと咳をついてしまった。
誰も見ていないのになぜだかちょっぴりはずかしくなる。
気を取り直してその隙間とクローバーを見比べてみると、なかなかどうしてこんなにピッタリとサイズが合うものか。
まるで最初っからこのためだけに空いた隙間のように見えてくるからフシギなものである。
まあでも、これで方向性は決まった!

(ちゃんときれいに押し花ができたら、和ちゃんにプレゼントしよう。
 それで和ちゃんが少しでも幸せになれたら、私も嬉しいし!)

驚く彼女の顔が目に浮かぶ。
あ、そうだ!どうせならサプライズにしちゃおう!
渡す時に言っちゃうのもいいけど、中身、京ちゃんたちと違うからなー…
か、からかわれたらはずかしいし…黙ってよ。うん。そうしよう。

…和ちゃん、喜んでくれるかな?


いつのまにかすっかり暗くなってしまった空に気付き、シャッとカーテンを閉めた。
甘い夢は、まだまだ終わりそうにない。



~午前 FIN~



最終更新:2011年04月27日 10:42
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