2-44 「無題」



「宮永さん!」

また、迷子になったあなた。

「原村さん…来てくれたんだ…」

「トイレは試合前にすませましょうよ」

「…ごめんなさい」

試合の間の休憩に、よく御手洗いに行く宮永さん。

「あ、ほら始まっちゃいますよ!早く行きましょう」

「あ、待って…私まだ用を足してないよぉ」

「でも、早くしないと…」

「…もう漏れちゃいそうなんだよぅ…」

「でもトイレは正反対ですよ?今からだと間に合わない…」

試合が始まってしまう前に戻らなければ…試合放棄だ。

「あ…もう…、あ…!やだ…」

「え?」

そういうと宮永さんは、へたり込んでしまって…。

「あ!いやぁ…!」

宮永さんの脚の下から…液体が広がる。
…これって、まさか。

「見ないで…!」

宮永さんは…漏らしてしまった。

私は呆然と立ち尽くしてしまって、宮永さんはただ泣いていた。

我に返る私。

「宮永さん…」

「……ぅぅ…」

涙が枯れそうにない彼女。

「シャワールームが確か、あるから…行きましょう?」

「……っ、でも…試合が…!」

「何とかしますから。任せてください!」

不幸中の幸い、試合が始まったからか、ここの通路は他の人は皆無だった。

「誰もいないし、ほら…ね?行きましょう」

宮永さんの手をとる私。

「……き、嫌いになら、ないで…」

「え?」

「…きらいに、なら…ないで…」

「宮永さん…」

そんなこと。

「そんなオカルトありえません」

きょとんと、私を見上げる彼女。

「ね?宮永さん…」

「は…原村さん…!」

泣きながら、喜ぶあなた。
私があなたを嫌うなんてことはありえない。

「でも…掃除しないと…」

「それも任せて下さい」

「え…だめだよ。汚い…」

「汚くなんてありません…宮永さんはシャワーを浴びて、直ぐに試合に行ってください。私がその間に替えの下着も持ってきますから」

「…そんな、悪いよぉ」

「いいから。ね?」

「…あ、ありがとう…本当にありがとう…」



宮永さんをシャワールームへ連れて行ったあと。
もう試合は既に始まっているだろう。
不戦敗にならないうちに、審判にあとから向かうと伝えねば…。

「そうだ」

私は携帯を出す。

「…あ、もしもし、染谷先輩ですか?お願いがあるんですが…」

染谷先輩は今、試合がない。

「宮永さんが試合に遅れるそうなので…審判に伝えてもらえますか?」

『今からか?それは難しいんじゃないかのぅ…まあ、伝えてみるから…待ってんさい』
それっきり、電話は切れた。
試合の件は染谷先輩に任せるしかなかった。

「あ、早いところ掃除しちゃいましょう」

あまり人がいないからといって、早く掃除しないのは宮永さんが可哀相だ。



掃除もし終わって、着替えをもって彼女のもとへ。

「あ…原村さん!」

「はい…これ」

着替えの入った鞄を渡す。

「本当にありがとう…」

「いえ…宮永さんの為ですから」

「…原村さん…」

「……宮永、さん…」

どうしようもなく、いい雰囲気だった。

でも…。

「…今は、時間ないので…」

「あ…!ごめん、原村さん…」

「…試合終わったら…続きしてもいいですか?」

「うん!勿論だよ…」

急いで着替え、試合会場へ向かう。

「もう、間に合わないんじゃ…」

「行くだけ行きましょう」

会場につくと…。

「遅いぞ!何やっとったんじゃ!」

「ごめんなさい…!」

「ほら、早く試合始めんさい!」

「え…じゃあ…」

間に合った…?

「ありがとうございます…染谷先輩!」

「いやー、礼はこちらさんに言うんじゃな」

そこには藤田プロがいた。

「プロが審判、説得してくれたんじゃ」

「…何があったかしらないが、こんなところで優秀な人物が不戦敗なのはつまらないからな。ほら、早く始めな。ちゃんと他の選手に謝るんだぞ?」

「…はい!ありがとうございます!」

そう宮永さんは返事をして、試合会場に入っていった。


「…何があったんじゃ?」

「…秘密です」

「ま、部長にはちゃんと伝えるんじゃぞ?部長も代表として謝るんじゃし」

「う…わかりました…」



宮永さんは試合に勝ち、次の試合に駒を進めた。

「原村さーん!」

走ってくる彼女。

「お疲れ様でした…今から、部長のもとへ向かいますよ?」

「え…」

不安を浮かべる彼女。

「…部長には、ちゃんと…言わないと…」

「…うん…」

「大丈夫ですよ。部長はそういうことでからかったりする人じゃありませんよ。他言だって絶対にしませんよ」

もし、万が一だけど、もし…そんなことがあるようなら…私は部長に何をするかわからない。部長はそんなことしないだろうけども。

「私も一緒に行きますから…ね?」

「…何から何まで…本当に…っ、…ありがと、ぅ…」

宮永さんは…泣きながらそう言った。

「…泣かないで下さい」

「…私、な、なんて、お礼したら、っ…いいか…」

「…このあと…続きしてくれたらそれでいいです」

「…っ、続き?」

「…シャワールームの時の…」

お礼なんて別によかった。
ただ…それが代わりになれば私は嬉しいな…。

「…そんなことで…」

「いいですから…ね?さあ、行きましょう?」

「…ありがとう…!」



控え室にいた部長を室外に連れ出して、わけを話す。

「何してたのよ…咲」

「………実は…」

「言いにくいこと?」

「…はい……」

宮永さんの代わりに私から言ってあげようと思ったけれど、それは宮永さんが止めた。
せめて、けじめくらいは自分でつけたいと言った。
別にけじめなんてないのに。

「2人でイチャイチャしてて遅れたんじゃないんでしょ?」

「え…?あ、はい…」

「なら言わなくてもいいわよ」

「…!」

部長…!流石…。なんて話がわかる方なんだろう。

「部長…!」

「ただし。二度とこんなことないようにね?」

「ありがとう…ございます!」

「んー。じゃ、帰りのミーティングして帰ろっか♪」



こうして、とある騒動は終わった。

帰りの電車の中…。

「原村さん…」

宮永さんは私にもたれ掛かって離れない。

「…恥ずかしいですよ…みんないるし…」

「向かい側の優希ちゃんと京ちゃんは寝てるし…向こうの先輩たちは話してるから…」

…なら、いいかな…なんて。

「…大好きだよ、原村さん」

「…!わ、私も…大好きですから」


線路がずっと続けばいい。



最終更新:2010年04月22日 12:49
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