「宮永さん!」
また、迷子になったあなた。
「原村さん…来てくれたんだ…」
「トイレは試合前にすませましょうよ」
「…ごめんなさい」
試合の間の休憩に、よく御手洗いに行く宮永さん。
「あ、ほら始まっちゃいますよ!早く行きましょう」
「あ、待って…私まだ用を足してないよぉ」
「でも、早くしないと…」
「…もう漏れちゃいそうなんだよぅ…」
「でもトイレは正反対ですよ?今からだと間に合わない…」
試合が始まってしまう前に戻らなければ…試合放棄だ。
「あ…もう…、あ…!やだ…」
「え?」
そういうと宮永さんは、へたり込んでしまって…。
「あ!いやぁ…!」
宮永さんの脚の下から…液体が広がる。
…これって、まさか。
「見ないで…!」
宮永さんは…漏らしてしまった。
私は呆然と立ち尽くしてしまって、宮永さんはただ泣いていた。
我に返る私。
「宮永さん…」
「……ぅぅ…」
涙が枯れそうにない彼女。
「シャワールームが確か、あるから…行きましょう?」
「……っ、でも…試合が…!」
「何とかしますから。任せてください!」
不幸中の幸い、試合が始まったからか、ここの通路は他の人は皆無だった。
「誰もいないし、ほら…ね?行きましょう」
宮永さんの手をとる私。
「……き、嫌いになら、ないで…」
「え?」
「…きらいに、なら…ないで…」
「宮永さん…」
そんなこと。
「そんなオカルトありえません」
きょとんと、私を見上げる彼女。
「ね?宮永さん…」
「は…原村さん…!」
泣きながら、喜ぶあなた。
私があなたを嫌うなんてことはありえない。
「でも…掃除しないと…」
「それも任せて下さい」
「え…だめだよ。汚い…」
「汚くなんてありません…宮永さんはシャワーを浴びて、直ぐに試合に行ってください。私がその間に替えの下着も持ってきますから」
「…そんな、悪いよぉ」
「いいから。ね?」
「…あ、ありがとう…本当にありがとう…」
宮永さんをシャワールームへ連れて行ったあと。
もう試合は既に始まっているだろう。
不戦敗にならないうちに、審判にあとから向かうと伝えねば…。
「そうだ」
私は携帯を出す。
「…あ、もしもし、染谷先輩ですか?お願いがあるんですが…」
染谷先輩は今、試合がない。
「宮永さんが試合に遅れるそうなので…審判に伝えてもらえますか?」
『今からか?それは難しいんじゃないかのぅ…まあ、伝えてみるから…待ってんさい』
それっきり、電話は切れた。
試合の件は染谷先輩に任せるしかなかった。
「あ、早いところ掃除しちゃいましょう」
あまり人がいないからといって、早く掃除しないのは宮永さんが可哀相だ。
掃除もし終わって、着替えをもって彼女のもとへ。
「あ…原村さん!」
「はい…これ」
着替えの入った鞄を渡す。
「本当にありがとう…」
「いえ…宮永さんの為ですから」
「…原村さん…」
「……宮永、さん…」
どうしようもなく、いい雰囲気だった。
でも…。
「…今は、時間ないので…」
「あ…!ごめん、原村さん…」
「…試合終わったら…続きしてもいいですか?」
「うん!勿論だよ…」
急いで着替え、試合会場へ向かう。
「もう、間に合わないんじゃ…」
「行くだけ行きましょう」
会場につくと…。
「遅いぞ!何やっとったんじゃ!」
「ごめんなさい…!」
「ほら、早く試合始めんさい!」
「え…じゃあ…」
間に合った…?
「ありがとうございます…染谷先輩!」
「いやー、礼はこちらさんに言うんじゃな」
そこには藤田プロがいた。
「プロが審判、説得してくれたんじゃ」
「…何があったかしらないが、こんなところで優秀な人物が不戦敗なのはつまらないからな。ほら、早く始めな。ちゃんと他の選手に謝るんだぞ?」
「…はい!ありがとうございます!」
そう宮永さんは返事をして、試合会場に入っていった。
「…何があったんじゃ?」
「…秘密です」
「ま、部長にはちゃんと伝えるんじゃぞ?部長も代表として謝るんじゃし」
「う…わかりました…」
宮永さんは試合に勝ち、次の試合に駒を進めた。
「原村さーん!」
走ってくる彼女。
「お疲れ様でした…今から、部長のもとへ向かいますよ?」
「え…」
不安を浮かべる彼女。
「…部長には、ちゃんと…言わないと…」
「…うん…」
「大丈夫ですよ。部長はそういうことでからかったりする人じゃありませんよ。他言だって絶対にしませんよ」
もし、万が一だけど、もし…そんなことがあるようなら…私は部長に何をするかわからない。部長はそんなことしないだろうけども。
「私も一緒に行きますから…ね?」
「…何から何まで…本当に…っ、…ありがと、ぅ…」
宮永さんは…泣きながらそう言った。
「…泣かないで下さい」
「…私、な、なんて、お礼したら、っ…いいか…」
「…このあと…続きしてくれたらそれでいいです」
「…っ、続き?」
「…シャワールームの時の…」
お礼なんて別によかった。
ただ…それが代わりになれば私は嬉しいな…。
「…そんなことで…」
「いいですから…ね?さあ、行きましょう?」
「…ありがとう…!」
控え室にいた部長を室外に連れ出して、わけを話す。
「何してたのよ…咲」
「………実は…」
「言いにくいこと?」
「…はい……」
宮永さんの代わりに私から言ってあげようと思ったけれど、それは宮永さんが止めた。
せめて、けじめくらいは自分でつけたいと言った。
別にけじめなんてないのに。
「2人でイチャイチャしてて遅れたんじゃないんでしょ?」
「え…?あ、はい…」
「なら言わなくてもいいわよ」
「…!」
部長…!流石…。なんて話がわかる方なんだろう。
「部長…!」
「ただし。二度とこんなことないようにね?」
「ありがとう…ございます!」
「んー。じゃ、帰りのミーティングして帰ろっか♪」
こうして、とある騒動は終わった。
帰りの電車の中…。
「原村さん…」
宮永さんは私にもたれ掛かって離れない。
「…恥ずかしいですよ…みんないるし…」
「向かい側の優希ちゃんと京ちゃんは寝てるし…向こうの先輩たちは話してるから…」
…なら、いいかな…なんて。
「…大好きだよ、原村さん」
「…!わ、私も…大好きですから」
線路がずっと続けばいい。
最終更新:2010年04月22日 12:49