花火は終わった。
静けさが辺りに広がる。
夏の暑さも夜になって、少しだけ動きやすい。
「…終わっちゃったね」
「…はい…」
まだ手を繋いだままの私とあなた。
優希ちゃんに冷やかされ離したけれど、結局また繋いでしまった。
原村さんの手は温かくて。
まだ夏祭りは終わっていない。
近所の人や、この日のためにわざわざ来た人、露天商、そういった人が沢山いた。
田舎ながら、賑わっていた。
「何か、食べる?」
せっかくのお祭りは、
楽しまなければ意味がない。
「…かき氷…食べたいです」
屋台からシロップの甘い香りと、冷たそうな透明が覗いていた。
「いいね、食べよう」
2人で、並ぶ。
少しだけ待ち時間。
「何にする?」
「宮永さんは何が好きですか?」
「…苺、がいいかな…」
甘い苺に誘われて、私も原村さんは何が好きか聞いてみた。
「…私は…ではメロンにします」
「定番の2つだね。…交換こしようよ」
「いいですね…しましょう」
苺とメロンの氷は甘く冷たい。
購入ののち、移動しながら座って食べられる場所を探す。
「美味しそうだね…」
「どこで食べましょうか」
「あ、あそこ…ほら神社に行ってみようよ」
神社なら、石段登った場所に…座れると思った。
少しだけ登った先の少しだけ祭りの灯火が届いた、薄暗い所に。
石のブロックというのか、座れる場所があった。
原村さんは私の繋がれた手を、強く握った。
「あ…もしかして、こういう場所苦手だった?」
原村さんは怖いのが苦手だと、私に教えてくれていた。
それなのに、あまり考えないでここまで来てしまっていた。
「い、いえ…今は喧騒も聞こえますし、お祭りで賑やかなので……あ、早く食べないと溶けちゃいますよ」
そこに2人で座って、氷を食べた。
冷たかったそれは、すこしだけ甘い。
「美味しい?」
「はい…あ、宮永さん。あーん」
「え!?」
いきなりだったから。
吃驚してしまったんだ。
「…あーん…」
少し恥ずかしかったけれど。
それは堪らなく甘かった。
「今度は私の番…あーん」
「あ、あーん…」
苺氷はあなたによく似合っていた。
桃色の髪、桃色の氷。
どちらも甘くて、好きなもの。
私とあなたの距離は曖昧だった。
最初、友達…いや、親友、それも大親友なのだと…信じていた。
でも、ひしひしと伝わるあなたの想いに、いつの日か気付いた。
最初、それは自分の自惚れだと思った。
だって私には取り柄なんてなかったから。
好きなのは本と麻雀くらいで。
どうしようもなくドジだったし、スタイルだって全然よくなかった。
友達だって、多い方じゃない。
家族に至っては、バラバラだった。
何もかも、人並み以下だった。
そんな私を好きになる人なんているとは思わなかったから。
でも、原村さんはきっと…私を好きなのだろう。
好きになってくれたのだろう。
間接的に伝わる想いは、そう訴えていた。
嬉しかった。
初めてのことだったし、相手が相手だった。
堪らなく、嬉しかったんだ。
初めてその時、雑誌の占いの恋愛欄を意識した。
ラッキーカラーなんて信じて、ハンカチの色を合わせてみたり。
ラッキーアイテムだなんて、頑張って買ったりした。
なぜか…その時、やたらと胸がドキドキしたんだよ。
花火が始まる前。
私とあなたは抱き合った。
偶然だった。
私は思わず、抱き締めた。
瞬間、甘い…原村さんの匂いが私に飛び込んだ。
鼓動が激しくなる。
頬が赤くなったし、それはそういうことなんだろう。
その時、誤魔化さないで素直になった。
恥ずかしさも。
自惚れも。
みんなみんな捨てて。
そうしたら…はっきりと、わかったんだよ。
ああ、私は…この人が好きなんだ。
好きで好きで、たまらないんだ。
いつも私を支えてくれて。
時に私を諭してくれて。
出会った時から、そうだったんだ。
きっと…そうだったんだね。
原村さんと私の間、わずかながらある距離。近くて遠い、あなたとの距離。
今しかない。縮めるのは…きっと、今しかない。
そう、思ったんだ。
「…ねぇ、原村さん…私のこと、好き?」
周りの喧騒が聞こえなくなった。
外界から遠く流れる、私たち。
原村さんの表情が固まったのがわかった。
「…ぁ……ぁ…」
口を開いて、すぐ閉じる。
しどろもどろする、あなた。
薄暗い中、赤く染まるあなたの頬は、屋台の灯りだけじゃ…ないのかな。
「…私はね…」
それは想いの、決着だった。
―――大好きなんだよ。
胸がドキドキする。今、この音しか聞こえない。
もう、あなたの顔を見続けるのは無理だった。
苺の氷は溶け始めていた。
「…み…み、宮永…さん…」
震える声がした。
そこには涙を流したあなたがいた。
「原村さん…?」
「わ、私も…大好きです…」
原村さんの肩は震えていた。
思わず…抱き締めてしまった。
堪らなく愛おしかったから。
私を好きになってくれてありがとう。
とっても、嬉しかったんだよ。
ぎゅっと。
背に回した互いの腕。
肩に埋める互いの顔。
強すぎないで。しっかりと。
あなたは静かに言う。
「…両想い…でいいですよね…」
私も静かに答える。
「…うん…」
たったそれだけだったけど。
幸せを、感じた。
…こころが、満たされてゆく。
「おーい…のどちゃーん!咲ちゃーん!」
優希ちゃんの声と、石段を登る足音がした。
「…原村さん」
「…はい」
名残惜しいけれど、離す。
また冷やかされるのは恥ずかしい。
「…あ!いたー!こんな所で何してるのだー?」
「優希は何をしていたんですか?」
「ふっふーん。実は祭りのタコスを全部制覇したんだじぇ!」
後ろから、京ちゃんと染谷先輩も続いて来た。
「そろそろ、よい子は帰る時間じゃぞー?」
知らない間に時刻は9時を示していた。
「…帰ろっか」
「…そうですね」
お祭りも、そろそろ終わろうとしていた。
帰路に着き、3人の後を歩く私たち。
…勿論、手を繋いで。
お祭りから離れ、景色が変わった。
田舎なそこは、あぜ道の土の匂いがした。
そんな景色は、お祭りが始まる前も通ったはずなのに、なぜか微妙に変わって見えた。
何かが新鮮で、何かを置き去りにしたような感覚が私にはあった。
かろうじてある街灯が照らす中、ひたすら歩く。
賑やかな3人の後を歩きながら、思った。
もう、この手は離さない。
きっと、ずっと離さない。
……離したくないから。
2人で握りあった手は、あなたとの距離を確かに繋いだ。
最終更新:2010年04月22日 13:00