2-438 「無題」



花火は終わった。
静けさが辺りに広がる。

夏の暑さも夜になって、少しだけ動きやすい。

「…終わっちゃったね」

「…はい…」

まだ手を繋いだままの私とあなた。

優希ちゃんに冷やかされ離したけれど、結局また繋いでしまった。

原村さんの手は温かくて。

まだ夏祭りは終わっていない。
近所の人や、この日のためにわざわざ来た人、露天商、そういった人が沢山いた。
田舎ながら、賑わっていた。

「何か、食べる?」
せっかくのお祭りは、
楽しまなければ意味がない。

「…かき氷…食べたいです」

屋台からシロップの甘い香りと、冷たそうな透明が覗いていた。

「いいね、食べよう」

2人で、並ぶ。
少しだけ待ち時間。

「何にする?」

「宮永さんは何が好きですか?」

「…苺、がいいかな…」

甘い苺に誘われて、私も原村さんは何が好きか聞いてみた。

「…私は…ではメロンにします」

「定番の2つだね。…交換こしようよ」

「いいですね…しましょう」

苺とメロンの氷は甘く冷たい。

購入ののち、移動しながら座って食べられる場所を探す。

「美味しそうだね…」

「どこで食べましょうか」

「あ、あそこ…ほら神社に行ってみようよ」

神社なら、石段登った場所に…座れると思った。

少しだけ登った先の少しだけ祭りの灯火が届いた、薄暗い所に。
石のブロックというのか、座れる場所があった。

原村さんは私の繋がれた手を、強く握った。

「あ…もしかして、こういう場所苦手だった?」

原村さんは怖いのが苦手だと、私に教えてくれていた。
それなのに、あまり考えないでここまで来てしまっていた。

「い、いえ…今は喧騒も聞こえますし、お祭りで賑やかなので……あ、早く食べないと溶けちゃいますよ」

そこに2人で座って、氷を食べた。
冷たかったそれは、すこしだけ甘い。

「美味しい?」

「はい…あ、宮永さん。あーん」

「え!?」

いきなりだったから。
吃驚してしまったんだ。

「…あーん…」

少し恥ずかしかったけれど。
それは堪らなく甘かった。

「今度は私の番…あーん」

「あ、あーん…」

苺氷はあなたによく似合っていた。
桃色の髪、桃色の氷。

どちらも甘くて、好きなもの。



私とあなたの距離は曖昧だった。

最初、友達…いや、親友、それも大親友なのだと…信じていた。


でも、ひしひしと伝わるあなたの想いに、いつの日か気付いた。

最初、それは自分の自惚れだと思った。

だって私には取り柄なんてなかったから。
好きなのは本と麻雀くらいで。


どうしようもなくドジだったし、スタイルだって全然よくなかった。

友達だって、多い方じゃない。
家族に至っては、バラバラだった。


何もかも、人並み以下だった。

そんな私を好きになる人なんているとは思わなかったから。


でも、原村さんはきっと…私を好きなのだろう。
好きになってくれたのだろう。

間接的に伝わる想いは、そう訴えていた。


嬉しかった。

初めてのことだったし、相手が相手だった。
堪らなく、嬉しかったんだ。

初めてその時、雑誌の占いの恋愛欄を意識した。
ラッキーカラーなんて信じて、ハンカチの色を合わせてみたり。
ラッキーアイテムだなんて、頑張って買ったりした。


なぜか…その時、やたらと胸がドキドキしたんだよ。


花火が始まる前。
私とあなたは抱き合った。


偶然だった。


私は思わず、抱き締めた。

瞬間、甘い…原村さんの匂いが私に飛び込んだ。

鼓動が激しくなる。
頬が赤くなったし、それはそういうことなんだろう。

その時、誤魔化さないで素直になった。

恥ずかしさも。

自惚れも。

みんなみんな捨てて。

そうしたら…はっきりと、わかったんだよ。



ああ、私は…この人が好きなんだ。
好きで好きで、たまらないんだ。


いつも私を支えてくれて。
時に私を諭してくれて。

出会った時から、そうだったんだ。

きっと…そうだったんだね。



原村さんと私の間、わずかながらある距離。近くて遠い、あなたとの距離。

今しかない。縮めるのは…きっと、今しかない。
そう、思ったんだ。

「…ねぇ、原村さん…私のこと、好き?」

周りの喧騒が聞こえなくなった。
外界から遠く流れる、私たち。

原村さんの表情が固まったのがわかった。

「…ぁ……ぁ…」

口を開いて、すぐ閉じる。
しどろもどろする、あなた。

薄暗い中、赤く染まるあなたの頬は、屋台の灯りだけじゃ…ないのかな。

「…私はね…」

それは想いの、決着だった。





―――大好きなんだよ。





胸がドキドキする。今、この音しか聞こえない。

もう、あなたの顔を見続けるのは無理だった。


苺の氷は溶け始めていた。

「…み…み、宮永…さん…」


震える声がした。
そこには涙を流したあなたがいた。

「原村さん…?」

「わ、私も…大好きです…」


原村さんの肩は震えていた。


思わず…抱き締めてしまった。
堪らなく愛おしかったから。



私を好きになってくれてありがとう。
とっても、嬉しかったんだよ。



ぎゅっと。
背に回した互いの腕。
肩に埋める互いの顔。


強すぎないで。しっかりと。


あなたは静かに言う。

「…両想い…でいいですよね…」

私も静かに答える。

「…うん…」


たったそれだけだったけど。
幸せを、感じた。


…こころが、満たされてゆく。


「おーい…のどちゃーん!咲ちゃーん!」

優希ちゃんの声と、石段を登る足音がした。


「…原村さん」

「…はい」

名残惜しいけれど、離す。
また冷やかされるのは恥ずかしい。


「…あ!いたー!こんな所で何してるのだー?」

「優希は何をしていたんですか?」

「ふっふーん。実は祭りのタコスを全部制覇したんだじぇ!」


後ろから、京ちゃんと染谷先輩も続いて来た。


「そろそろ、よい子は帰る時間じゃぞー?」

知らない間に時刻は9時を示していた。

「…帰ろっか」

「…そうですね」


お祭りも、そろそろ終わろうとしていた。



帰路に着き、3人の後を歩く私たち。

…勿論、手を繋いで。


お祭りから離れ、景色が変わった。
田舎なそこは、あぜ道の土の匂いがした。


そんな景色は、お祭りが始まる前も通ったはずなのに、なぜか微妙に変わって見えた。

何かが新鮮で、何かを置き去りにしたような感覚が私にはあった。

かろうじてある街灯が照らす中、ひたすら歩く。


賑やかな3人の後を歩きながら、思った。


もう、この手は離さない。

きっと、ずっと離さない。


……離したくないから。


2人で握りあった手は、あなたとの距離を確かに繋いだ。



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最終更新:2010年04月22日 13:00
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