2-736 「携帯電話」



秋の夜は長かった。


虫の音が響く中、今年もそろそろ扇風機をしまうときが来たな、だなんて思ったりした。

秋は何故だかもの寂しい。
この季節は、何故だかそういう気持ちになってしまう。

賑やかな夏の終わりは、なんだか寂しい。

少しだけ切なかった。

だからか、秋は少しだけ、人恋しい。

そんな時、つい、携帯電話に手が伸びる。

つい、この間。あれば便利だから買った。

…ほとんどあなたと話すためにだけど。


さっきまで、学校で一緒だったでしょう。それなのにまた、話すの?

…とでも言いたげな携帯。



いいじゃない、別に。話したいのは仕方ないことだもの。うん。


少しでも、繋がっていたかった。

秋は人恋しい季節なんだ。

だから、ね…。

「もしもし…」

『…もしもし』

「ごめんね…また、電話しちゃった」

『いえ…待っていました』


あなたの声が聞こえると、何故だか無性に安心するんだ。安心するんだけど、ドキドキしちゃうんだ。

また話せた。

また繋がった…。

何回しても変わらないこの感覚。



『…宮永さん、覚えていますか』

「…何を?」

『…初めて電話した時のこと…』


初めて電話した時のこと。

それはまだほど遠くない昔。
あれは確か、初夏の頃…。

痛いほど覚えているよ。


ただ、声が聞きたくて。

震える指は、なかなかあなたに繋いでくれない。

たったボタンを数回押すだけなのに、どうしようもなく時間がかかった。


「…覚えてるよ。うんと緊張したよ」

『…かかってきた時、ドキドキしたんですよ』

「…私もドキドキだったよ」

『…でも嬉しかった』

「…私だって…」


他愛のない、取り留めの会話が続く。
さっきまで学校で、あなたと同じような会話をしていたのに。

そんな会話をしていると、気付くことがあるよ。

会話って、私には内容なんてどうでもいいのかもしれない。

勿論、どうでもいいわけじゃないのも確かだけれど。
話すことそのものが、私には感じるところがあった。




「…もう、1時間たっちゃったね…」

『…あっと言う間ですね…あまり電話していると怒られちゃいます』

「あ…そうだったね。ごめんね…」

『いえ…!気にしないで…また、電話して下さい。…私からもしたいし…』

「ありがとう…じゃあ、また…明日」

『はい…また明日…おやすみなさい』



声は途切れた。

電話がまた無機質なただの物になるのを確認して、私は窓を眺めた。


同じ夜空があなたと繋がっている、そう思えただけで幸せな私。

夢見がちなのかな、私って。


そうしていたら…もう、話したくなっちゃった。

我ながら苦笑して、こんな秋は悪くないなだなんて思った。

少しだけ和らいだ切なさとともに。



最終更新:2010年04月22日 13:04
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