部活が終わると和が咲を誘い一緒に帰る。
今ではこれが日常になっていた。
2人は他愛もない会話を交わし、それぞれの家路の分岐点へ。
いつもならそこで別れるが、今日はそうはいかなかった。
和が決心した面持ちで口を開いたからだった。
「宮永さん!」
「ん?なに?原村さん」
「あ、あの…」
和は顔を赤らめ、咲の顔は見ずに言った。
「私のこと…下の名前で読んでくれませんか?」
「…そうだね!こんなに一緒に居るのに名字で呼ぶのもおかしいね」
「私も…下の名前で呼びたいですし」
「ん、わかったよ!」
「あ、ありがとうございます。では、そろそろ。また明日」
「うん、また明日!」
(やっと…言えました)
和は小さな達成感を感じ明日が楽しみで仕方なかった。
その頃咲は、自室で「和ちゃん…和ちゃん…」と一人明日の練習をしていた。
しかし、今まで名字で読んでいた相手を急に名前で呼ぶのはなかなかに恥ずかしい。
「どうしよう…恥ずかしいよう~絶対照れちゃうよ…原m、和…ちゃん…」
(でも、せっかく頼まれたから名字では呼べないしな…)
早めに布団の中へ入ったがなかなか寝れなかった。
翌朝。
和は期待で、咲は緊張で寝不足だったため、2人とも寝坊をした。
少し小走りの和に、咲が追いつく。
「あ、おはようございます。…咲さん」
「ん、おはよう!もしかして…寝坊した?」
「はい、少し…」
「私もなんだ。急ごっ!」
咲は和の手をとり加速した。
和は咲に手を握られ思わず顔を赤らめるが、心にひっかかるものを感じた。
(なかなか名前、呼んでくれませんね…)
それでも1日過ごせば最悪1回は呼んでくれるはずだ、と自分に言い聞かせ、咲に手を引かれて学校へと向かった。
しかし和の期待とは裏腹に、その日の咲の口から和という名前は出てこなかった。
なるべく名前を言わないような不自然な言い回しをしてるように、和は感じた。
(宮n、咲さん…なぜ、名前で呼んでくれないんですか…)
(うう…どうしよう…朝言い逃したら名前呼びにくくなっちゃったよ…
原村さんが名前呼んでくれたときに私も言えばよかった…)
その日の部活が終わった後、そんな咲の態度に傷ついた和は咲を誘わず1人で部室を出た。
「のどちゃん行っちゃったじょー」
「あら、喧嘩でもしたの?」
(原村さん…)
「すいません、お先に失礼します!」
「咲ちゃん行っちゃったじょ…」
「ありゃーなんかあったのう」ニヤリ
咲は走った。
かつて雷の中和が咲を追いかけたように。
(原村さん…どこ…?)
見回すと視界の隅にピンクの髪が見えた。
(!!いた!!!)
咲は急いで和のいるベンチの方へかけていった。
「原村さん!!」
「…やっぱり…"原村さん"なんですね…」
「え…?」
「なんで名前で読んでくれないんですか…?」
うつむいているため、表情は見えないが明らかに悲しげな色を含んだ声だった。
「私は……私は…」
和はスカートの裾をぎゅっと握った。
「…私は、あなたが…咲さんが好きだから…名前で呼びたいし呼ばれたかったんです…」
「原む…」
「ほらまた」
咲は原村さん、と自然に発しようとした口を固く閉じた。
「もう…いいです。…押し付けてすみませんでした…」
和は逃げるようにその場を去った。
(私のことを…好き…?)
さっき和が言ったことを反芻した。
「…しっかりしなくちゃ」
涙を拭き、顔を軽くぴしぴしと叩いた後、咲も家へと向かった。
(はあ…最低です…どさくさに告白まで…)
翌朝和は肩を落とし、なんとか足を動かしているというような足取りで、いつもの道を歩いていた。
(いつもならこの辺で咲さ…宮永さんが来るのですが…)
脳内だが自分だけ名前で呼ぶのが悔しくて言い直した。
止まって咲がくるのを待ってみた。
謝って、宮永さん、といって前のように戻りたかった。
しかし咲がくることはなかった。
時間もギリギリなので仕方なく学校へ向かうと、少し歩いた先に誰かが立っていた。
「お、おはよう!和ちゃん!」
「宮永さん…!なんで…」
「いつも私の方が遅いから今日はちょっと、原…和ちゃんを待とうと思って…」
(宮永さん…)
「昨日は…ごめんね。どうしても照れちゃって…でも今日いっぱい和ちゃんって言って慣れるから!
和ちゃんも…また下の名前で読んでくれる…?」
「はい、もちろんです…!…咲さん!」
「よかった~!ありがとう、和ちゃん!
それと…」
和は首を傾げ、咲の次の言葉を待つ。
「私も…和ちゃん大好きだよ…」
「宮永さん…」
和の目から涙が溢れた。
「え、和ちゃん泣かないでよ~」
「だって…嬉しすぎます…」
「…よかった。ほら、和ちゃん早くいこっ!」
「はい!」
2人は固く手を繋ぎ学校への道を歩いた。
互いの名前を呼びあいながら
放課後
「咲さん…」
「なに?和ちゃん」
「やっぱり…"和"がいいです…」
「ええっ?!」
おしまい
最終更新:2010年04月23日 11:20