5-549氏 無題

私はあなたのことが好きだった。
好きで好きで、たまらなかった。


あなたの名前が花に因んでいるものだから。

道端に強く淡く咲く花をあなたに例えてみたりして。

馬鹿みたいだけど、それだけで胸がドキドキしてしまうんだ。

とにかく、好きでたまらなかった。








帰り道、寄り道しようねって言ったのに。

今は一人で帰路にいて、優希たちとはもう別れていたから、より一層寂しい。


「…咲、さん…」


今、ともにいない人の名を呟く。

道端には花が咲いていた。


小さな花が一つ。


いつもはあなたに例える花が、今は私のようだった。


「…あなたも一人なんですね…」


花に話しかけるなんてアブナい人だけど、誰もいないし…いいですよね…。


「…咲…さん…」


花を眺めて、呟く。
綺麗な花。
私とあなたは喧嘩した。

理由は私にあった。

転校しなければならない私。

ずっと黙ってた。

だって、寂しくなっちゃうから。
日常が変わってしまうのが怖かった。

最後の日まで、私は今を過ごしたかった。
特に、大好きなあなたとは。



うっかり、言ってしまったから。
彼女にバレてしまった。



――どうして…何も言わなかったの――


泣きながら、言うあなたが目の裏に焼き付いていて。

泣かせてしまった。


最初は、まさか私と離ればなれになるとは思わなかったのでしょう。

…ごめんなさい、それしか言えなくて。







「…黙ってて…ごめん…なさい…」


目の前の花に雫が落ちる。
雫があなたに、ふりかかる。


私は知らないうちに泣いていた。


風が私と花の間に吹いて、寒さが身に染みる。

秋がすぐそばまで来ていた。

「…謝らないと、駄目ですよね…」


花が揺れる。


「……謝ろう…」


私は花を後にして、真っ直ぐに家に帰った。




翌朝。


「あ…」

「…あ…」


通学路、あなたに出会った。

お互いに…なんだか、気まずい。


「…咲さん…」

「……なに…」

「…黙ってて…ごめんなさい…」

「……私こそ…ごめんね…。悲しくて…つい、怒っちゃった」


するとあなたは私の手を取って。
柔和な笑みを私に向ける。
それだけだったけど私には十分だった。



「…昨日、うんと泣いちゃった…」

「…私は毎晩泣いてます…」

「え…?」

「…咲さんや…みんなと離ればなれになるのは…つらい…」

「…うん」


ぎゅっと。手を強く。


「私、今日…和ちゃんと寄り道して帰る」

「…いいですよ。寄り道…しましょう」

「うん…毎日、しようよ」

「毎日ですか?」

「…たくさん、思い出作りたいから…」

「…はい…たくさん…」



昨日、道端で見た花は見当たらなかった。
最終更新:2010年04月23日 17:34
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