3-718氏 無題

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午後の休憩時間に入っても休む気になれなくて
私はそのまま出ずっぱりで働くことにした。
「麻雀メイド喫茶」は丁度新規の客足が途絶え、
所謂、凪という状態に入ったところ。
わざわざ休憩を取る必要もないと思ったし、何より
どうせ控え室に行っても原村さんに無視されるなら、
休憩なんていらないと思った。
結局、あれから一度も彼女は目を合わせてくれない。

(何がいけなかったのかな……?)
(部長に言われた通りにやったのに……)

旧校舎の窓から眺めると、清澄高校は普段とは違い
沢山の人で溢れていて、誰も彼も楽しそうに見える。
周りの山々は紅葉で明るい秋化粧をしていて、
その落ち葉を巻き込んで渡っていく風は、当然肌寒い。
でも、出店を縫う人達はみんな笑顔を浮かべていて、温かそうだった。

(原村さんと一緒に色々回りたかったのにな……)

元々才色兼備の女の子として中学生の頃から
名前が知られていた原村さんは、今日も引っ張りだこ。

(前に染谷先輩のおうちの手伝いに行った時も
 すぐに順応して初めての接客をこなしていたっけ)

手際よく注文を取っては、人数の足りていない麻雀卓に入り
滞りなく店を回すという具合に、笑顔の中心にはいつものように彼女がいる。
視線を合わせて貰えない私はその世界から弾き出されてしまって、
文化祭特有の華やいだ雰囲気の中で、一人違う空気を吸っているみたい。

(こっちを見てよ。原村さん……)

空気の入れ換えのために開け放っていた窓から風が吹き込み、
山の秋化粧の一滴みたいに、楓の紅葉が舞い込んできた。

(もう、冬が近いんだ………)

そんなことを考えながら窓の外を眺めていたら、
「もし空いているなら相手をしていただけますか、宮永さん?」
突然声を掛けられた。
「あ、はい………って、原村さん?」
少し思い詰めたような顔で私を見ていた彼女は、
「……その名前で呼んでくれるのですか?」
一筋の意志を感じさせる目で、そう言った。

(えっと、こういう時はそうするんだっけ)

「ごめん。さっき怒られせちゃったみたいだから、つい。
 改めてよろしく、和。メイド服、似合ってるね」
私の答えに原村さんは寂しそうに笑い、テーブル向かいに腰を下ろした。
「……はい。有難うございます。“サキ”さん…」
「うん………あれ?」
(目元が赤いような気がするけれど、気のせいかな?)
じっとその顔を見つめていると、それに気付いた原村さんは、
視線を反らしてしまった。
「何か注文はある?」
ホストとして尋ねた私に、メイド姿の原村さんが答える。
「ではこの……このカップルジュースを御願いします……」
「うん、いいよ。でも、和は一人だけど…?」

(二股に分かれたストローが一本だけ付いたカップルジュースを頼むなんて)
そう思って尋ねると、彼女は一瞬唇を噛み締めてから、口を開いた。

「サ、サキさんがいるじゃないですか?」
「ああ、そうだね……」

(………って、原村さん!何言ってるの!?)

言葉の意味を理解した瞬間、私は激しく動揺した。
心臓が高鳴って仕方がないのに、でも
「い、嫌ですか?」
そう聞かれると、部長との特訓のせいで反射的に
「断ると思った? 喜んでお相手させてもらうよ」
と答えてしまう自分がいる。

ここは部室だけど、でも今日は「麻雀メイド喫茶」で、
私も普段着ている制服とは違うホスト姿の「サキ」で、
そしてメイド服の原村さんは、理由はわからないけど
やっぱりまだちょっと怒ってるみたいに見えて、

(もう、何が何だかわからないよ!)

そんな風に混乱している私をよそに
「カ、カップルジュースを一つ、御願いします」
原村さんは手際よく注文を取った。それを受けた染谷先輩が
「ほーう」
なんて笑うのが目に入ったけれど、それどころじゃなくて……。

(は、原村さんとカ、カップルジュースを飲む……)

緊張のあまり顔が熱くなるのがわかった。
どうしていいかわからなくて俯いていると、原村さんが声を掛けて来た。

「サ、サキさんは大変ですね。
こんな風に急な申し出にも応えないといけないのですから」
「そんなことないよ。お客様は皆恋人だから」
「そうですか……そんな風に躊躇い無く恋と言えるサキさんが、
 羨ましいです。私にはそんなこと出来ません」
「恋をするのなんて、とても自然なことだと思うけどな。
和は今誰かに恋をしてるの?」
(な、何を言ってるんだろう、私)

「……はい。私にはずっと前から好きな人がいるんです……」
「良かったら、教えてくれないかな? 何かアドバイスが出来るかも知れないし」
(ちょ、ちょっと待ってよ。聞きたいけど、でも……聞きたくない)

「そうですね“サキ”さんなら、客観的に見てくれそうですし……
お言葉に甘えていいですか?」
「勿論」
(だから、聞きたくなかったのに……客観的にって、言われちゃった……)
(当事者じゃ、無いってことだよね……)

部長との特訓のせいでホストとしての所作が身に付いた私は、
本心に反して原村さんの問いに頷いていた。
「その人とは、高校に入ってから知り合ったんです」
「そうなんだ」
「初めは仲良くなるなんて思わなかったんですが……」
「そういう人ほど、イメージが変わった時に気持ちが動かされる?」
「は、はい。私には無い、不思議な鋭さを持っていて、
 ふ、普段は頼りない分、そのギャップに心が惹かれるというか……」
「気になるんだね?」
サキの問いに、原村さんは黙って頷いた。それを見て、私は益々心が落ち込んだ。
こんなにも真剣に語る彼女を見ていると、その相手が私じゃないって、
そう風に思えて仕方がないから……

「そうかと思うと、気持ちを見すかしたように、私をからかう一面を持っていたり……」
「和をからかうなんて、大した人だね」
(………絶対に、私じゃないや……)
「はい……その人のことを思うだけで、胸が高鳴って仕方ないんです。
 誰かと一緒にいるのを見るだけで苦しくて……」
「それは、間違いないね。告白はしたの?」
(切ないよ……。原村さん、それ以上何も言わないで……)





「それは、間違いないね。告白はしたの?」

そう聞かれて、私は俯きました。
「いいえ。考えるだけで胸が締め付けられて……告白なんて……」

今日一日、宮永さんが他の生徒に優しくしたり、
甘い言葉を囁いたりするのを間近に見てきて、
本当に胸が痛くなりました。
いいえ、今日一日だけのことではありません。
彼女が皆の注目を浴びるようになってからずっと、
自分ではどうすることも出来ない嫉妬に苦しめられて来ました。
そして、誰も宮永さんの心を奪ってしまわないように、
そのことだけを一心に願ったんです。

けれど彼女は、そんな私の想いをよそに、
やって来るお客さん全てに、魅惑的な笑顔を向けました。
それはまるで、今まで咲き方を知らなかった蕾が
ふとした拍子にすっかり花開いてしまったかのよう……。

(いずれこうなる運命だったのでしょうか……)

たまたまその蕾を見つけたのが先だった。
それだけのことなんだと、思い知らされた気がします。
宮永さんを魅力的に思う人は他にも沢山いて、
その中の一人に過ぎない私は、彼女が花開いた時、
呆気なくその隣に居る資格を失ってしまう。
きっと………。
宮永さんが恋をした時、私はいとも容易く忘れられてしまう。
どんなに強く願っても、彼女は嶺上咲花をツモる時のように
私の切実な思いを飛び越えて、手の届かない遠くへ行ってしまう……。

(宮永さん、あなたが好きなのに……)
(それだけでは、駄目なんですか……?)

あの日、手紙を渡した男の子がやって来て、
“サキさん”と一緒に麻雀卓を囲みました。
対局の間ずっと、彼女は今や大輪の花となった中性的な笑みを
惜しげもなく咲かせていました。

(そんな顔をしないで下さい)
(いつもの笑顔で私を見てください、宮永さん)

けれど私の願いは届かずに、彼女はどんどん遠くに行ってしまうよう……。

「宮永さんはやっぱり麻雀強いね」
「そうかな? あなたも十分強いよ?」
「あ、ありがとう」

それが辛くて、私は彼女と目が合う度に視線をそらしてしまいました。
もう手が届かないように思われる魅惑的な笑顔を見つめるのが、
辛かったからです…………。

午後の休憩時間になっても、宮永さんはそのまま店に出ていました。
私は新規の客足が途絶えたのを幸いに、彼女の卓へと向いました。

「もし空いているなら相手をしていただけますか、サキさん?」
「あ、はい………って、原村さん?」
「……その名前で呼んでくれるのですか?」
「ごめん。さっき怒られせちゃったみたいだから、つい。
 改めてよろしく、和。メイド服、似合ってるね」

思わず顔が熱くなって、私は目をそらしました。
もう、私はその他大勢の一人でしかないのだと感じられたからです。

でも何とか彼女の気を引きたくて、
「サ、サキさんは大変ですね。
こんな風に急な申し出にも応えないといけないのですから」
「そうですか……そんな風に躊躇い無く恋と言えるサキさんが、
 羨ましいです。私にはそんなこと出来ません」

私は少しずつ自分の気持ちを、ずっと言えなかった
「あなたが好きだ」というその想いを紐解いて、それを
言の葉に乗せ、宮永さんへと送りました。しかし、
返ってくるのは、冷たい“サキさん”………。

「それは、間違いないね。告白はしたの?」
「いいえ。考えるだけで胸が締め付けられて……告白なんて……」
「和なら大丈夫だよ。君は、とても魅力的だから」
(酷いですよ。宮永さん………)

やがて私が頼んでいたカップルジュースが運ばれて来ました。
「じゃあ、飲もうか?」
「………はい」
「いや、かな?」
「……いいえ」

『そんな風に躊躇い無く恋と言えるサキさんが、羨ましいです』

宮永さん、私はあなただから頼んだのですよ?
精一杯の勇気を出して、あなたに気付いて欲しくて……。

宮永さんは魅惑的なホストの微笑みを湛え、
そして私の目を見つめながらストローの一方を咥えました。

「和、飲まないの?」

促された私は項垂れつつもう片方を……。
こんなに悲しい気持ちで宮永さんと一つの飲み物を
分け合うことになるなんて、思いませんでした。
もう彼女は私のことなんて気にもならないよう……。

「のどk、原村さんどうしたの!?」
「え?」

宮永さんがハンカチを取り出して私の眼尻にかざします。
私はそのままいつまでもそのハンカチを濡らし続けました。
最終更新:2010年04月23日 19:28
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