3-798氏 Happy Wedding

「もうすぐで文化祭だねー」

「そうですね。部長もその準備で随分忙しそうです」

「そだね!あ、ねぇ和ちゃん…」

「なんです?」

「文化祭の日、一緒に回ろ?」

「…はい!もちろんです!」

彼女はえへへと笑みを浮かべた。
その笑顔は照れてるという様子ではなく、心からの喜びを表してるように見える。
それに対して私は咲さんの言葉に赤面してばかりだ。

(…私だけどきどきしてるみたいです…)

「あー誘うの緊張したぁ」

「…本当でしょうか…」

「ん?」

「い、いえ!誘ってくれて嬉しいです」

「私もOKしてもらえて嬉しいよ!」

…断るわけないじゃないですか。
咲さんの馬鹿。…大好きです。

「ぶ、部活行きましょうか」

「うん!」

私たちは和やかな空気のまま一緒に部室へと向かった。
校内は文化祭直前だけあって活気のある忙しい空気が漂う。
そんな中、私たちのこの穏やかでのんびりした空気は異質だったかもしれないが、非常に心地のよいものだった。

咲さんと話しながら歩いていると、クラスメイトが何かトラブルのようだった。

「ねぇねぇ、どうかしたの?」

「あ、宮永さん…実は……」

どうやら事情はこういう事らしかった。

演劇部の彼女は当然ながら部活の出し物の劇に参加するのだが、主役を務める先輩がインフルエンザに感染してしまった。文化祭直前なので代役がなかなか見つからなくて困っているらしい。

「それは大変ですね…」

「そうなのよ…先輩たちにとっては最後だから辞退は避けたいんだけど…」

「困ったねえ…」

「……原村さん!」

「は、はい!?」

「無理を承知でお願いするわ。私たちを救ってください!」

「え…」

ええぇぇえぇ?!

「わ、私ですか?!」

「ええ、あなたなら台詞もすぐ覚えられそうだし、知名度もあるからお客さんも増えると思うの」

「でも…そんな「すごいよ和ちゃん!」

…はい?
断わろうと弱気な声を発した私を遮り、何故かノリノリな咲さん。

「その先輩って何の役なの?」

「あ…えと…皆に慕われるお姫様だけど…」

彼女もノリノリな咲さんに驚いているようだ。
……ってお姫様?!
そんな…恥ずかしすぎます…!

「えー!じゃあドレスとか衣装で着るんだよね?!」

「えぇ、まあ…」

「すごいよ和ちゃん!きっとすっごく似合うと思うよ!」

私の顔が真っ赤に染まる。
なんでこんな嬉しいことさらっと言ってしまうんでしょうか…

「で…原村さん、やってもらえない?」

困った目と好奇心に満ちた目が私に答えを促す。

「お困りのようですし…か、構いませんよ…」

「「やったあ!」」

何故か咲さんまで喜ぶ。
劇なんてできるか分からないけれど、あなたが喜んでくれるなら精一杯頑張ろう。

「じゃあこれ、台本。よろしく頼むわね!」

「わかりました。」

私は台本を受け取り、部室へと歩みを戻した。

部室に着くとさっそく咲さんと台本に目を通した。

(よかった…キ、キキキキスシーンはないようです…)

「私が相手役やるからちょっと読んでみようよ!」

何故か楽しそうな咲さん。
それを見てると何だか幸せな気持ちになってくる。
咲さんが楽しそうなので引き受けてよかったかもしれない、と思った。

「あぁ、美しい姫!あなたを愛しています!」

?!?!?!?!
いきなりクライマックスですか?!
心臓が飛び出そうになった。ああ、頭がくらくらする。もちろん喜びからくるものなのだけれど。

「わ…私も愛しております…王子…」

「わ、和ちゃんもう覚えたの?すごいね!」

「と、当然です!早く次お願いします!」

私は次を急いだ。
だって次の台詞は…

「えーと、姫!どうか私と結婚してください!」

時が一瞬止まったように感じた。
夢にまで見たこの光景。
好きな人からのプロポーズがこれほどの威力を持っていると知らなかった私は、思わず涙をこぼしてしまった。




「和ちゃんすごい!それも演技?!女優さんになれるよ!」


…この人は…


「本当に…鈍感なんですから…」




それからの部活は、部長が多忙を極めていたこともあり、文化祭までは休みという形になった。
その間私は咲さんに手伝ってもらい台詞の練習に励んだ。

そして当日。


私はピンチに立たされていた…
最悪なことに前日に生理がきてしまったのだ。結構重めな私は立っていられない程の腹痛に苦しんでいた。

「和ちゃんドレスすっごく似合うよ!
…って大丈夫?!顔真っ青だけど…」

「だ、大丈夫です…」

「どうみても大丈夫じゃないよ!」

「大丈夫ですから…」

大丈夫ですから咲さん…そんな顔しないでください…

咲さんは真っ青な顔で大丈夫だと言い張る私を見て決心したような目を向けた。まるで、嶺上開花するときのあの目だった。

「和ちゃん」

「は…はい…」

「脱いでもらえる?」

「え?!そ、そんな!でも!い、嫌じゃないんですけど…」

「私が、代わりにやる」

「え…」

「そんな状態の和ちゃん、ほっとけるわけないよ」

「でも台詞は…」

「和ちゃんの練習に付き合ってたから何となくは覚えてる」

「咲さん…す…すみっ…まっ…せん…」

私は泣きながら着ているドレスを脱いだ。

「和ちゃん…泣かないで…。私、頑張るから!」

「そろそろ出番よ!」

「はーい!じゃ、行ってくるね…和ちゃん」

「はい…行ってらっしゃい」

舞台袖から咲さんを見送った。

舞台は順調に進んだ。
所々分からないところは、舞台袖からカンペを出したりして皆でサポートし合った。

そしてラスト。クライマックスがきた。

「姫!あなたを愛しています…」

「…………」

咲さんの台詞が止まった。
ざわざわとする観客。演劇部の人たちも焦っている。

「咲さん…どうしたんですか…」


咲さんはすうっと息を吸ってからこちらを向いた。
舞台袖でお腹を抱えしゃがんでいる私をまっすぐに見つめた。
観客から見れば王子の方を向いてるように見えるかもしれないが、実際の咲さんの視線は王子をすり抜け、ただ私を見つめていた。

「私も…」

その目が私を捕えたまま、咲さんの口が開かれた。





「愛しています。誰よりも。」


「咲さ…!」

驚きと嬉しさが私の心をかきまわした。いつしか溢れ、自然と涙が頬を伝う。
その後の王子の台詞なんか頭に入ってはこなかった。
…それは私に言ったって思っていいんですよね?
期待しては考え直し、いつの間にか腹痛はどこかへ飛んでいった。



その後、何事もなく劇は進み、無事に終わった。
咲さんのあの台詞はすごくリアルで良かったと観客の間で高い評価を受けていた。

「宮永さんお疲れ!最後のアレンジすっごく良かったわよ!」

「あ、ありがとう」

「本当に助かったわ。なんてお礼したらいいか…」

「そんな~お礼なんて…あ、そうだ!ねぇ…」

「なに?」ごにょごにょ

「あぁ、それならあると思うけど…それでいいの?」

「うん!」

「わかった。部室に準備しておくわ」

「ありがとう!」






雑談を終えた咲さんは私のもとへ走り寄った。

「和ちゃん!お腹の調子はどう?」

「今はだいぶ…本当にありがとうございました。とても素敵でしたよ」

本当に本当に素敵でした。
誰かが咲さんを好きにならないか心配だったくらい、本当に魅力的でした。

「えへへ…和ちゃんの代わりだからね!」

聞いても…いいかな。
私はどうしても最後の台詞のが気になっていた。

「咲さん」

「うん?」

「あの、最後の台詞って…」

「最後の?」

「王子にこ、告白するところです」

「ああ…あれ実は私、王子様に言ってないんだよ~」

「え…で、では誰に?」

期待していた。
私の名前を言ってくれるんじゃないかって。
でも返ってきたのは…

「内緒!」

肩透かしをくらってしまった。
同時に少し不安になった。
でもそんな私の手は咲さんに握られ、

「ちょっときて!」

と引っ張られた。



「さ、咲さん?どうしたんです?演劇部の部室なんてきて…」

「ん、ちょっとね」ガラガラ

「あの…勝手に入っていいんですか…?」

「大丈夫大丈夫」

本当でしょうか…

「あ…」

咲さんに手をひかれ部屋に入ると、そこには一着のウェディングドレスがあった。
純白のそれは見るものを惹き付けて離さなかった。

「和ちゃん、着てみてよ!」

…え?!

「じゃあ外で待ってるから着たら呼んでね!」

「ちょっ、咲さん!」ガラガラバタン

「行ってしまいました…」

まあ…今日は咲さんに助けられたし。彼女の望みをきこう。
それに私もこういったものに憧れていないと言えば嘘になる。
本当は咲さんのも見たいところですけど…


「咲さん、着ました」

「どれどれ……!!!!」

見た瞬間固まった咲さん。
あまりに沈黙が長くて不安になる。

「…咲さん…?」

「はっ!あまりに綺麗で…」

「!!!」

ぽろっと出た。
そんな感じだった。

「そ、そんなことないです…」

「そんなことあるよ!すっごく綺麗だよ…」

恥ずかしさのあまり顔を背けていたから気付かなかった。

咲さんがそう言いながら私をぎゅっと抱きしめるのを。

「え…さささささ咲さん?」

「佐々木じゃなくて、咲だよ」

耳元で囁かれた。
ふっと笑った吐息もかかった。
耳が急速に熱をおびてく。

「わかってます!!!あ、あの急にどうしたんですか…?」




「…愛しています…誰よりも。」




み、耳が死にます!そんなこといきなり囁くなんて…反則すぎます!
きっと自覚なんかしてないんでしょうね。
私は馬鹿かもしれません…でも私はあなたのそんなとこも、どうしようもないくらい…

「この台詞ね…実は和ちゃんのこと思って言ったんだよ…
さっき内緒って誤魔化したのは…ちゃんと和ちゃんだけに向けて言いたかったから…」

嬉しくて一瞬理解できなかった。
でも咲さんが抱きしめる力を弱め私に軽く口付けをしたとき、ようやく全てを理解した。


「和ちゃん…愛してる。ずっと一緒にいてください。」

「プ…プロポーズみたいですよ…」

「そのつもりだよ?」

「――――!!」


私は涙が溢れ、ただうなずくことしかできなかった。
私も好きだと伝えるように必死に咲さんにしがみついた。
咲さんは自分の肩で泣く私の頭をよしよしと撫でていてくれた。
それはとても心地よくて安心するものだった。

ねえ咲さん、ちゃんと伝わってますか?
多分私はあなたの何倍もあなたのことが大好きです。そして多分あなたよりも前から。
この気持ちがこんなに大きくなってしまったから、いくらしがみついても伝えきれません。言葉でいくら愛してると言っても足りません。

だから私は誓います。

私の一生をかけてあなたにこの気持ちを、この大きすぎる愛を伝えます。
毎日、この気持ちの何分の一ずつでもいい。全てを伝え終えるころにはおばあさんになってるかもしれません。いえ、もしかしたら死ぬまでかかっても伝えきれないかもしれません。

でも私は人生で一番おっきな愛をあなたにあげたい。
咲さんが伝えてくれたように私も伝えたい。
全てを伝えるには今日中にはできません。
だから今日のところは

「咲さん…私も愛してます」

残りはこれからちょっとずつ伝えます。

「…ありがとう!」

だから…

健やかなる時も、

病める時も。

「私もずっと一緒にいたいです…!」

ずっとずっと一緒にいます。


ずっと、ずっと。
最終更新:2010年04月23日 19:38
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